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ヒーローをキミへ  作者: 古川モトイ
4/13

#04共に戦うキミへ

・メジャー


 東京の下町、像金町のヒーローの動画はインターネットで一気に拡散した。皆が思い思いに適当な名前で呼んでいるが、今のところ検索ワードで多いのは「KATAGANE HERO」のようだ。日本のメディアでは「カタガネのヒーロー」という呼ばれ方をしている。そんな騒ぎの中、ボク自身はと言うと度重なる戦いの打ち身と、何よりも相変わらず頭痛に悩まされていた。例のパンク少女からたまにメールは来るが、像金町は平和だったし、何よりもボクは交通事故にあっている。きちんと診断書も出ていたのでしばらくは家でゴロゴロしていた。そんな中、葛飾警察署がボクの事を探しているとの報せが入る。


「アンタ、どこ行くの?」

「病院。」


この親に淀みなく大嘘をつくのをなんとか改善しなくてはいけないと思い続けているのだが、「ヒーローとして警察に呼ばれた」とは口が裂けても言えない。自転車で家を出て、近所の適当な雑居ビルの屋上で着替えると、警察署に向かって跳躍した。近頃ではだいぶ慣れた。跳ぶ瞬間と着地する瞬間だけパワーを使えばいいので、コレはさほど苦にならない。葛飾警察署の屋上に着地するが、屋上から階下へと続くドアは鍵が掛かっていたので、あきらめて飛び降りた。少し警戒して警察署に入る。何かあっても警察で暴れるわけには行かないので、何かあったときは出来るだけ穏便に逃げるよう自分に言い聞かせた。もしかすると器物破損の類で呼ばれたかもしれないのだ。


「すいません、こちらでボクの事をお捜しだと聞いて。」


窓口にいた警官に話しかける。警官は「ああ、ハイ今すぐ担当の者を」と言って奥へ走っていってしまった。すぐに年配の制服を着た人物を連れてくる。


「わざわざお越しいただいてすいません。ワタシ、副署長の三崎といいます。」


急に名刺が出てきた。ボクは「名刺とかヒーローって必要なのか!?」と思いながら受け取って、自分のスーツにポケットが無い事に気づいて、何となく右手でずっと持っていた。


「しばらくこちらでお待ち下さい。」


そういって通された部屋が取調室ではない事にホッとした。部屋の中には指名手配犯のポスターや、窓から差し込む太陽で端が変色した地図など、色々と貼ってある。賞状や、標語のようなもの、また何か書道的な額も飾ってあって、情報が多い場所だった。


「わざわざお越しいただいてすいません。ワタシ、署長の遠井といいます。」


副署長が連れてきたのは、署長だったが、腰の低さから話し方まで良く似ている。なんだかつられてボクまで何度も頭を下げる。そして副署長が連れてきたのは署長だけではなかった。背広の巨漢もついてきたが、顔にはマスクをかぶっている。ボクも名前は知っている。「アーサムマン」と呼ばれる有名人だ。ヒーロー集団G6の日本支部を代表するヒーローで、空を飛び、怪力と強靭な肉体で戦う超人だ。


「お会いできて光栄だよ。」


最初に握手を求められた。掌が分厚い。こんなので殴られたら、ヴィラン死ぬんじゃないかと思う。続いて、署長も、副署長も握手した。こちらは普通の人間の手だ。なんだか現実の世界に引き戻された気がした。さらに遅れてもう一人やってきた、眼鏡をかけて、絶対に年上なのだけれど、年齢がまったく読めないスーツの女性だ。黒い髪を短く切っている。その髪型はボブって言うのだと後で知った。4人が揃うと、アーサムマンは単刀直入に切り出した。


「なんて呼べば分からないけど、ワタシ達はキミの事を『ヒーロー・カタガネ』って呼んでいる。キミはG6に入らないかい?」

「え、はい?」


間髪いれずに女性が書類を出した。


「もしG6に加入していただけますと、様々な特権が得られます。こちらのパンフレットをご覧ください。」


凄くしっかりした作りのパンフレットだ。女性は早口で説明していく。ボクはどのタイミングで断ろうか悩んでいたが、気になる一文を見つけた。


「…『ヒーロー活動中の器物破損について』?」

「はい、どうしても物が壊れるので、そうした損害賠償請求などもG6が対応しています。」


そう言われてみると、G6には超がつく大富豪のテクノマンサーが数人いて、世界中のヒーローの活動のために資金提供していると聞いたことがある。


「…一応、ヒーロー・カタガネのこれまでに壊した物品などについても、ヒーロー・カタガネがG6加入するしないに関わらず、補償はしていくつもりではいます。当然、悪いのはヴィランなので、本来ヴィランが補償すべき案件ですが。…彼らを逮捕しても資産を持っていない場合がほとんどなんです。」


ここで、アーサムマンは部屋の窓から退出してどこかへ飛んでいった。部屋には凄いサイズの背広を残していった。女性はそれを畳みながら話を続けた。


「しかも、ヴィランから弁償を搾り取るためには裁判を待たなくてはいけません。それまでの間、破壊された建造物や施設、家財などを補償するお金は出ないのです。G6では加入するヒーローが関わった事件に関しては、速やかに補償金を供出し、ヴィランから資産が没収できた場合はそれをG6が再度受け取る、またヴィランが補償に足るだけの資産を持っていなければ、その損金についてはG6の基金からの負担とする仕組みがあります。一応、所属しないヒーローが関わった場合も、警察の捜査が進んでヴィランの悪事が明確になれば、G6の基金から物品の回復のために助成することが出来ますが、その場合、裁判の終了を待たなくてはいけません。」


その話が出たところで三崎副署長さんが言いにくそうに


「駅前の自転車置き場も、交差点も、バスも、公園の芝生も、なんなら警察の装備も…修理するお金が無くて、皆、本当に困っておるんです…」


遠井署長さんも若干伏目がちにチラチラとボクを見ている。皆、ヴィランが悪い事は百も承知なのだ。決断するべきだ。


「G6入ります。」


決断した。


・ルーキー


G6の日本支部へは警察署の屋上からヘリで向かう事らしい。


「ヒーローの皆さんは大抵、とてつもない方法で移動されるので、こうでもしないと私が皆さんの速度に追いつけないんです。」


女性はミズ・ティーカップと名乗った。


「一応、これでもパワーはあるんですよ?秘密ですけど。」


狭いヘリの後部座席(?)でミズ・ティーカップと移動するのは緊張した。眼下にはニュースなどで時折目にする大都会が見える。後ろを見ると川を挟んで葛飾が見える。全体的に建物は少ないし、背も低い。都心の幾つかの場所には大破壊の爪あとが残っていて、クレーンなどがその復旧のために工事をしている様子が見える。ヘリはあっという間に、ひときわ高いビルの屋上のヘリポートに着陸した。パイロットの方にお礼を言わないといけない気がして頭を下げると、笑顔で何かのハンドサインをくれた。カッコいい。そして、ボクは促されるままエレベーターに乗り込んだ。途中の階で空色の作業服の女性が乗り込んできた。名札に「青木」と書いてある。見るからに掃除のおばさんだ。


「その子かい?新しい子って?」

「今、葛飾警察署から連れてきたところです。合流していただけるそうです。」


掃除のおばさんはボクを値踏みするように見上げた。


「いじめられないように気をつけるんだよ!」

「はい…」


ボクは「いじめとかあるのか…」と心が折れそうになった。エレベーターを降りると灰色のカーペットがひいてある廊下が見えた。


「この43階がヒーローたちのたまり場です。ちなみにこのビルは下層、中層、上層と大きく分かれていて、下層には戦闘車両とモーターボートの類、上層には小型の航空機が収容されています。この43階は中層に当たる場所で、食堂と言う名のたまり場があります。」


目の前に「食堂」とデカデカと書かれたガラス扉がある。


「しばらくここで待っててください。色々、準備しますから。」


ミズ・ティーカップが行ってしまった後、ボクはどうしたらよいか分からずに、突っ立っていた。食堂はとても広く、天井も高い。全体にカレーの匂いがする。そして奥のほうには何人かのヒーローがたまっていた。極彩色の触手を生やしたヒーローや、どう見てもロボットにしか見えないやつまで。とても普通の人間には見えないヤツはそこそこ、一見すると普通に見えても明らかにどこか違うヤツはもっとたくさん、普通の人間に見えてもファッションがおかしいのはさらにたくさん。ごくわずかに普通のサラリーマンや学生風の人間がいた。


「新入り、突っ立ってないでこっち来いよ!」


ボクは警戒しながら近づいていく。


「やっぱりそうだ、インターネットの有名人、ヒーロー・カタガネだ。」


次々に握手を求められる。


「ああ、どうも。」


そして、何となく座らされる。


「それで、ヒーロー・カタガネくん、キミは本物なのかい?」


学生服のメガネが聞いて来た。


・オリジン


「本物って言うと…?」


ボクが聞き返すと学生服は鼻で笑った。嫌なやつだ。


「キミのパワーは本物かって事さ。ちょうどこれを見ていたんだ。」


いかにも優等生が持っていそうなノートパソコンをこちらに向ける。


「キミのこれまでの活躍の動画をインターネットで見ていたんだが…キミは多分高速で動く系のヒーローだよね?ちょっとコマ送りにしてみよう。画素も荒いのもさることながら…分かるかな?コマがとんで君がどんなパワーを使っているかまったく分からないのさ。この映像なんて完全に分身しているように見えるし。」


忍者風のヒーローが口を挟んだ。


「分身なら拙者も出来るでござるが、この分身は拙者の知っている分身とは違うでござる。」


そういうと、忍者風の男は印を切って分身して見せた。


「そう、それでね?これって動画サイト用に編集された映像じゃないかって話してたの。」


赤い皮膚をした露出度の高い女性が口を挟む。その向こうでヒゲの屈強な男性が腕組みをして頷いている。


「君を疑いたいわけじゃないが、もし、キミが偽者ならすぐに帰ったほうがいい。もしパワーがあったとしても生半可なパワーでは、キミは早死にする事になる。」


メガネを直しながらノートパソコンの優等生がこちらをにらみつける。そんなこと言われたところでパワーを人と比べた事がない。


「はいはい、そこまで。わざわざロシアからアーサムマンが一時帰国してスカウトしたルーキーにケチつけるのやめてください。」


ミズ・ティーカップが戻ってきて助け舟を出した。


「ミズ・ティーカップ。アーサムマンの決定にオレ達全員が従わなきゃいけないってルールは無いぜ。」


ミズ・ティーカップはメガネの下からギラリと睨む。


「言い換えましょう。G6の決定を受けてアーサムマンがスカウトしたんです。異論は?」


全身にボルトが刺さった男性が反論した。


「あるよ。多分未成年だろう?そいつがくたばったら誰が責任取るんだ?」


ミズ・ティーカップが小声で聞いて来た。


「本当に未成年なの?実は10万年生きてるとかじゃないの?」

「普通に未成年です。」


ミズ・ティーカップは少し面倒くさそうな顔をした。


「そもそも、今ですら一人でヴィランと戦っているんだから仲間がいたって良いでしょう?」


優等生が座ったまま。


「危険なヒーロー活動をやめさせればいいんですよ。本当にパワーがあるとしたら別ですが。」


ミズ・ティーカップはため息をついた。


「それを決めるのはアナタじゃないって知っていますね?」


その場にいた全員がため息をついた。但しボクを除いてだ。


・テクノロジー


 ミズ・ティーカップは、ボクを医務室に連れて行った。医師は老齢の男性だった。


「ふむ、だいぶ顔の表情が良くないな。左右で歪み始めておる。」


医師は薄いゴム手袋をはめると、女性の看護師にボクの背中を押さえさせた。そして、口の中に指を突っ込む。口の中一杯にゴムの匂いが広がった。そのままほおの内側をぐいぐい押される。メチャメチャに痛い。


「頭痛がないか?特に偏頭痛。」


ボクは自分に質問されたんだと気づいて慌てて答えた。


「あります!パワー使えるようになってからずっと!パワー使うとひどくなります。というか、頭痛がひどくなるとパワーが使えるようになるというか。」


ボクは自分のパワーについて、少し説明した。


「ふうん、なるほど。マスク取れるかな?」


素直にマスクを外すと、色々、押したり、噛んだり試された。


「確かに、頭痛がパワーの引き金のひとつになっているのは間違いなさそうだな。ちょっと、このティッシュ、左の奥歯で噛んでみろ。」


頭痛が起きない。パワーが使えない。


「右の奥歯が君のパワーのスイッチだな。問題がある。キミはキミの経験上、両側均等に噛んでいるつもりでも、右をかなり強く噛んでおる。これだと顔の筋肉のバランスが悪くなって、パワーを使う以上に頭痛が酷くなるぞ。」


そう言いながら首の後ろを揉む。


「首の筋肉も硬い。キミ、ヒマなときはここの同じ階にマッサージ室があるからそこに行きなさい。あと、話を聞いておると痛み止めも相当飲んでる。飲みすぎは逆に効かなくなる。痛みを完全に止めてしまったらパワーが使えなくなるかもしれないので慎重に考える必要があるが、とりあえず、痛み止めの種類を変えてみよう。あと、全身の筋肉の緊張を取る薬も出しておく。もしかすると、キミの場合、こっちのほうが効くかも知れん。」


そのあと、レントゲン的な写真をしばらく撮られてから、ボクはマッサージを受けにいった。極楽だった。極楽が終わるとミズ・ティーカップが色々揃えてくれていた。


「ヒーロースーツは作り直して置きました。前のヤツよりも薄くて軽いものです。服の下に着ていても大丈夫。あと、マスクにはカメラを仕込んでおきました。これでキミが必要なときにG6に映像を送る事が出来ます。他に…」


次々と物品を出されたが、最終的にそれらはボクが普段使っているバッグとよく似たバッグにきれいに収まった。


「あとはキミは電話は失くす?」


ボクは失くした事はないが、この前初めて水没で壊したと答えた。フレイムスコーピオンとやりあったときだ。


「キミの場合は、とりあえずは携帯にG6用のアプリを入れておいて。」


ダウンロードして、G6のメンバーIDとパスワードを入れるとログインできた。


「ここに色々通知がくるから。」


そうして、ボクのG6初日が終わった。


・共闘


翌日、早速通知が来た。


「…『葛飾自動車学校にヴィラン出現の疑い』?そんな学校あったっけ。」


調べると川沿いにあった。自宅から飛び出すと、地図が示した方角へ跳躍する。


「あれか。」


こじんまりとした自動車学校があった。パトカーが何台か停まっているのを見ながら、自動車学校の校舎の屋根に飛び降りた。でも、その判断がまずかった。当然結構な距離を跳んできている。スローで着地している段階からすでに波板の屋根が割れ始めた。多分これはもうどうにもならないパターンだ。あきらめて屋根をぶち破って墜落するような形で着地することになった。


「用具室か?」


ボクは石灰みたいな粉まみれになりながら、用具室でスマートホンを確認した。


「正門から入ったところで立てこもり。」


用具室から這い出すと、慎重に様子を見に行く。警察が囲んでいて、中が良く見えないが、警察官の一人がボクの肘を掴んでパトカーの陰にしゃがませた。


「ヒーローが来たってバレルとホシが何するか分からないんで、目立たないように。」

「…そうですよね。」


パトカーの陰からコッソリ覗く。


「敵は何人ですか?」

「今のところ3人だと思われます。職員を人質にとっています。」

「…そうでしょうね。」


警察官の説得が続いている。そうしているとG6の他のメンバーがさらに3人やってきた。ボクと警官の動きを見て全員がパトカーの陰にしゃがむ。メガネの学ランと、紫の迷彩柄を着たモヒカン頭、そして青白い顔をした女性だ。


「…キミも来ていたのか。」

「…家、葛飾区内なんで。」


メガネくんはノートPCを開くと何かを念じた。ノートPCに建物の見取り図やら、カメラの映像やらが一斉に表示される。


「念写もできるけど、この映像は中に仕掛けられた防犯カメラの映像だ。あと、川原の堤防からスマホでこっちの様子を撮影している映像がこれ。見取り図は消防署のデータベースから引っ張ってきた。これがワタシのパワーの1つ『サイコ・ハッキング』だ。」


モヒカン頭は懐から小学生が宿題の管理に使うような赤い丸シールをとりだした。


「敵の位置はここ、ここ、ここだ。」


シールを見取り図に貼っていく。


「どうして分かるんですか!?」


思わず尋ねると、「カンだ。」と答えた。防犯カメラの1つは一番奥まった部屋の映像を示している。そこに最も多くの人質がいるようだ。


「カメラに映ってるこれ、爆弾じゃないか?」

「多分、そうだと思われます。爆発物に関して犯人グループは何か言っていました。」


警官が答えた。


「作戦を立案したい。ルーキー、キミのパワーを教えてくれ。」


ボクは何とか説明しようと努力した。


「なるほど、キミは高速で動いているのではなく、キミの視点からすると世界がスローモーションで動いているのか。まあ、信じよう。」

「試しにやって見せなくていいの?」


優等生のメガネはむっとした顔をした。


「無駄なパワー使ってる暇はないだろう?それより1回のパワーで部屋の中まで入り込んで爆弾の前に居座るヴィランを無力化できるか?」

「無理だ、そんな長くは一回で行動できない。」


モヒカンが言った。


「なら十分近づけばいけるか?」

「やれると思う。」


色白女性が、「部屋の外、手前の二人はどうする」と尋ねる。そこにも若干人質がいるのだ。


「それも考えよう。モヒカン、敵のパワーは見えるか?」


モヒカンはメガネにそういわれると、警官の服を脱がせた。


「なんで本官はこのような目に。」

「しばらくオレの服着てろよ。」


制帽を深くかぶってモヒカンを隠すと、警官に混じって現場へ向かう。


「アイツの能力は『超感覚』だ。五感を使って、人よりもより多くの情報を得ることが出来る。当然それだけではないがな。」


モヒカンは帰ってくると得られた情報を喋った。


「あのゴリラどもは恐らく怪力と頑丈な体の持ち主だ。手前の2匹は間違いない。問題は奥のヤツだ。どんなパワーを持っているか。2匹とも銃は持っているが、あれはモデルガンだな。ただ、本物の銃よりもあの2匹のほうが強い。厄介だぜ。」

「モヒカン、完璧だ。あいつらの手が届かなければ手前の人質は安全って考えていいんだろ?」


モヒカンはそういわれて気づいたようだ。


「そういえばそうだな。」


・メガネの作戦


 メガネの作戦はこうだ。屋上からボクとモヒカンが奥の部屋を目指し、ボクは爆弾を奪う。モヒカンはボスを倒す。ゴリラと呼ばれた手前の2体は正面からメガネと色白女性が始末するそうだ。


「一点だけ気になるんだ。この爆発物、動かしたら爆発しないか?」


メガネが指摘した。全員で画面を注視する。見ているとボスが部屋の中をうろうろしながら、時折爆弾を蹴っている。


「大丈夫そうだ。」


作戦決行だ。


色白とメガネも警察の制服を借りて、警官隊に紛れ込む。ボクとモヒカンは屋根の上を這って、問題の部屋の真上に陣取る。


「ここ屋根脆い所あるんですよ。」

「そうみたいだな。」


モヒカンは見ただけで分かるらしい。


「そして、オマエは一回踏み抜いたと…」

「どうもすいません。」


モヒカンはそんな事までわかるらしい。


「俺の動きを良く見ろ、オレの後をついてこれば、下のヤツには気づかれないはずだ。」

「はい。」


ボクはトカゲのように進むモヒカンさんの手足の位置をがんばって記憶しながらついていく。


「ルーキー、今、左足を置こうとしてる場所はダメだ。もっと内側だ。」


振り返りもしないで、ボクの動きを把握しているのか。


「この様子だと、メガネが持ってきた見取り図はあてにならねえな。手抜き工事だ。」


モヒカンは所定の位置についてそう言った。


「おかげさまで、ゴリラの足音が良く聞こえる。」


モヒカンは携帯を取り出すと、メガネに小声で電話する。


「メガネ、ボスの足跡が聞こえる位置に来た。号令はオレがかける。トンビだ。」


それだけ言うと切ってしまった。


「オレが合図したら、飛び降りて窓ぶち破って爆弾ゲットだ。オマエなら出来るんだろう?」

「多分…」


モヒカンは厳しい目でボクをたしなめた。


「ルーキー、ヒーローをなめちゃいけない。『多分』じゃなく『絶対』だ。人の命が懸かっているんだ。」


モヒカンに背中を叩かれてボクは平屋の屋根から飛び降りた。極力窓から見えない位置だ。頭上からトンビの鳴く声が聞こえる。ボクは着地寸前にパワーを使った。


(まず、窓を割る!)


防犯カメラの映像だと、窓際に人質が並んで立っていた。あまり思い切りぶち破ると、ガラスの破片で人質を傷つける。ガラスの落下もスローモーションになっているところを、ボクは人質の間をすり抜けるように部屋に飛び込んだ。ヴィランはモヒカンの読み通りだろうか?ボクとは反対の壁を見ている。


(え?)


僕が目にしたのは爆弾だけではなかった。明らかに爆弾のスイッチっぽいものを、ヴィランが握っている。


(防犯カメラでは分からなかった!)


ボクは爆弾を無視して、ヴィランの指をほどくように慎重にリモコンを奪い取った。この段階でボクの視界にはかなりの数の真っ白い星が飛んでいた。


(最後にコイツだ!)


リモコンを奪い取って、そのまま爆弾を全身で抱えた。弁当箱程度の小さなものだった。意識が薄れるのを感じながらパワーをオフにした。ガラスが割れる音が聞こえる。人質達の悲鳴が聞こえる。爆弾を抱えてうずくまるボクの頭上でヴィランの「ええ?」という困惑した声が聞こえる。そして、天井に穴を開けてモヒカンが飛び込んできた。


「お大事に!」


モヒカンが「お大事に!」を連呼しながらヴィランをボコっているのを聞きながら、僕は爆弾を抱えて立ち上がり、自分の割った窓から再度飛び出した。そのまま、もう一度パワーを使って大跳躍する。ボクは眼下に荒川を見ながら、「ここまできたら安心だ」と思った。手の中にリモコンも持っている。爆弾もここにある。そして人質はボクの周りにはもういない。数分後、ボクは水上バスに助けられた。


・作戦のミス


「よくリモコンに気づいたな。」

「はい、たまたま。」


ずぶぬれになったボクにバスタオルを渡しながらモヒカンが言った。警察官がドライヤーで地面に凍りついたヴィランのブーツを何とか床から剥がそうとしている。靴を脱がされて裸足になったヴィランは、足が痛いと喚きながら救急車に乗った。


「少しだけ冷やしすぎました。」


色白の女性はケロッとしている。メガネがどうやったのかは分からないが、もう一方のヴィランは黒いコードのようなもので全身をぐるぐる巻きにされた状態で、護送車に押し込まれている。モヒカンがボコったボスは戦意を喪失して、警察に手錠をかけられた。


「ワタシ、液体窒素ガール。よろしく。」


握手すると、どうりで手が冷たい。


「オレはモヒカンで通ってる。こっちは委員長だ。」


二人と握手をした。委員長は少々嫌そうな顔をした。


「どっちも、他人が勝手につけた名前だ。キミもそうだろう、ヒーロー・カタガネ?」

「…まあ、そういう感じです。」


警察の爆発物処理班がボクの抱えていた爆弾を慎重に解体している。


「しかし、キミは信頼に足るヒーローだ。『ヒーロー・カタガネ』の名前は伊達じゃないよ。すまなかった。」


委員長はそういうと携帯を取り出してG6への報告を始めた。


・帰還


「お帰りなさい、上手くやったみたいね!」


戻ると掃除の青木さんが褒めてくれたが今日は上下のスーツを着ている。


「支部長が褒めてくれたんだ。なんか返事したらどうだ?」

「支部長…はぁ?…ありがとうございます。」


モヒカンにそう言われてやっとこの辺の関係性が分かった気がした。青木さんは掃除のパートの職員だと思っていたらそうではなかったらしい。


「食堂に集合しなさい。」


ミズ・ティーカップに促されて食堂へ行く。食堂は騒然としていた。ミズ・ティーカップに数人のヒーローが詰め寄る。


「なんでコイツに出動要請かけたんだ!?爆弾と人質だぞ!?」

「コイツが死んだら責任誰が取るとかレベルの話じゃねーぞ!?」


ミズ・ティーカップは無視して食堂のテレビの前に立った。青木日本支部長も一緒だ。


「静粛に!一回話を聞け、ゴロツキどもが!」


青木支部会長が怒鳴ると全員静かになった。


「ヒーロー・カタガネのパワー、本人には悪いけど、1個だけ判明したからこの際だから教えておくよ。彼はね『クロックアッパー』なんだよ。」


ざわついた。「おい、マジか?」とか「ねえ、なにそれ?」とか聞こえてくる。


「彼は…ヒーロー・カタガネは彼の周りの時間だけを高速にすることで、スローモーションのような世界で動けるパワーを持ってるって事だ。」


委員長が補足した。


「え、それってどうなるの?」


ヒーローの一人が質問する。


「ちょっとここに超高速カメラ持ってきたから実験してみようか。申し訳ないけど、アタシがこのコインを落とすまでの間にカメラの中で何か適当に動き回ってくれないかい?」


支部長に言われて安請けあいする。ボクはコインが落ちていくのを見ながら、出来もしないボックスステップを踏んでみたり、その場で屈伸したりした。


「ほらごらん!こういうことなんだよ!」


スーパースローで再生するとボクが何をしているかはっきり見える。カメラにつながる小さな画面に群がったヒーローたちの目の前で、コインとボクの映像が流れる。


「お前が単に速く走れるのとは違うのか。」


ヒーロー同士でそんな会話をしている。それを聞きながら「なるほど、ボクは単に速く動けるのではなくて、その間に状況判断したり、動きを変えたり出来るんだ」と今更ながらに理解した。


「オレ達の時間で言うと、何秒間ぐらいこのパワーは持続できるんだ?1秒弱ぐらいに見えるな。」


仕切りと感心されて照れていたが、ヒーローの一人がこんな事を言い出した。


「しかし、レーザーみたいに見てから避けれないものの前では非力だろ?攻撃にはどんなパワーを使えるんだ?」


そう言われると困る。僕は非力なんだ。バス事件で痛感したが、飛び道具にも弱い。


「それは今から考えるんじゃないか?なあ?」


そういって食堂にヒーローの一団が入ってきた。日本人ならほとんど誰でも知っているG6の一軍とも言うべき面々が帰ってきた。


「支部長、今、帰りました。」

「ご苦労。」


中にはアーサムマンも混じっている。海外へ派遣されていたチームが戻ってきた事で集会は中止になり、僕は帰宅した。

疲れて眠りたいボクはやっぱり頭痛に悩まされていた。



KATAGANE

英語圏の人間は同じ母音が単語内で続くのを嫌がる傾向があるので、多分、アメリカにいたら「KATA」とか「GANE」と略されるがね。


アーサムマン(Awesome-Man)

この作品における絶対的なヒーローとして考えた。このAwesomeという単語を最近良く見たのでつけた名前だが、調べるまで「アウェソーム」だと信じて疑わなかった。「アーサム」らしい。


テクノマンサー

DLH世界の単語。詳しく知りたい人はルールブックを是非買おう。


ヒーロー・カタガネ

自発的に名乗らない事で、周囲に適当な名前をつけられる。地名がつけられるならまだマシ。聞いた一番酷い名前は「ぺネ色のドラゴン」だ。彼はペンネームを使いたがらなかったので「ペンネームを持たぬ男」と仮に名乗っていたが「ペネお」と呼ばれた事に耐えられず、「虹色の龍」と言う名前をひねり出す。しかし、彼の構成要素に「ペネ」は必須だったので、「ペネ色のドラゴン」と呼ばれるようになった。多分、彼はもうこの名前を使っていないので時効だろう。


ミズ・ティーカップ

パワーは謎(設定していない)


オリジン

DLHの世界におけるパワーの分類のようなもの。公式では6つのオリジンがあるが、非公式に7つ目のオリジンを考えたら、富士見書房さんに紹介してもらえた。これで、将来的に公式のサプリメントとかに少しでもボクが考えたオリジンに近いものが出たら、感動のあまり焼肉食べに行くレベル。皆、ルールブックを買おう。


全身にボルトが刺さった男性

どこかで出そうと思ってここにしか出てこなかったヒーロー。ボルトは電極で、パワーを使うと高い電圧がかかり、触れるものに電気ショックを与えるという設定がしてあったはずなのにおかしい。


液体窒素ガール

名前の響きだけでどんな戦い方するのかすぐに分かる単純明快さがチャームポイント。

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