ペア初戦闘
動きがあったのは4日目の夕方のことだ。
いつものように西区角にて待機していると、伏せの状態で暇そうに尻尾をパタパタと揺らしていたフレンが突如すくっと立ち上がった。
じっと一方向を見つめるフレンを見て異変を感じたわたしは空から降り立つ。
獣化していると表情が読みづらいフレンの反応を伺っていると、
「来る」
と、呟いた。
わたしはもう一度空に飛び上がってフレンが見ている方角へと目を凝らす。
すると、一直線にこちらに向かってくる黒い塊を確認した。
「来た! 二体!」
わたしは地面で待機しているフレンにそう伝え、魔獣へ向けて移動を始める。
戦闘をするなら、薬草が生えている場所よりも外でしたほうがいいだろう。
黒い塊が近づいてくるにつれ、その形を確認することができる。
黒い鳥型の魔獣は色と形からカラスに似ている。
しかし、そのくちばしは鋭く尖り、キラリと輝いていた。
ガッと熱い熱を感じ、下を見るとフレンが早くも炎を吐き出している。
あっという間にわたし達に近づいてきた魔獣は両サイドに旋回してフレンの炎を避けた。
そのままフレンに向けて二方向から襲いかかっていく。
「フレン!」
フレンは炎を吐き出しながら飛び退き、その攻撃を避ける。
ホッとしたのも束の間、二体の魔獣は別方向からもう一度フレンに向けて攻撃を仕掛けようと体勢を立て直していた。
「まずい……」
流石のフレンでも動きの速い魔獣に炎を当てるのは至難の技だ。
考えてみたらわたしと森で戦った時も苦戦していたのだ。
おそらく、フレンは空を飛ぶ敵を苦手としている。
(フレンのことまで考えが及んでいなかった……)
フレンにペアを解消されることが嫌で自分のことばかり考えていた。
冷静になっていれば、こうなることは想定できたはずなのに。
どう動くべきか躊躇っている内に、眼前ではフレンへと二回目の攻撃が仕掛けられていた。
どうやら攻撃をしていないわたしは魔獣達の意識の外にあるようだ。
「どうにかしなきゃ」
このままだと消耗戦になる。
フレンが攻撃を当てられればいいけれど、そうじゃなければ──
これは生きるか死ぬかの戦いなんだ。
わかっていたつもりだったけれど、平和な日本で暮らしてきたわたしにとって現実として考えにくい戦いという行為。
だけど、油断したら死ぬ。
これは現実の戦場なのだ。
その事実を改めて自覚して、わたしはごくりと唾を飲み込む。
目の前で誰かが死ぬのなんて見たくない。
もちろんわたしだって死にたくない。
(どうにかしなきゃ)
もう一度心の中で呟いて、わたしは拳を握りしめた。
あの動きの速い二体の重力を制御することができたなら。
だけど、目で追うのもやっとな速さの二体の重力を制御することなんて、今のわたしにできるのだろうか。
失敗はできない。
だったら、確実な方法を取る必要がある。
「フレン!」
何度目かの攻撃を辛うじて避けたフレンに向けてわたしは叫んだ。
フレンのふわふわとした身体からは魔獣がかすったのだろうか、切り傷がいくつかできていて、そこからは血が滲んでいるのが見えた。
「わたしが魔獣の注目を集める! わたしを攻撃しようとしたところで炎を放って!」
よく観察していると、2体の魔獣はタイミングを合わせて攻撃を仕掛けてきている。
動きの速い魔獣を捉えることは難しいけれど、わたしに攻撃を仕掛けてくるところを狙えば、フレンの炎が当てられるんじゃないかと思ったのだ。
「お前も一緒に燃える気か!?」
厳しい顔をしたフレンがわたしを見上げる。
わかってる、下手したらわたしまで丸焼きになってしまう。
「大丈夫、避ける!」
本当は大丈夫なんていう保証はない。
それでも倒すためにわたしができることはこれしかないと思ったのだ。
これ以上フレンが傷つくのは嫌だから。
「行くよ!」
魔獣の近くにわたしだけの重力ポイントを設定してそこに向けて一気に飛ぶ。
強めに設定したので目を開けていられないくらいのスピードだ。
それでもなんとか薄目を開けて黒い魔獣を確認する。
フレンに向けて再降下しようとしていた魔獣は動きを止めてこちらを見ていた。
わたしがぶつかる前に魔獣はさらに上へと飛び上がる。
それを確認してからわたしは重力ポイントを解除して停止した。
魔獣はわたしの頭上を旋回しながら様子を伺っているようだ。
(攻撃してこないなら、来るまで攻めるだけ!)
わたしは真上に重力ポイントを設定し、さらに上へと上がった。
勢いよく体当たりしようとするわたしを再び魔獣は避ける。
敵意を感じたのか、魔獣はわたしへと目標を定めたよう。
一体がわたしへ向けて鋭いくちばしを向けながら飛んでくるのが見えた。
下を見ると、地面とはかなり距離が空いてしまっている。
高所恐怖症だったら足がすくむくらいの距離だ。
これではフレンの攻撃が当たらないかもしれない。
そう思ってわたしは魔獣の攻撃を避けながら降下する。
目の端にフレンが見えた。
恐らく、魔獣の攻撃範囲から外れつつ、機会が来たらそれを逃さないように攻撃を仕掛けてくれるはずだ。
「よし! こおぉぉい!」
わたしは頭上の魔獣に向けて両手を広げた。
魔獣がわたしを攻撃しようと狙っているのがわかる。
怖い。
だけど、ギリギリまで引き付ける必要がある。
目を閉じたいけれど閉じられない。
手先が震えているのがわかった。
それでも、わたしは逃げたくない。
旋回した魔獣二体が鋭いくちばしをわたしに向けて一気に降下してくる。
そのスピードは先程のわたしのものと同じくらい速いように感じられた。
(来た!)
魔獣がすぐ近くまでやってきた。
「フレン!!!」
「避けろ!」
ゴオっと恐ろしい程の熱気を斜め下から感じた。
今だ!
「無重力解除!!!」
身体の力を抜くと、地面の重力に引っ張られてわたしの身体が一気に落ちていく。
背中が地面に向いて、茜色の空と黒い二体の魔獣が炎に包まれるのが見えた。
やった──
「おい!」
すぐ下から声がする。
(あ、やばい。もしかしてもう地面が──)
再び無重力にしなければと思うのに、目の端に地面の緑が見えて頭が真っ白になってしまった。
このままだと、落ちる!
わたしはぎゅっと目を閉じた。
ふわっ
背中に感じたのはもふもふで柔らかいもの。
あれ、地面?
「お前、バカか!」
地面から声がする。
目を開けて顔を横にすると、すぐ側にフレンの顔が見えた。
「フレン?」
「炎を避けても地面に落ちてどうする!」
フレンは焦っているようだった。
冷たい涙が滲んでいて、それを拭いながら体勢を立て直すと、わたしはフレンの背中の上に乗っている。
落ちる寸前にフレンが助けてくれたんだと、そこでようやく理解した。
ボトッ
遅れて側で音がして、黒焦げの魔獣二体が地面に落ちていた。
「あ、ありがとう、フレン」
「さっさと降りろ!」
「う、うん」
言われるがままわたしはフレンの背中から降りる。
しかし、足が震えていて立ち上がることができず、地面にへたりこんでしまった。
「魔獣にやられたのか!?」
「あ、ううん、ごめん。なんか……」
わけもわからず勝手に涙が溢れてくる。
それをゴシゴシと拭っても、次から次へととめどなく流れた。
「お前……ちっ」
フレンに舌打ちされたのはわかったけれど、視界が滲んでいてよくわからない。
「魔獣は倒した。どうやら操っているやつもいなかったようだが、念の為見回ってくる。お前は薬草園のやつに連絡して、ここに待機しろ」
「わかった」
わたしは涙を拭って目に力を入れる。
ダメだ、しっかりしなきゃ。
まだ仕事中なんだから。
わたしは銀のブレスレットの通信機能を起動して薬草園の人に連絡を取った。