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第十一話:このドレスは誰のものかしら

 いつもそうだ。私のほしいものを、ユーリェは奪っていく。いとも容易く、痕も残さないよう徹底的に。私に押し潰され消えてなくなったはずの「マルシェ」の心が、ずきずきと痛んでいるようだ。


「皆、久しぶり! 元気にしていた?」


「「ええ、勿論ですとも!」」


 ユーリェが笑顔で声をかければ、周りもまたユーリェに笑顔を返す。私なんかとは比べ物にならない歓迎の仕様だ。まだ玄関先に入ったばかりなのに、皆がユーリェを取り囲むように周りにいた。天性の才とでもいうのか、恐ろしい。


 私とは正反対。輝くような金髪に、ブルーサファイアのような大きな瞳は、それだけで人の目を奪う。天真爛漫で誰にでも笑顔を向け、何事もそつなくこなす「リザーブ公爵邸の天使」と呼ばれる。そしてその隣には。


「ほら皆。ユーリェが困っているだろう」


 爽やかな笑顔で人を押し退けるユーリェの婚約者(フィアンセ)がいる。名前をアレン・スフェノヴア。特例を得て、騎士の身でありながら伯爵位に登り詰めた家だ。その影響力は計り知れない。なぜならスフェノヴア家は──。


「お帰りなさいませ、ユーリェお姉様」


 私は深く頭を下げた。見たくないから。彼を見た私が、どうなるか分からないから。


「マルシェ! 私も会いたかったわ! 私たちは姉妹なのよ? 顔をあげて、マルシェ」


「ありがとうございます、ユーリェお姉様」


 心は、深く深くずきずきと痛む。抉られるように。それはそうだ。だって、私を睨んでいるでしょう? 私に憎しみの目を向けているでしょう?


 彼は、アレンは幼い頃からマルシェに付けられていた専属の護衛だったのだ。それはつまり、マルシェの最も近くにいて幸せにし、その後ユーリェに鞍替えをした憎き愛しいマルシェの思い人。


 スフェノヴア家は騎士の家系。ただし、仕える主君を己で決められる、まさに剣技の頂点の存在。国王ですら思い通りに動かすには力が足りぬ、貴族界の裏の支配者だ。


 ああ、かわいそうなマルシェ。私に存在を喰われたのに、まだアレンを求めるんだ。会いたいと、感情を抱いてしまうのか。


 私は顔をあげて、少し目線の高いユーリェを見た。細いヒールに包まれた小さな足。マルシェはこんなユーリェと共に生まれてきたなんて。ユーリェ。貴女は罪な人だ。きっと何も悪くないだろうに、こんな世界があるゆえに。貴女はマルシェから恨みを買ってしまい、私という汚点を抱えて生きるのだ。


 逃した視線は、隣のアレンを捉えてしまう。目が合った。ひどく心拍数がはねあがった。鼓動くらい、外に聞こえているんじゃないだろうか。


「ユーリェお姉様。馬車に乗っていてお疲れでしょう? まずは湯浴みをなさったらいかがかしら」


「気が利くわ! さすがマルシェ!」


 ぱんっと両手を叩いて目を輝かせる。そんなに喜ばれても困るのだ。私は己の身を守るために動いているのに。


「ありがとうございます。それと、屋敷にお泊まりになる間は彼に色々と聞いてくださいませ」


「……お帰りなさいませ、ユーリェ様」


 私がもう一度深く頭を下げたところで、ユーリェの前にそいつは現れた。


「あなたが私の側付きになるのね! はじめまして! 私はユーリェ。マルシェの姉よ!」


 満面の笑みを見せるユーリェ。だけれど、流石のユーリェも気づかなかったらしい。


「……恐れながらユーリェ様。はじめましてではございません」


「あ、どこかで会ったこと会ったかな……。うーん、と」


「ユーリェ様に助けていただいたルエラ・ノージェと申します」


 ルエラは頭を下げたから、その顔は見えなかった。何はともあれ、視線がルエラに向かっていることに、私はそっと安堵の息を漏らす。


「ルエラ……!? あのときの男の子よね! わぁ、懐かしい! あのときとはすっかり変わって気づかなかったわ! ごめんなさいね」


「いいえ。もう十年近くお会いしておりませんので無理もないでしょう。思い出していただけたことすら光栄です」


 そうしてルエラはユーリェとアレンを二人の滞在する部屋まで連れていった。それを見届けて、皆仕事へと向かう。夕方にはパーティが始まるのだ。それの準備が忙しい。


「なのに、どうしてこうなってるの……」


 そう、三人が移動するのを見届けて私も部屋へと帰るはずだった。それが今は、侍女五人がかりでドレスを着せられている。誰もが不服そうな顔だ。


 ドレスは深紅に染まっている。新鮮な血をありったけ染み込ませたように、唇にのせる紅のように。私の瞳に合わせたのだろうなぁ。それに、コルセットを強く絞められているからもう息をするのも辛い。泣いちゃうぞ私。このマーメイド型のドレスはフリルとレースがふんだんに使われていた。私の趣味じゃないけどあり得ないほど豪華だ。正直こんな高そうなドレスは初めてだ。


「ねえ、このドレスは誰のものかしら」


「マルシェ様のものにございます」


 レースで出来た薔薇を手で撫でながら聞くと、髪を弄っていた侍女が答えた。私のもの、と言われても。そもそも私のためにドレスを用意したなんて信じられそうにない。


「……ユーリェのものではなく?」


「マルシェ様のものにございます」


「では、このためのお金はどこから? 私のドレスだとしてもお金はかなりかかっているわよね」


「オーダーメイドにございますので、かなりかかっているかと。費用はマルシェ様用の予算から用意いたしました」


 ……は?

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