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第十話:これにしようかな

 突然、馬車が大きく揺れた。


「っ、きゃ……!」


 ジェットコースターに乗っていたときのような浮遊感に襲われて、そしてぼふんと落ちた。前から、ルエラの上に。場所が場所なら押し倒しているように思われるだろう、馬乗りになっていた。


 見開いたそれと自分のが、触れているのではと勘違いするような距離だ。着替える間も無く飛び出してきた私は、全く可愛げの欠片もないワンピースを着ていたことを後悔した。

 離れなきゃ。体を後ろにのけぞるように動かすと、ルエラは不意に私の体を引き寄せた。吐息がかすかに耳に触れる。


「……ルエラ?」


 がたんごとん、と私の要望に応えるため必死で働いている車輪の音が、景色を次々に遠ざけるように先へ進んでいた。もうそろそろ着くのではないか、と焦りが私のなかに生まれる。もし見られたらどうなるのか……。


「「…………」」


 しばらくどちらも喋ることはなく、ようやく口を開いたのは私ではなくルエラだった。背中に回していた手に少しの力を込めたら、私の肩にコツンと額を置いた。


「このまま聞いてください」


 私はやっぱり何も言えないまま、迫ってくるルエラの言葉に流されていた。


「私は、あなたの側を離れません。離れたくありません。これ以外に、何も言えない。信じていただけますか?」


 ルエラは震えていた。疑われることを怖がって笑っているのか、それとも私をだまして笑っているのか。どうしても、私は素直に受けとることが出来ない。


「信じるよ」


 だから私は、偽りを仮面に貼り付ける。だってそうすれば、きっと誰も私を嫌わないから。そう信じているから。


 それから倍速で流れる外の景色を見ながら、ようやく屋敷へと帰ってきた。これから暫くはここで過ごさなきゃいけないのは本当に苦痛だ。涙出そう。


「「「お帰りなさいませ。マルシェお嬢様」」」


 時間が無いというのに、ずらりと並んだ人の群れ。お出迎え班が決まっているらしい。私には知ったことじゃないけど。


「結構。もう良いわ。侍女長、執事長は残りなさい」


「「はい」」


 残った侍女長と執事長の元に向かうと、部屋の手配が終わっていることや食事のメニューが出来ていることを聞いた。やはりダンスパーティはやるのかな。それとなく聞いてみようか。


「お姉さまのドレスの用意は?」


「ドレス……ですか?」


「あら、ダンスパーティはやらないの? 昔はしょっちゅうやっていたような気がするのだけど」


 二人は目配せをすると、深々と頭を下げてきた。


「大変失礼いたしました。そこまでは手が回っておらず、準備が出来ておりません」


 これは準備をした方がいいのかな。でもユーリェのことだからやりたがるよね……。出来なかったらまた私に回ってくるよね……。


「今から準備をしたら間に合うかしら。出来るのならお姉さまが到着なさった日にやりたいところね」


「おそらく、ぎりぎりといったところかと」


「そう、なら準備をしましょう。食事の変更も忘れずに伝えてちょうだい。例年行っていたような身内だけのパーティだし、招待状はいらないわね。お姉さまの執事は?」


「決まっておりません。その、失礼ですがこちらとしてはルエラをユーリェお嬢様に付けれたらと考えておりまして……」


 やっぱり。私なんかにルエラを付けていたことがそもそもおかしいんだから。こんな顔がよくて仕事が出来る男、首都でユーリェに付けておきたかったに決まっている。


「構わないわ。ルエラも良いわね」


 有無を言わさずにルエラに告げる。ルエラがどんな顔をしてるのか見たくなくて、私は執事長の方をむいたままだった。


「……かしこまりました」


 そんな言葉が、小さく聞こえた。




 廊下を慌ただしく使用人が通る音がする。さて、一段落したところで私はどうしようか。元々この屋敷に居たわけではないから、特にやるべきこともない。私の部屋はどうやら屋敷の端で、あまり日の当たらない裏庭に面した部屋だった。衣装部屋や風呂も付いているはぐれもののための部屋だろう。待遇はそこまで悪くはない。何故か調理室が付いていることも、私としてはありがたかった。


 今の私は寝室のベッドに座ってぽけーっとしてるけど、こんな調子なら家にいても良かったんじゃ無いだろうか。私が屋敷にいて何か良いことでもあるのかな……。


 そうだ、パーティで着る衣装の準備をしなくちゃ。緑が良いか黄色が良いか。あるものを着回すだけだけどね、どうせなら着たいものを選びたい。衣装部屋には一応私が持ってきたドレスがあるはずだから。


 衣装部屋の中は、私が今まで着てきたドレスがあった。なかなか新調されない中で、よく記憶に残ったドレスが三十枚程度。公爵の娘としては少ない方だ。ユーリェなんて少なくともこの四倍はあるだろう。


「まぁ、無理に増やされても噂話が広がるだけだし……」


 見るたびに新しい服を着ているのが貴族と言うものだけど、私はそんなに服を持てない。元々の世界が日本だったことも影響しているだろう。


「これにしようかな」


 選んだのは若葉色のワンピースタイプのドレスだった。一人で着れるのがポイントだ。


 ぐっ、とため息を堪え、時間が過ぎて。



「皆、元気にしていた? 帰ってこれて嬉しいわ!」



 ユーリェがやってきた。

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