第十四話:本当にあるんだ、扉なんて……
シンと静まり返った地下牢には、きっと今は私しかいない。誰も来る気配は無いしどこかから冷たい風が流れているわけでもない。
目の前の寝台、この下に何かがあるって聞いた私は、少し警戒していた。
「いや、うん……怖いな」
どうしようもなく怖いな。怖いよ。もしこれで寝台の下に何かが居たらどうするの! 動かなきゃいけないのは分かってるけども……。
そんなとき、ガタッと一際激しい音がした。外から聞くのと中から聞くのとだと少し変わってくるけど、これはきっとあの入り口の音だ。そういえば誰かが食事を届けに来るんだっけ? 食事よりも暖かい毛布にくるまれたいなぁ。
私は寝台の上へと戻る。何があるかわからないから、寝たふりをしよう、そう思って。
それから、たぶん三十秒くらい。
「マルシェ様……?」
そう声をかけてくる女の子が鉄格子の前にいた。どこかで聞いたことのある声だなぁ。顔を見られないように後ろを向いているから分からないけどね。
「お休みになっているのですね」
そうそう、お休みになってるよ~。そろそろ戻ってくれても良いのよ~。念じていると、その子は「また来ますね」と声をかけて去っていった。不器用なのか少し大きな音を残して帰っていった。起き上がってさっきまで人がいた鉄格子の外を見れば、手に収まる大きさの箱が一つ。手彫りの木の箱だった。
「少ない……。いやでも罪人にはこれが普通なの?」
鉄格子の外から中へとトレイを通すと、膝上に持ってきて蓋を開ける。中に入っていたのは夕飯の残り物かという量のサラダとお肉が一欠片。悲しい。
「さて、どうせ食べないし次のステップに進みますか~」
寝台の下、何があるんだろう。ひょこりと覗き込むと、暗い闇のなかは何も見えなかった。おかしいな、嘘つかれたの? いや、目が悪いだけかもしれない。
もう少し近づくと、何かが見えた。そっと手を伸ばす。固い。手を引き抜いた。突っかかりもなく簡単に抜けて鈍色に光るそれの正体が分かった。
「鍵……?」
ちょっと変わった形だった。持ち手がなくて、本来持ち手があるはずの場所にも鍵先がある。二重鍵、と言えば良いのかなんなのか。一体、なんの鍵なんだろう?
「いだぁ!?」
足が繋がれてるの忘れてた! 寝転がってから起きようとして鎖同士が絡まっている。とれない……! ふいに、枷に付いている鍵穴が目に入った。鍵、鍵か……。
「いや、これの鍵か!」
覚醒したようにはっと目を見開く。いや、そうだろう。これの鍵だろう! 鍵穴へ片方の鍵を入れる。ガシャンッなんて大きな音を響かせながら枷は外れた。
「おお! 開いた! じゃあこっちはこの鉄格子の鍵かな」
枷のなくなった両足で鉄格子へと向かう。隙間から手を伸ばし、反対側の鍵を入れてみた。
「あれ、入らない?」
だめだ。鍵があわない。何でだろう。何度試してみても鍵が上手く入らなかった。きっとこの鍵は何か別の鍵なんだろう。しょうがないな、と私はまた部屋の中央へ戻った。脱出ゲームならきっとどこかに隠し扉があるんだろうな。
ぼけーっと諦めの境地に入りながら天井を見ながら後ろに倒れた。汚れることすらもうどうでもいい。ああ、最後にご飯食べたのはいつだっけ? 厨房に入り込んで使用人の料理の材料を使ってちょっとしたサンドイッチ作ったなぁ……。
流れてくる風が心地良い。こんな地下牢の奥にまで風って流れてくるんだ。どこから風が流れてるんだろう。もしかして酷い台風がきてるとか? それは流石に危ないんじゃない? 私の家はだいじょう、ぶ……?
おかしい。
光の入らない寝台の下を慌てて覗き込む。間違いない。風はここから流れてきている。どうしてこの地下に風が流れてくるの? どう考えてもおかしい。寝台を少し引いてみると、思ったよりも簡単に動いた。
体重をかけて必死に引きずると、寝台の下に隠れていたものがあらわになった。小さな扉だ。本当に小さな、私一人がぎりぎりつっかえないで通れるサイズだ。
「本当にあるんだ、扉なんて……」
行くか行かないかなんて考える必要もないよね。私は扉の鍵穴へ鍵を差し込む。抵抗なく入り込み、軽い音をたてて鍵は外れた。
ゆっくり開けると、埃を巻き上げながらその先にある階段を見せる。
「落ち着け。私は大丈夫」
一段目は広さの関係なのかかなり深かった。落ちるつもりで体を中へ滑り込ませる。ひんやりとした空気が体を覆う。かなりの間使われていなかったようだ。一段目に足がついたとき、首上しか地面に出ていなかった。二段目を手探りで探すと、あまり深くない位置に二段目があった。そんな調子で三段目、四段目、と進むとやがて階段は無くなった。
「優しき炎、灯れ」
灯りの魔法を唱えると、ようやく自分がどんな場所にいるのかが分かった。
「通路? 抜け道にしては飾りが付いているなんておかしいもんね」
通路に付いている蝋燭立てへ灯りを近づける。途端に通路の左右の灯りがついた。そうして一歩進むと、次の二つもさらにその次もと柔らかい橙色の灯りが点っていく。
奥へと向かって規則正しく並ぶ灯りは、私を蝕むことになると教えてはくれなかった。




