第十二話:私では引き立て役にすら慣れないようです
このドレスが、オーダーメイド? 私の着ているやけにコルセットが苦しいこのドレスが、オーダーメイドなんて、そんな訳がある!? え、なに。私今から惨殺されるの? 辱しめられ貶められ屈辱にまみれながら足蹴にされるの?
メイドは無言で髪を結っている。これからどうなるのだろう。って! 痛い、痛いよ!? このメイド下手っぴだよ!!
そういえばこの前から水しか飲んでない……。最後にしっかりした食事をしたのはいつだろう。そろそろ倒れそうだ。オーク肉の串焼きが恋しい。今日さえ乗り切ればなんとかなるはず。あてはあるし。
それにしてもこのオーダーメイドのドレスはきっとルエラの用意したものだろうなぁ。一体いつ注文したのか。ネックレスもピアスもルビーが使われていた。
そして、夕刻七時。パーティが始まった。この屋敷の者だけなので私はかなり浮いている。皆が使用人の服で私だけドレスなんて訳じゃない。それなりのドレスを皆着ているんだ。ただ私はどうやら目立っているらしい。きっとこのドレスのせいだろう。たかがホームパーティでなぜこんな立派なものを着せるんだ。きっとメイドの方が苦労しただろうに。
まぁ、そんな理由で主役が来る前に抜けることは確実にできないのだった。
ホームパーティは質素なものだ。並べられたテーブルに所狭しと並ぶ色とりどりの料理に、ボトルごと置いてあるワイン。広く開けられたステージはダンスするためのもの。楽器は出来る人が弾くのだろう。執事長は頑として他人を入れることを許さなかったから。
わぁっと、歓声が広がった。きっとユーリェが入ってきたのだ。私は人垣から遠く離れて、ユーリェが中央に来るのを待っていた。
「マルシェ!」
ユーリェが来た。マーメイド型の青いドレス。繊細なレースの百合が歩くたびにふわふわりと揺れている。髪はハーフアップに結い上げられ、サファイアとダイヤモンドのネックレスを下げている。完全に対比している。誰と? 言うまでもない。私だ。これは私から言うしかない。誰かに先に言われたならお仕舞いだ。
「マル──
「ユーリェお姉様申し訳ございません。ユーリェお姉様とお揃いにしたくて、同じものを頼んだんですの。でもやはりダメですね。私では引き立て役にすら慣れないようです。お似合いですわお姉様。ホームパーティなのが悔やまれます」
アレンの台詞に被せたのはわざとだ。どうせパクリだ! なんて騒ぐだけだろうから台詞に被せても問題ない。作り笑いをしてもユーリェは何も言わないだろう。ただ、遮られて機嫌が悪くなったのか殺気が恐ろしい。
そんな二人の後ろにはルエラが居た。どうやら彼は執事服のままらしい。ただ、髪だけはオールバックに変わっている。きっとユーリェが手ずから整えたのだろう。
「そんなことないわ! 貴女も似合っているわよマルシェ! 今日は楽しみましょうね!」
ユーリェが笑顔でそう言えば流石のアレンも何も言えまい。良い気味だ。そうして他の使用人に声をかけるために、私とユーリェは別れた。別れる直前、ルエラの目が私を捉えたのを、見なかったことにした。
会場がユーリェを中心に盛り上がるなか、壁の花となった私は少し考えてしまう。果たしてこのまま終わるのか、それとも終わらないのか……と。
フラグだな。絶対にフラグだなこれ。考えちゃったよもうだめだ。丁度良いのか悪いのか。絹を裂くような悲鳴が会場内で響く。ユーリェだ。そして同時に食器の割れる音も。掃除が大変だろうな。
「きゃぁああああああ!!!」
私は足早に駆けつける。これで一人だけ遠くにいたら絶対に怪しまれるし。だけど一足遅かったみたいだ。
「マルシェ! お前だろう!!」
ちょっと待って。何の証拠もなしに私が犯人とはどういう了見だよ! アレンは私を睨んでいる。完全に犯人が私だと思い込んでいるようだ。ユーリェはアレンの後ろに隠れて震えていて周りの視線は完全に私に向いていた。敵意より不安が勝っているみたい。
「何がでしょう。犯人探しよりユーリェお姉様のケアをする方が先かと思うのですけれど」
わざと厳しい顔を作る。この男に常識は通じない。問答無用で牢に繋がれるだろう。それとも放り出される? どっちでもいい。なるべく刺激しないように抑えるのが今の私のしなきゃいけないこと。
「お前、ユーリェのグラスに虫を入れたな!」
「虫?」
いや、あれだけ離れていたのにどうやって入れるんだよ……。
「証拠はあるのですか? 私が入れたとしてその方法は?」
「うるさいうるさい! お前がやったんだろ! 方法も証拠もお前が知っているに違いない!」
うわぁ、面倒だ……。泣いちゃうぞ私。周りもあまりの言葉に息を飲んでいる。そんなとき、ユーリェがアレンの前へ回り、しがみついた。
「やめて! いいのよ、大丈夫。だから落ち着いて。ね?」
ユーリェは震えている。目には涙がたまっていて、まさに悲劇のヒロインだ。そんなユーリェの手を取って、アレンは強く言い返した。ユーリェの右手が強く捕まれて、口が痛いと動いたのを私は見逃さない。
「だめだ! ユーリェ、こいつが何でここにいるのか君も知ってるだろう? 誰か! こいつを牢屋へ連れていけ!」
人の言うことなど何も聞かない。どうしようもない。周りにいる男性の使用人は、皆どうすればいいかと戸惑っている。ぐだぐだじゃないの。
それよりもユーリェの細い手が気になる。随分強く捕まれているようだ。どうしようも無いんだろうなぁ。よし、利用させてもらおう。
「分かりました。では牢へ行きましょう。その代わりさっさとその手をユーリェお姉様から離してください。痕になったらどうするおつもりですか!」
はっ、と気付いたのかあわてて離すアレン。だけど、その勢いでユーリェを突き飛ばしてしまった。後ろに割れたガラスの破片があるワインの海へ。
「お姉様!」
私が出るよりも前に、動く人影があった。
「……ご無事ですか、ユーリェ様」
「ルエラ……!」
お姫様と王子様なのか。倒れかけたユーリェを腰に手を回して支えている。写真機持ってこい誰か。カメラだカメラ。決定的瞬間を収めろ誰か! ちなみに当て馬アレンの目は充血している。いやお前のせいだろとか思うけどそれはもう完全にルエラを睨んでいた。しょうがない。泥を被ってあげよう。
私はユーリェとアレンの間に割って入った。
「アレン。私を犯人だと言うなら犯人に仕立て上げればいい。だけど、お姉様には近付かないでもらう。分かってるだろうけどこんなことを仕出かした人をユーリェお姉様の傍には置いておけない。ルエラ!」
「はっ!」
「お姉様を頼みます。決してこの男をお姉様に近付けないように。例え何があってもです。それが、ユーリェお姉様の頼みでも」
私は振り返らないまま命じた。なんかちょっと楽しくなってきた……。あ、ごめん睨まないでお願い。
「お前に命じる立場があるのか!」
「あるわ。私だってこのリザーブ公爵家の娘だもの。部外者の貴方ごときよりも上よ。分かったならとっとと頭を下げなさい」
「俺が部外者だと!?」
待ってこれ良い感じじゃない? なーんて思ったのが間違いだったのだろうか。
「ならお前は牢に入れ。決して出てくるなよこの売女が!」
アレンはユーリェに近付かない。その代わりに私は牢へ入る。ユーリェの護衛には必ずルエラが付く。そんな人員移動が起こった夜だった。
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