第九話:ユーリェお姉様と言う人は
「悪役令嬢悪役令嬢……」
私はベッドの上で足を抱えて毛布にくるまっていた。想定外の事が多すぎてもう外に出たくない……。
分からない。どうなっているんだこれは。確かにゲームの大筋から外れているのは知ってる。でもあり得なすぎない!? いや、いやいやだって!
「隠し子なんて欠片も聞いたこと無いよーー!?」
がばっと起き上がった勢いで、枕が慌てて床へ落ちた。ルエラの事はまだ許容できるとしても……。新キャラはおかしくない? 笑えなくない?
色々不味い気がするんだよなぁぁぁ!! 何か笑えないことが起こりそうなんだよなぁ!
控えめなノックの音がした。扉の先に居るのはきっとルエラだよね。彼しかこの家に来ることは無いんだから。
「マルシェお嬢様。屋敷から手紙が来ました」
「……手紙?」
手紙のやり取りなんてしてたのか……と思う暇もなく、ルエラは衝撃的な一言を告げた。
「ユーリェ様がこちらに来る、と」
悪夢だ。
≫≫≫≫≫
ユーリェ・リザーブ。私、悪役令嬢マルシェ・リザーブの双子の姉だ。そしてこの世界においては主人公に位置する、私の天敵でもある。
彼女が物心付いたときには、既に多数の人が周りに居た。それは使用人だったり貴族だったり様々だったが、心酔するものも居たのだと。私はユーリェに人が集まるのを良いことに遊んでばかりいたけれど。
記憶が戻ってからユーリェに抱いた感想は、完全なる他人。決してユーリェに勝てるはずがない。私とは血の繋がりすら無いのではないか、という一種の敗北感でもある。何代か前に降嫁された姫君の血を濃く引き継いだのか、王族の特徴を表す蒼い瞳。それだけですでに私とユーリェには格差が出来てしまっていた。
まるで正反対な私たち。光と影のように相対する私たち。だから私は今日みたいなきらびやかな日は常に考えてしまう。私の悪評は全て、ユーリェを引き立てるための闇に過ぎないのだと。一生、脇役として生きていくしか無いのだと、思ってしまう。
「マルシェ! こちらにいらっしゃいよ!」
「はい、ユーリェお姉様」
ああ、ユーリェが帰ってきただけでこんな盛大なパーティーを開くなんて、やっぱり私とは大違いね。呼ばれた私は大人しくユーリェの側へ向かった。決して近づきすぎないように気を付けながら。
今日の私のドレスは赤のマーメイドドレスにハーフアップにした髪。肘上まである手袋も首飾りも、全て赤で染め上げた。選んだのはルエラだ。
古いもので良いと言ったのに。まったくルエラ、なぜわざわざユーリェと対比するようにマーメイドドレスを作らせたんだ……! そう、ユーリェもマーメイドドレス。示し合わせたのではと思うほど瓜二つな蒼のそれと私のとを比べると、鏡合わせになるようだ。
ほんっとに憂鬱でしかない……。足も痛いしお腹も減ってるしもう帰って休みたいのに、きっとここで帰ると歓迎の気持ちすらないのねなんて言われるんだ。はぁ……。
≫≫≫≫≫
そもそもの始まりはあの、悪夢のような言葉が届いた日だった。
「ユーリェが、こちらに……」
嘘だと思いたい。どうしようも無いだろうけど、夢でいいそんなものは。
「はい。それに伴い、屋敷では歓迎パーティーを開くそうです。マルシェお嬢様にも暫くは屋敷で生活してもらい、衣装合わせなど、行っていただきたく思います」
帰りたくない。このままずっと暖かいお日様に抱かれて過ごしていたい……。決して許されない禁断の果実、なんてね。
私は深くため息を吐いた。
「行くわ、今すぐ。ユーリェお姉様が帰ってくるのなら相応の準備をしなければなりません。用意は?」
「全て出来ております」
覚悟を決めるんだ私よ! ここで動きが少しでも遅れればまた笑い者にされるんだぞ! ユーリェの為? ノー! 私のためだ!
私は馬車に飛び乗った。
「私たちの事は気にしないで全速力、ただし迷惑にならない程度で走らせて!」
御者の人には申し訳ないと思うけれど、頑張ってくださいね。さて、馬車に乗ったからといって悠長にもしていられない。徹底的に不穏分子を排除しなければ。何かあれば全て私のせいにされるのだから。とにかく情報が必要だ。
「連絡が来たのはいつ? 到着予定日は? それとルエラ。貴方しばらくお姉様付きになるでしょう。代わりの人を手配してほしいわ。お姉様はグリーンピースが苦手なのは理解してるわね。しばらく屋敷の中に入れてはダメよ。万が一があったら困るの。お姉様の部屋は日当たりがいいかしら? お日様の光が好きな方だからその方が──」
「あの、待ってください」
ルエラにしては珍しくためを作って私に声をかけた。ひょいと顔をあげて、向かい合って座るルエラの顔を見ると、疑問そうな顔が隠されていなかった。レアだ。
「俺は、貴方のそばを離れるつもりはありません」
は? あのルエラが? まさか。ユーリェ信者のルエラが、そんなこと……。まさか。私は1つの可能性に気づいた。ルエラはこれに乗じて私を殺すつもりなのだ。こんなタイミングでユーリェが来るということも、示し合わせたんじゃない? 怖いわ……。誰が守ってくれるわけでもないけど。
「それは無いわ」
「……っ、何故です!」
「ユーリェお姉様は貴方を必ず側に置きたがるはずよ。それならはじめから貴方をユーリェお姉様の元に置いておいた方がいい。それに貴方もその方が嬉しいでしょう」
その直後、馬車が大きく揺れた。
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