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第十六話:なんて顔してるの

「どうして、どうして……!」


 愛していた。お父様はマルシェを愛していた。マルシェのことを。


「ああアァぁァぁぁァ!!!」


 涙が止まらない。一度座り込んでしまえば、もう立てない。きっと毎年お父様はここへ来ていた。渡せないプレゼントを、いつかマルシェが気づくことを願っていた。

 叫んで、叫んで、引きちぎれるほどに身体の奥が枯れるほどの声を。


 私の中のマルシェもそこを退いてくれと言う。本来ならマルシェのために残されていたこの場所すらもを私が奪ったから。


 行かなきゃ。会わなきゃいけない。私は、立ち止まってはいけない。かつての双子たちと、救われなかったマルシェ、そしてマルシェとなった私のために。


「帰る。わたしは……、首都へ帰る」


 声はひどくしわがれていた。何百もの時を一瞬のうちにとったように。喉が乾いているのか

 そこから私は青いオカリナを大事に抱えて地上へと戻った。目は腫れて、足に力は入らない。それでも私は行かなきゃいけないから。


「知ったのですね。マルシェお嬢様」


 錆び付いた鉄格子の扉を開けて、執事長のカインが待っていた。その目は泣きそうだ。もしかして、カインもそうだったの?


「あなたも、カインも……お父様と同じなの?」


「申し訳ありません。私は当主様より早くのうちに意識を奪われてしまっていたのです」


 悔やんでいるの? マルシェに、何もしてあげられなかったことを。両手から血が出るほどにカインモ深く傷ついていたんだ。


「カイン」


「はっ!」


「お父様に会いに行きます。手伝ってください……いや、私をお父様の元へ連れていきなさい」


「必ずや、この命に変えても」


カインは私に向けて頭を垂れた。カインが臣下の礼を私に向けるのを見届ける。


 目標が出来た。それはこの呪いを解くこと。誰の力を借りてでも、どんな手を使ってでもこの呪いを解く。私が今まで逃げてきた現実と向き合うときが来たみたい。


 そのためにまず、お父様に会う。だけど呪いの発動条件が分からない……。もしかしたら会話すら出来ないのかもしれない。ぎゅっと、胸に下げた青いオカリナを握りしめる。


「ひとまず地上へ戻りましょう。カイン、これから死ぬまで付き合ってもらいます」


「こちらこそお願い致します。この呪いが解けることは我らの悲願ですから」


 私は地上に出た。月が綺麗な夜のことだった。私が未だに牢屋にいるという細工はカインがやってくれるらしい。その間私は自分の部屋にこもっている。この部屋は今、ユーリェを優先していることで手入れする人がいないんだとカインから聞いた。いくら呪いのせいと言えども悲しいな……。


 今後はやらなければいけないことをリストアップし、そのための計画をカインと詰めるのが日課となる、はずだった。


 私の部屋には誰も来ない。来るのはカインだけ。だから、私は忘れていた。自分が、長い間ご飯を食べていないことを──。


 意識が、落ちる。






 夢を見た。私とマルシェが手を取っている夢を。まだ互いに幼い子供だ。二人でおいかけっこをして、かくれんぼをして、最後にはお父様の元へ帰る。お父様のそばにはカインとお母様、それからユーリェがいた。

 私と手を繋いでいたマルシェの力がぎゅっと強くなって私がマルシェの顔を盗み見ている。マルシェがいくら声をかけても彼らは視線のひとつも向けない。


 そんな光景を見て、マルシェは必死に泣くのを我慢している。堪えきれない涙がぽろりぽろりと落ちていくのが我慢できなかったのかもしれない。


 夢の中の私はマルシェをぎゅぅっと抱き締めて、言うのだ。


「私が──」






「マルシェ様!!」


 夢は途切れた。全く……酷い顔してるの分かってるのかな。ぼたぼた垂れてくる涙が目に入って、まるで私が泣いてるみたいじゃんか。私を上から見下ろして涙でぐしゃぐしゃになった顔を晒すぐらいなら、ユーリェのを守ってあげてよ。


「なんて顔してるの」


 ……声最悪だ。しわがれてヒビが入ってるようなこんな声初めて出した。しゃべるたびに喉が痛い。


「そんなことはどうでもいい! 俺は、俺は……」


 泣き虫、だなぁ。かわいい弟、だね。首を回してみるけど、レースの奥にはやっぱり誰もいなかった。


「ルエラ」


「……っ、はい」


「今は、何時? 他の人はどうしてるの?」


「今は、夜です。三日ほど眠っておられました……!」


 三日? 三日も寝てたの!? えぇ……というかそもそもなんで私倒れたんだっけ……?


 ドアが開いた。出てきたのはカインだ。私が目を覚ましているのを見つけると、慌ててかけよってきた。


「目は覚めたのですか!?」


「大丈夫。それより、どうして倒れたのか分かる? 自分では原因なんてさらさら思い付かなくて」


「それが……その、申し上げにくいことなのですが、疲労と栄養失調、睡眠不足が主な原因だそうで」


 そうか、そうだったのか……! やっとわかった。


 私が夜な夜な新しい魔術具の作成に勤しんでいればそりゃああんな風に倒れるよな!!! うん、倒れた原因知らないなんて嘘でしたごめんなさい!!


 私は体を起こして、寝台の傍の机から水の入ったボトルをとった。まだ冷たいのはルエラが持ってきてくれたからなのかな。


「ユーリェは?」


「眠っておられます。それとマルシェ様が外に出ていることはもう皆に知られていますので、これからは自由に活動ください」


「ありがとう。……からだに影響はないの?」


「まだ耐えられる範囲ですからご心配なく」


 まだ耐えられる範囲ってことは、少しずつ浸透しているってことだよね。まずいかもしれない。この先どうなるか分からないから、早く呪いを緩和する魔術具を作らないと……。


「待ってください。何がどうなっているんですか」


 厳しい顔のルエラが私とカインを見ていた。そうだ、忘れていた。

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