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閑話:私は恩返しのメイドです

 はじめまして。私はティティ男爵家の長女、エリーゼ・ティティです。リザーブ公爵領の屋敷で働くメイドで、一番の新人です。私みたいな田舎者がこの屋敷で働いているのはどうやらリザーブ公爵の娘さんが関係しているらしく、私はその恩人様に会える日を今か今かと待ちわびています。


 昨年、没落寸前だった我が家に突然送られてきた一箱の荷物。それが私たちの人生を変えました。その箱の中には五百枚分の金貨と一枚の手紙がありました。差出人の所に「リザーブ公爵に縁ある者」と、達筆な字で書かれていたのをよく覚えています。


 手紙の内容は「私を助けてくださったお嬢様のお宅が没落寸前と聞きました。これはお礼です。少ないですが領地経営にお役立てください」というものでした。更にその手紙には決してこの事を他人に口外しないことと、不用意に差出人を探らないことが書いてありました。


 お父様は警戒していましたが、このお金を使うことに決めたようです。どうやらかなり切迫した状況だったようで私を他家に嫁がせ援助を得ることも考えていたことを、床に頭をつけて謝罪しました。お父様は泣いていました。


 私と秘書を含めた四人でお金の使い道を決めた後、もう一枚手紙が付いていることにお母様が気づかれました。それこそ、私が今リザーブ公爵邸で働いているきっかけです。


 それは、もうしばらくするとリザーブ公爵邸のメイドが募集されるだろうという話でした。あくまでも予測なので無視しても良いとも。どうしてこんなことを我が家に伝えたのでしょう。それでも私はその可能性にすがりたかったのです。片道二十日かけて、リザーブ公爵邸に向かいました。


 予測は当たっていました。


 どうやら急に募集をかけたらしく、貴族に名を連ねる者が私だけだったこともあり見事にリザーブ公爵邸のメイドとなりました。お給金は一日に大銀貨二枚で三十日ごとに支払われるので、金貨六枚分です。私からすれば大金でした。


 私はその旨をお父様に手紙でお伝えし、その翌日から住み込みで働かせていただくことになりました。私はこのご恩を忘れません。それに手紙を送ってくださった相手も大方予想はついています。リザーブ公爵の双子の娘様のどちらかでしょう。


 そしてこのアンドゥラの地に、娘様の片割れが滞在しています。いや、滞在していると言ってもいいのでしょうか。


 その人の名前はマルシェ・リザーブ。リザーブ公爵の娘は長女であるユーリェ様が有名ですが、いらっしゃったのがユーリェ様なのか、と思うほどマルシェ様はお美しい方でした。


 髪色とその深紅の瞳を見て、それがマルシェ様なのだ、と気づいた私は数々の失礼なミスをしてしまいました。本当に申し訳ないです……。


 マルシェ様は変わっているお方でした。どうやらマルシェ様は、リザーブ公爵領の山中にある小屋に住んでいるというのです。それが事実なのかは分かりませんが、とても生命力に溢れたお方でした。良い意味で令嬢らしくありません。




 しばらくして、ユーリェ様が屋敷に来ると連絡がありました。屋敷で立場が弱い私は、マルシェ様の補佐役へ任命されました。満場一致で自分でなくて良かった、と言う人たちに少し怒りを覚えます。マルシェ様は本当に皆様の言う悪いお人なのでしょうか。仕事を失わないために間違っても口に出せませんでしたが。


 そして、手紙が来たその日のうちにマルシェ様は戻って参りました。帰ってきて早々、てきぱきと指示を出していたマルシェ様はほとんどの間、自室に閉じ籠っていらっしゃいます。食事は部屋で摂られたのでしょうか。


 そして、ユーリェ様がやってきました。初めてお会いするのでどきどきしています。そんなユーリェ様は天使のような方でした。見た目はもちろん、性格もお綺麗で、隣に立つアレン様とお似合いでした。ですが私は八方美人のように思ってしまい、マルシェ様の方にお仕えしたいと思いました。一体どちらが我が家を助けてくださったのでしょう。


 その後の私の使命は、マルシェ様にドレスを着せてアクセサリーを纏わせることでした。先輩方は触りたくもないのか、コルセットのお役目を私に寄越しました。

 コルセットは女性にとって重要です。そして私たちメイドにとっては死活問題なのです。緩いと太く見える。かといってきついと、コルセットをつけた本人が倒れてしまう。


 果たして上手く出来たのでしょうか。マルシェ様は何も仰らなかったから、少し怖い。かといって私から声をかけるのも怖い。そんなとき、マルシェ様は小さな声で呟かれました。


「ねえ、このドレスは誰のものかしら」


 髪を結っていてよかったです。もし正面にいたら、びっくりした顔が見られていたことでしょう。マルシェ様に話しかけられるとは梅雨ほども思っていなかったのです。


「マルシェ様のものにございます」


「……ユーリェのものではなく?」


「マルシェ様のものにございます」


 一息おいて、マルシェ様はユーリェ様のものなのかと言うから、同じ答えを返しました。なぜ、ユーリェ様のものだと思うのでしょう。ユーリェ様よりもマルシェ様の方がこの赤いドレスは似合うと思いますが……。逆にユーリェ様が着たらきっとドレスに着られてしまうのではないでしょうか。


「では、このためのお金はどこから? 私のドレスだとしてもお金はかなりかかっているわよね」


「オーダーメイドにございますので、かなりかかっているかと。費用はマルシェ様用の予算から用意いたしました」


 オーダーメイド、と私は聞いている。マルシェ様用の予算から用意したとも。そんなに重要視するほどのものだろうか。


 そしてその後、マルシェ様は投獄されました。


 マルシェ様は抵抗なさいませんでした。それどころか自ら牢の中に入ったとのことです。先輩方が不思議そうにしている私に教えてくださいました。


「マルシェ様がここに来たのはユーリェ様に危害を加えようとしたからなのよ」


「多分侍女長は貴女に食事を運ぶよう命じるだろうけど、近付かなくても良いんだからね」


 先輩方の言う通り、食事の担当は私になりました。ですが、食事は日に一回とのこと。それも余り物です。困りました。


 一度目の食事を運んだとき、マルシェ様は寝ていらっしゃいました。起こしてしまって良いのか分からなかったので食事を置いて出てきました。暗くてじめじめしていてとても怖かったです。でも、私には使命があります。私は恩返しのメイドです。



 夜中になると料理長に内緒で調理室に忍び込みました。音を立てないよう気を付けながら余り物の野菜を使い、スープを作りましたが食べていただけるでしょうか……。


 考えていても仕方ありません。とにかく私は心配なのです。ランプとスープを持って、地下牢の階段をゆっくりと降り始めました。

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