カラスアゲハが飛んできた
大好きな女の子がいる。今日も美しい。
僕は遠くから眺めているだけ。
これだけで幸せだ。仲良くなりたいとは、思わない
遠くから眺めるのが幸せなのだ。
蝶は近くに寄ると逃げてしまうだろう。
あの娘もそうだろう。
この距離が良い。遠い距離。
話すことも無いし。目を合わせる事も無い。
ただただ遠くから見つめるだけ。
放課後、あの娘が男と歩いているのを見た。
あんなに美しいのだから仲の良い男がいるのは、当たり前の事だ。僕は何も気にしない。
しかし、もっとあの娘を見ていたい。
二人をずっと遠くから眺めていると、気付けば夜になっていた。何か言い争いをしている。
すると男が帰って行った。喧嘩でもしたのかな。
あの娘が泣いている。かわいそうに
僕は思わず声をかけていた。自分の声なんていつぶりに聞いただろうか。久しぶりに声を出した気がする。
どうしたの?
なんでもない。何してるの?
通りかかっただけ
そうなんだ。私帰るね。さようなら。
ちょっと待ってよ。なんで泣いてたの?
関係ないでしょ。
そう僕には関係ないのだ。この娘が何で泣いていようが僕には関係ない。ごもっともです。しかし何だか淋しくなった。この娘の事は大好きだ。遠くから見つめるだけが幸せだった。僕には何も言えなかった。
そんな時カラスアゲハが飛んで来た。街灯に照らされるカラスアゲハは美しく優雅に飛んでいた。
蝶々だ。綺麗。
その娘は言った。カラスアゲハを見つめる君。君を見つめる僕。カラスアゲハと君が重なって見えた。
帰ろう。
うん。そういえば初めて話したね。
そうだね。女の子どころか男とも話さないからね。
じゃあ何で話しかけてくれたの?
泣いていたから。僕にもよく分からない。けど気付いたら話しかけていた。
ありがとう。
僕の方こそ。
さようなら。また明日ね。
うん。また明日。
僕は嬉しかった。あの娘と話せるのがこんなに嬉しいと思わなかった。ふと見るとカラスアゲハは消えていた。あの娘との距離が少しだけ近づいた。
明日からは挨拶ぐらい出来るかな。