ペア継続に黄色信号!?
この薬草園は光の国に流通している薬草の内、実に50%を栽培している重要な施設だ。
ギルドで怪我をしたら治療の能力を持つ医者に治してもらえるけれど、一般的な国民はそうもいかないらしい。
加えて風邪などの病気を治す薬の原料になる薬草も栽培しているのだとか。
そんな重要な施設が魔獣に襲われては大変だ。
しっかりと任務を成功させたい。
わたし達はまず依頼主である担当者に会うために薬草園の事務所に向かう。
光の人である担当者は私とフレンの姿を見ると一瞬微妙な表情をしたが、光のギルドの契約者ほど嫌悪感を顕にせずに説明へと移ってくれる。
依頼内容にあったように、魔獣は2体目撃されていて、飛翔型。
薬草園の西区画の外れで目撃されていて、時間はいずれも夕方。
ここで働く人々は戦闘能力を持たないので、現在は近づかないようにしているとのことだった。
わたし達はもらった地図を元に西区角へ移動する。
薬草園は広大なので歩いていては時間がかかる。
フレンは獣の姿になって走って行くという。
フレンは赤い光とともに獣化する。
赤茶色の毛並みにしっかりとした体躯の獣。
明るいところで見るのは初めてだれど、よく見ると人型のフレンと共通する特徴を持っている。
毛色とか瞳の色とか。
初めて会った時は怖いと感じた獣の姿も、フレンだと思って見ると気高く格好いい。
おっと、つい見とれてしまった。
「じゃあわたしも能力で……」
これもいい練習だ。
わたしは自分だけを無重力にするよう集中して、ふわりと宙に舞い上がった。
能力の制御がまだ満足にできないわたしだが、自分を無重力にして浮くことは得意になってきている。
だが、それと目的地に向かって飛んで行くことは別問題である。
宇宙飛行士のようにふわふわと浮かびながら自力で空気を掻いて移動することもできるけれど、それでは歩いたほうが速いくらいだ。
速く移動するために、移動先に重力のポイントを作る。
例えば、目の前に高い木が等間隔に立っているとして、その一本にわたしだけが引き寄せられる重力を定める。
すると、わたしは勢いよくその木に向かって飛んでいく。
ぶつかる寸前まで来たら、次の木へと重力ポイントを定め直し、飛び続けるという仕組みだ。
とは言っても、そう簡単にはいかない。
かなりの集中力を必要とするのだ。
だけど、これは能力を使いこなすための第一歩な気がする。
つまり、美味しいごはんを食べるための第一歩でもある!
わたしは気合を入れて、重力ポイントを定めた。
「うわあぁぁぁぁ!!!」
途端、身体がものすごい勢いで引っ張られて高速移動を始める。
考えていたものの何倍も速い!
気合を入れてやりすぎた。
重力の強さも決められるのだけど、どうやら強くしすぎてしまったらしい。
止めなきゃ! と、慌てて重力ポイントを解除すると、急に引力がなくなって急停止する。
「きゃっ!?」
なんとか無重力状態は維持したけれど、勢いよく止まりすぎて身体に負荷がかかった。
「はぁはぁ……」
変な汗が出る。
もっと重力を弱めないといけない。
ふぅ、と息を吐き出して重力ポイントを設定しなおす。
すると、今度はゆっくりと移動を始めた。
今回は成功かな!? と、思ったのも束の間、今度は遅すぎることに気がついた。
わたしの横を小さな鳥が悠々と追い越していく。
「おい」
地面から呼びかけられて下を向くと、獣の姿になったフレンがわたしを見上げていた。
「お前、何やってんだ。そんなんじゃ西区画に着く頃には日が暮れちまう」
「わ、わかってる! 大丈夫!」
しまった!
フレンに見られているとは思わなかった。
てっきり先に行ってしまったと思っていたから。
このままだと呆れられてペアを解消されてしまう。
どうにか能力を制御しきれていないことを隠さなければと、
「よかったらフレンの背中に乗せてくれない!?」
と、尋ねてみる。
もふもふのフレンの背中は乗り心地が良さそう。
大きさもわたし一人くらいなら十分に乗れそうだし。
しかし、フレンは、
「俺は人間は乗せない」
と、冷たく言って今度こそわたしを置いて走り去ってしまった。
「ちぇっ」
わたしはフレンの背中を見ながらそう呟いてみる。
だけど、そうか。
今までペアを組もうとしなかった人間嫌いのフレンがそう簡単に乗せてくれるはずもないよね。
とにかく早く追いつかなければと、わたしは再び重力ポイントを設定して移動を再開した。
「ぜーぜー……」
薬草園の西区画に着いたのは流石に日は暮れていなかったけれど、結構な時間が経った後だった。
せめて歩いたよりは速かったと信じたい。
とにかく疲れた。
たぶん歩いた方が楽だったと思う。
これに関しては、残念ながら確実に。
地面にへたり込むように座り込んだわたしを獣化したフレンが冷たく見下していた。
「わ、わたしは大丈夫。それより、魔獣は?」
ようやく息を整えてから、わたしは全然大丈夫じゃない体勢で尋ねる。
「近くを見回ったが気配はない」
フレンは顔を持ち上げて空を見上げた。
「飛翔型どこから近づいてくるかわからない。こちらから向かっていくよりは待っていた方がいいだろうな」
その後、わたしは空から、フレンは地上から見張ったけれど、辺りが暗くなっても魔獣は現れなかった。
これはもしかしたら長期戦になるかもしれない。
申し訳ないと思いながらも夜目が利くフレンに夜の見張りを一旦お任せして、わたしは薬草園の西区角にある休憩所に向かった。
依頼を完了させるまで、ここで休ませていただけるらしい。
しかも、食事付き!
なんていい依頼なのでしょう!
そうしてわくわくしていた夕食だったが、何と果物だけだった。
薬草園で栽培している身体にもいい果物らしい。
見た目はいちごのような赤い色をしている。
だけど、炭水化物大好きなわたしは正直がっかりしてしまう。
ずっとまともな食事をしていないので、お腹に溜まりそうもない果物じゃ満足できないだろうし。
それでも食べられるだけありがたいんだ、と落胆を必死に隠しながら口に含む。
すると、まず甘みが口一杯に広がり、すぐに爽やかな酸味がそれに加わる。
味もいちごに近い、さっぱりとした果物だ。
お腹は膨れないな……と思っていたが、何とそんなこともなく。
不思議と10粒くらい食べたところで満腹感が襲ってきた。
果物は別腹でいくらでも食べられる自信があったので驚きだ。
どうやら果物ではあるけれど、食事として十分機能する高い栄養価を持っているようだ。
心なしか疲れも和らいだ気がする。
その果物を20粒程いただいて、わたしは再び外へ出た。
フレンに差し入れするためだ。
果たして獣が果物を食べるのかわからなかったが、これしかないのだから仕方がない。
わたしは来た道を戻ってフレンのところへ向かった。
「何だ? 今の所異常はない」
フレンは相変わらず不機嫌そうにわたしを出迎える。
しかし、しっかりと見張りをしていてくれていた辺り、粗暴な言動とは違って任務には真面目なようだった。
「夕食を差し入れに。果物だって」
「ああ……」
袋に入れた果物を渡すと、フレンはくんくんと匂いを嗅ぐ。
ピクピクと動く耳とゆったりと揺れる尻尾が可愛らしい。
わたしが見とれていると、フレンは眩い光と共に人型に变化した。
「ご飯は人間の姿で食べるの?」
「ちっ」
フレンは忌々しげな顔をわたしに向けて舌打ちをしただけで、その質問には答えてくれなかった。
どうやら、獣人のことについて聞くのはフレンにとってタブーらしい。
気を付けよう。
わたしはフレンの側に腰を下ろす。
「……失せろ。お前は人間のところへ戻って寝てればいい」
「もしかして、わたしがいると食べにくい? だったら空に上るけど」
「そういうことじゃなくて、ここは俺一人で十分だって言ってるんだ。どうやらお前は足手まといにしかならなさそうだからな」
「うっ」
今日一日で既にわたしへの信頼はなくなってしまったらしい。
フレンは冷ややかな顔でわたしを見て、果物を一粒口に放り込んだ。
「わたしもここにいるよ。足手まといにしかならないかもしれないけど、フレンだけに任せて寝てるなんてできないし」
「魔獣の目撃は夕方だ。丸一日以上起きてるつもりか?」
「うーん、じゃあここで寝るよ」
「……人間は外じゃ寝にくいだろう」
「そうかもしれないけど……わたしは大丈夫。キャンプだってしたことあるし」
小学生の頃の話だけれど、家族で何度かキャンプをしたことがある。
星を見上げながら気がついたらそのまま地面の上で寝ていたらしく、妹に散々バカにされたっけ。
「お姉ちゃんはどこでも寝れる」って。
みんな、元気かなぁ。
久しぶりに日本のことを思い出して、わたしは空を見上げる。
わたしが今見ている空は、地球の空には繋がっていないはず。
それでも、瞬く星や三日月を見ていると、地球と同じように思えるのは不思議だった。
……?
あれ、今何か違和感。
何だろう──
「疲れて余計足手まといになられると迷惑だ」
思考はフレンの言葉で途切れた。
何か引っかかることがあった気がするんだけど。
「それに俺がここで寝る。俺は眠っていても魔獣が近づいてくれば起きられる。お前にここにいられると邪魔だ」
居心地が悪そうに果物を食べ続けるフレンを見る。
フレンばかりに負担を強いるのは悪いと思っていたけれど、そういえばフレンは光のギルドでも建物じゃなく森で眠っている。
もしかしたら、本当にわたしにいられると邪魔なのかもしれない。
「……わかった。じゃあ朝戻ってくるね。何かあったら連絡して」
「こんな任務、俺一人で十分だ」
「……フレン」
ここまで頼られないといっそ清々しくもあるけれど、やっぱり寂しい。
わたしの居場所はここにもないと突きつけられている気がして。
「おやすみ」
「……」
返ってこない挨拶を置いて、わたしは休憩所へと再び戻った。