第十七話:今だけでいいから私の言葉を聞いてッッ!
あ、ルエラがいるの忘れてた……。自分そっちのけで全くわからない話をされたらこめかみに青筋が浮かんぶのもしょうがないのかな。うん、しょうがないよな。
「なんのお話なんですか?」
静かなことが余計恐ろしい。微妙にオーラが出ているような気がするんだけど気のせいかな? 気のせいだよね?
左側からぱちぱちとアイコンタクトが送られる。一体どういう意味のアイコンタクトなのかな!? 説明お願いしますなのか説明任されましたなのかどっちですか!! ぱちぱちぱちぱちとよく分からずに交わされるアイコンタクト。やがてカインがルエラに向けて言い放った。
「全てはマルシェ様の御心のままに」
私は目が点口はポカーン。ルエラも目が点口がポカーン。ただ一人真面目な顔をしているのはカインのみだ。少し寒いような風が流れた。きっとほんの少し開いている窓からだと、そう思いたい。
でも、これでルエラは納得するのかな。ルエラは意外としつこいからなぁ。第一ルエラは私を殺すためにここにいるわけで──。
ころす、ために……?
おかしい。私はだらりと頭を下げた。嫌な予感が頭をよぎる。なるべく冷静であるように努めて私は震える声を出した。
「……ルエラ」
「どうされましたかマルシェ様」
「ユーリェとあと、アレン、は……?」
「……っ! 確認してきます!」
まずい。まずいまずい。そうだよ、私は今ある幸せに自惚れて忘れていた。これはゲームだ。あくまでゲームの延長線だ。どれだけの努力を重ねても変えられなかった領地送還の事実。私を殺そうとするルエラ・ノージェ。一方的に敵を定める世界。
何を呑気にしていた? 今まで生き残ってこれたことはただの偶然だ。そして偶然をも許したくないほどシナリオどおりに進ませたいはずだ。そうなのだ。
私は寝台からかけ降りた。体をぶつけ、意識が朦朧としながら扉を開けてユーリェの部屋へと向かう。走れ。走らなきゃいけない。これ以上家族を失いたくない!
これはきっと憶測だ。間違っていて欲しい。私はそう願ってやまないけど、その期待は無惨に撃ち抜かれた。
ユーリェの部屋は空っぽだった。何処にもいない。
「全員ユーリェを探して! アレンとユーリェを接触させないでッ!!」
きっと酷い顔をしているかもしれない。醜さが溢れているかもしれない。
全員何があったのかと迷惑そうに私を見ている。それはそうだ。私は嫌われ者だ。嫌われているのが仕事だ。でもそれだとダメなんだ。死んでしまう。壊れてしまう。マルシェの心が! ユーリェの命が! 微かに残った家族の絆すらも全てが消えてしまうから!
「おねがい、お願いだから……! ユーリェを探して……! 死んじゃう……。ユーリェが死んじゃうの! 私の言葉なんて届かなくてもいい。もうこの家には二度と来ない。リザーブの姓も名乗らない。だから、だからッ……!」
涙が溢れる。嗚咽が邪魔をして息が吸えない。でも助けないと。私の家族が死んでしまう。私のせいで、死んでしまうから……!
「今だけでいいから私の言葉を聞いてッッ!」
誰も動かない。どうしようもない。誰か、誰かお願い……! 助けられなくて苦しい。無力な自分が悔しい。
そして、そうして彼女は私の前に現れた。
「大丈夫ですか!?」
髪をひとつの三つ編みでまとめたペパーミントの女の子。私に脅えていた、メイドの子。私の目からさらに涙が溢れてくる。信じていいの? 頼っても怒らない? 私のことをたすけてくれる?
「何があったんですか……!? まずはひとまず休んで──」
エリー。この屋敷で貴女だけが私の言葉を聞いてくれた。心配そうな瞳で私を覗き込んでくれる。私は身も蓋もなくエリーにしがみついた。彼女の肩口に顔を埋めて涙を流した。
「たすけて……」
あの子を、あの双子を助けてあげて。おかしいのは全部だった。何が違うのかって、全てが反対だったんだ。
「ユーリェとマルシェを助けてあげて……! これ以上あの子たちを苦しめないで……!」
エリーは戸惑った顔をして、私を見る。トワイライトの瞳がくるん、と回ってまた私を見る。エリーは、笑った。
「大丈夫! 私が助けてあげますから!」
身体に栄養の戻っていない私の体には、もう力が入らない。すぐにエリーの顔がぼやけて見えて、黒い世界に埋め尽くされた。
それから、どれだけ時間が経ったのか。何がどう起こったのか。私はまた「そこ」に居た。
「……変えたのね、流れを」
私を狂わせた張本人、この世界へ連れてきた神。人の作りし虚像。その不可侵の領域に、私はまた来ていた。
「な、がれを……」
「もう何回目でしょうね。何回も何十回も何百回も何千回も何億回も、繰り返して繰り返して繰り返して繰り返し続けて手に入れたチャンス」
何を言っているのこの人は。何が、何がどうしてこうなっているの……。ユーリェは、ルエラは、カインは、エリーは……!?
私の言葉が聞こえてないみたいに神様は口を開いて言葉を並べる。
「褒めてあげる。貴女は願いを叶えた。ここに来ているのは死んだからじゃないわ。貴女をあいつから保護するため」
私を保護するため? あいつって誰……? 何の話? どうなってるの……! それに、それよりも私は、まだ死んでいないの……? 悲しみと苦しみが内包された言葉を聞くだけの私は、意識だけで神様と渡りあおうとしていた。
「貴女の言う通りだった。記憶を失くしても……。そうね、そう。苦しくて辛くてどうしようもなかった流れを、貴女が変えた。神の力を与えられたとはいえ一介の小娘が」
私、が言った……? 変えた? もっと詳しく教えてよ! ねぇ、答えて! 神様が離れる気配がした。いや、元々近づいてはいないのだけど。
「終わったみたいね。帰りなさい。あまり激情的になりすぎないこと。それと、一つ教えてあげる。ルエラ・ノージェは貴女が変えた結果のひとつ。極めて稀な呪いへの抵抗を持つ人物。貴女の父親のようにね」
待ってよ、私はまだ話が……!
「待ちなさいッ!」
飛び起きた先は、寝台の上だった。




