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第十五話:おめでとう、マルシェ

暴眼(ばくがん)


 階段を降りた先はどこかへ、出口ではないどこかへと続いてるような立派な通路だった。左右の壁には魔術具の蝋燭立てがある。


「立派な魔術具だ……。いつ作られたんだろう」


 その魔道具はこの世界においてはおかしなものだった。おかしなもの、なんて言うと少しずれるかもしれない。単体で使われる魔道具が多い現代で、これは連動型の魔道具として作用している。正直転生者の私でもこれを作れる気はしない。


 ここで魔術具について軽い解説をしておこう。


 魔術具について簡単に説明すると「魔力を流すことで様々な効果を表す物体」であって、形はあまり重要視されていない。


 たとえば、二つの全く変わりない球体がここにあったとする。それぞれに魔力を流したとしても炎を吐き出すものと風を吹くもの、といったように同じ効果が得られるわけではないのだ。


 それならどうして違う効果が得られるのか。それは刻印された魔方式が違うからなのだ。遥か昔、魔術を使っていた人たちは魔術の使用を簡略化させた魔方式を誕生させて、魔術を洗練させた。それが現代に至るまで続いているのだった。


 魔術具の核に魔方式を刻印し、魔力を流すことで効果を得る。核の強度によって出来る範囲は変化したりもする。


「何度見ても凄い……。作った人は何故これをこんなところに残したんだろう」


 この蝋燭立ては現代に伝われなかった忘却技術(ロストテクノロジー)に相当する、と思う。連動型の魔道具なんてみたことがないもの。


「……ま、どこにでもあるみたいだから暇な時にじっくり見るとして」


 さて、そろそろ行こうかな。もしかしたロストテクノロジーが詰まっているのかもしれないし? どうして執事長がここを教えたのかまだ分からないけど、奥に行かなきゃ。


 私は左右を見ながら歩いていく。何の変哲もない壁。魔力のオレンジの光しかない変わらない景色。どれだけ歩けばいいのか、第一に今はどこなのか、無事に帰れるのか……。いざとなったら吐いてでもご飯を食べるために持ってきた木箱を抱えてしばらく。


「扉……?」


 一度目を閉じてもう一度暴眼を使う。ゆっくりと開いた後、右の瞳に細々(こまごま)とした赤く発光する魔方式を映し出した。暴眼は私の固有魔術。鑑定眼の上位互換の魔術だ。対象とする物体を増やし、魔力の波形、強度、特性をさらに精密に調べることが出来る。今はもう鑑定眼より使い勝手がいい。


 それによって目の前の扉がただの扉だと分かると、私はその扉を開け放った。その先は、私の想像していたものとは大きく異なっていた。


「……なに、これ」


 それは暖かかった。どんな冷たいものも私を遠ざけてくれるだろう。


 それはみずみずしかった。どんなときも喉が乾くことはないだろう。


 それは涼しかった。どんなときも冷静でいられるだろう。


 それは溜め込んでいた。ありとあらゆる知識を。きっと誰かに騙されることなどないだろう。


 それは矛盾していた。


 一歩、また一歩と私はそれに近づく。私に感情を思わせたそれは、本当は小さな小さなオカリナだった。木箱が落ちた音がした。どうしてなのか震える両手で、私はそれを取る。青いオカリナ。綺麗な、小さな。そう、まるで幼い子供の誕生日に贈るような。


 隣には、一冊の本があった。その上にはいくつかの染みが零れた手紙があった。


 オカリナを戻し、私は手紙を取る。汚れた赤の封蝋は、パキッと音を鳴らして簡単に開く。


 見たくない。見たら戻れない。警鐘を鳴らす私の本能を抑えて、中の手紙を開く。一枚の紙。そこには、きっと、私が見てはいけないものがあった。


「ご、さいの誕生日、おめでとう、マルシェ……」


 なに、なんだこれ、何なんだ。どうしてここに私の名前が書かれているの? どうして、どうしてこれは。


「おとうさまの、字、なの……?」


 手紙の下の一冊の本。それは本じゃない。日記だ。きっと気づかなかったはずだ。知らなかったはずだ。私が死んでいれば誰も知らないままここは閉ざされていたはずだ。


 ゆっくり、乾いたページを開く。


「むすめが、生まれた。双子だった。この子達は仲良く健康に育ってほしい。名前をユーリェとマルシェ」


 ページをめくる。


「私もカインも喜んだ。ラズには無理をさせてしまったが、こんな天使のような二人を生んでくれたなんて信じられないほど笑顔だった。もちろん、私もカインも」


 カインは執事長の、ラズは私の母の愛称だ。ならここに書かれている「私」はきっと父のこと。


「一歳の誕生日を迎えた。お揃いの服を着て笑う二人のことを一生忘れないだろう」


 そうしてページは進む。


「二歳の誕生日を迎えた。違和感を覚えた。少し疲れているからだろうか。周囲がマルシェに辛く当たるようになってきたなんて、そんなバカなこと」


 このあたりから日記の中の父は可笑しくなっていく。そして父は何かを調べ、見つけたようだ。


「三歳の誕生日。ラズはマルシェではなくユーリェばかり可愛がっていた。なぜ? 疑問に思って調べると、我が家の歴史書が見つかった」


 歴史書、とはなんだ。何が書かれていたの?  ページをめくるスピードがあがった。


「なんということなのか。この家で生まれた双子は幸せになれないのか。どうして。どうしてなんだ」


 焦りが見える。達筆な文字が乱れてきた。


「すまない。すまないマルシェ。私はお前を見れなくなった。いや違う。悪いのはなんだ。ユーリェなのか?」


 時間は進む。ページをめくるにつれ私の心臓が破裂しそうになる。


「五歳の誕生日が迫っている。ユーリェ、君の持っているのは祝福じゃない。呪いだ。マルシェを蝕む呪いだ。このままだと私は壊れてしまう。マルシェのために私は耐えよう。大丈夫だ」


 ページをめくった。


「マルシェの誕生日プレゼントを用意した。マルシェ、君がいつかここに辿り着いたとき、私を訪ねてほしい。きっと、きっと大人になった君ならこれを解けると信じている。呪いは表面を保てば心を奪われないと私は知ったから、君に冷たくしよう」


 ページに、染みがひとつ。


「マルシェ、あいしている」


 読み終わったと同時に私は崩れ落ちた。その衝撃でオカリナが私の膝へ落ちてくる。恐る恐る、私は立ち上がった。


「どうして、どうしてこんな……っ!」


 そこには、十回分の誕生日プレゼントがあった。

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