表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

どうしても貴方とペアを組みたいの

「グッ……」


 それからしばらく後、フレンさんが低く唸りながら目を開ける。


「良かった」

「う……?」


 まだたんこぶが痛むのだろう。

 眉間に皺を寄せたフレンさんは視線を彷徨わせて状況を確認しようとしている。

 その視線の動きに合わせて尻尾も一緒にパタパタと揺れているのが何とも可愛らしい。


 そして、その目が真上にいるわたしと合うと、バッと勢いよく離れてしまった。

 寝起きだというのになんて機敏なのだろう。

 ふわふわとして温かいフレンさんが離れてしまうと、膝の上が寂しく感じた。


「な、何をする!?」

「すみません、たんこぶができていたみたいだったので冷やしていたんです」

「そんな必要は……くっ」


 フレンさんは言いながら顔をしかめる。

 やはり痛むらしい。

 フレンさんは前足で器用に頭に触れて、さらに厳しい顔をした。


「あの、医者に……」

「必要ない」


 そうきっぱりと言い放ったフレンさんの身体が赤く光る。

 眩しい、と目を閉じてもう一度開くと、そこには人間の男が立っていた。


「はぁ」


 男はため息をつくと、木を背にして座った。

 右手で赤髪の後頭部を抑えている男は一見すると普通の人間なのだけれど、明らかな違いが一つ。

 頭に猫のような尖った耳がついている! しかもふわふわだ!


 きつい顔つきとピクピクと動く耳のギャップに目を奪われる。

 興奮しながらじっと見つめていると、その印象的な赤い瞳と目が合った。


「フレン、さん?」

「ああ。あとさん付けとその喋り方はやめろ。気色悪い」


 そうだった。

 この世界の人は目上の人に対しても敬語を使わないんだよね。

 日本では初対面の人に敬語を使うのは普通だと思っていたのでまだ慣れない。


「あ、うん。じゃあ、フレン。これを」


 先程までわたしが持っていたハンカチを渡す。

 フレンは渋々と言った表情でそれを受け取ると後頭部に押し当てた。


 人間のフレンはほっそりとしながらも筋肉はしっかりとついていて、顔つきも精悍だ。

 好みは分かれると思うけれど、わたしは険しい顔さえしていなければ普通に格好いい男性だと思う。

 光の人のように不健康そうな真っ白い肌じゃなくて、健康的な肌色なところが日本を思い出してホッとさせられる。


「俺はペアなんか組まねェぞ」


 臨戦態勢を解除したフレンはどこか毒気の抜けた様子で再び断ってきた。

 口を開くと鋭い八重歯がちらちらと覗く。


「どうしても?」

「ああ」

「ペアを組まないとレベル5に上がれないのに?」

「…………」


 暗がりで斜め下に顔を傾けたフレンの表情はわからなかったが、その事実はもちろん知っているだろうという前提で話を進める。


「レベルが上がらないと敵地での任務は請け負えないよ」


 これはノイシュから聞いてきた交渉の切り札だ。

 フレンがわたしとペアを組むことを拒否するだろうと予測して、その時にこの話題を出せばいいと教えてくれた。


 レベル5に上がるには、任務を達成するともらえる経験値の他に、1回以上ペアを組んで任務を達成する必要があるらしい。

 その理由は、重要な任務になればなるほど大人数での作戦が多いから。

 ペアを組み作戦を成功させるくらいのコミュニケーション能力がないと、そこから先の敵地に赴くような重大な任務は任せられないというギルドの方針らしい。


 ノイシュ曰く、フレンは闇の集団と直接戦いたいのだとか。

 闇の国に乗り込んでいって戦うような任務を受注するには最低でもレベル10は必要らしい。


 一匹狼でやってきたフレンは現在レベル4。

 フレンの望む任務を受注するにはペアを組む他ないのだ。


「俺の何を聞いた」


 苦い顔でフレンはわたしに尋ねる。


「えっと、あまり詳しくは聞いていないけど、その。闇の集団と戦いたい、と」

「ちっ」


 間髪入れずフレンは舌打ちをした。

 日本で平凡な高校生をしていたわたしには、しっかりとした体躯の男性に悪意をビシビシ向けられると怖いものがある。


「だとしても、お前と組む理由はねェな」

「わたし、さっきフレンを倒したよ。実力はわかってくれたでしょ?」

「それは……くそっ」


 フレンは悪態をつく。

 傷つけてしまったことを謝りたいけれど、ペアを組むまではわたしも舐められたくはない。


「わたしはフレンを倒せるくらい強い。だから、ペアを組んで」

「嫌だ。誰が人間なんかと」


 再度お願いしてもフレンは折れてくれる様子はない。

 ここで最後の切り札だ。

 ノイシュにはもう一つ教えられたことがあったのだ。


『どうしても受け入れてくれなければ、アキの境遇を話すといい。この世界の人間でないとわかれば、あるいはペアを組んでくれるかもしれないよ』


「わたし、実はこの世界の人間じゃないの」

「……は?」


 突然始まったわたしの話にフレンは眉間に皺を寄せる。


「わたし、何が原因かはわからないんだけど、別の世界からこの世界に転移してきてしまったの。ほら、黒髪に黒目。この世界だとそんな人間存在しないんだよね?」


 フレンは黙ったままわたしの容姿を観察しているようだ。


「この世界に来て知った。光の人は自分と違う人種を嫌うって。わたしもその対象。だから、誰もペアを組んでくれなくて困ってる」


 それはフレンも一緒。

 獣人というのは光の国では珍しいらしいから。


「わたしはただ元の世界に帰りたいの。そのためにわたしは光のギルドマスターに会ってもらわなければならない」

「ギルドマスターと……正気か? そのためにはレベル30にはならないと無理だ。レベル30って言ったら五星レベルだぞ」

「五星?」


 初めて聞く単語だった。

 聞き返すと呆れた顔をされる。


「そんなことも知らずにギルドマスターと会うとか言ってんのか」

「異世界人なもので……」


 この世界のこと、光のギルドのことについてわたしはほとんど知らない。

 聞ける人もノイシュしかいないし、そのノイシュとも頻繁に会えるわけではないのだ。


「五星は光のギルドのトップ契約者5人のことだ。次のギルドマスターに最も近い存在って言われてる」

「光のギルド最強の契約者ってことか……」


 契約者となって3ヶ月経つのにレベル1のままの落ちこぼれが目指していいところではないだろう。


「だけど、わたしは目指す」


 レベルを一つ上げるのにもこんなに苦労している。

 かなり大変な道のりだということはわかったつもり。

 それでも、そこを目指さなければ、わたしは二度と日本に戻ることはできない。


「ギルドマスターの能力は秘匿されているけれど、ある人によればわたしを元の世界に戻してくれる可能性がある能力だとか。他にも可能性を見つけられるかもしれないけど、今はとにかくそこを目指す。そのためにはフレンの力が必要」

「……無理じゃないか」


 フレンは渋い表情で言う。


「さっき戦った感じだとお前の能力は飛び抜けていいように感じない。だから、諦めろ」

「嫌」


 わたしはきっぱりと断る。


「ここにわたしの居場所はない。わたしは何としても元の世界に帰る必要がある」

「元の世界、ね」


 フレンは呟くようにそう復唱した。


「だからと言って俺がお前と組む理由はないだろう」

「ううん!」


 わたしはじりじりとフレンに近づく。


「フレンだって自分の目的のためにペアを組む必要があるでしょう? フレンが嫌いなのはこの世界の人間であって、異世界人のわたしは対象じゃないはず。ほら! ペアを組むならわたししかいないじゃん!」


 苦しい理由だと言うのはわかっている。

 だからこそ、わたしは勢いで畳み掛ける。


「仲良くしてとは言わない。良いように使ってほしい。わたしもそうするから!」

「……断る」


 それでもフレンは断った。

 だけど、さっきよりは語気が弱まった気がする。


「わたしはフレンと組む! もう決めたの! 絶対に諦めないから!」

「お前な……」

「フレンがペアを組んでくれるまで毎日ここへ来る。それで、ずーっと居座る! 戦って来られたらさっきみたいに倒す!」


 フレンは恨めしそうな瞳をわたしに向けた。


「それが嫌ならペア組んで!」

「……脅してるつもりか?」

「そう!」

「俺は脅しには……」


 そう言いかけて、フレンはため息と共に首を横に振る。


「……わかった」

「え?」

「わかったって言ってんだ。ペア、組んでやる」

「本当!」


 わたしはフレンの目の前でぐっと身を乗り出した。

 フレンはそれを嫌そうに避ける。


「だが、一度だけだ。レベル5に上がれさえすれば、ソロでもレベル9までは上がれる。一度だけペアで任務が達成できれば、俺はそれでいい」


 そう来たか……と、わたしは唇を噛みしめる。

 一回きりだと一時の飢えは凌げても、すぐにまたお金はなくなってしまうだろう。

 それじゃあダメだ。


「その条件じゃ、わたしはペアを組めない」

「ちっ」


 フレンが舌打ちをしてガンをつけてくる。


「一度ペアを組んで任務を達成して、そこでわたしが使えると思ったらペアを続けてほしい。使えないと判断したら、一度きりにしても構わないから」

「それは俺が決めていいんだな?」

「……うん」


 分の悪い賭けだと思う。

 それでも今のわたしはそれに賭けるしかなかった。

 とにかく一度でも組んでもらわないことには明日の食事も危ういのだ。

 未来への望みがある賭けならば、する価値がある。


「わかった。一度ペアで任務を受けて、その結果使えないと判断すればペアは解消だ」

「使えると判断したら続けてね」

「ふん、いいだろう」


 わたしの能力の扱いはまだ酷い。

 舐められるわけにはいかないから、強がっているだけだ。


「よし、じゃあ仮でペアを組んでやる」

「よろしくね、フレン」

「ああ」

「あ、わたしのことはアキと呼んでね」

「……ふん」


 そうしてわたしはフレンと握手を交わした。

 ペア(仮)成立の瞬間だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ