5月の土曜日
5月上旬今年の5月は少し暑い。今日は上はYシャツに肌色のカーディガン、下はチノパンといった格好で来た。店につくとすでに開店前にもかかわらず何人かのお客さんが待っていた。
華は開店を待つお客さんに「失礼します。」と言って店内に入る。徳さんと挨拶して店員用の部屋に入る。部屋に入って準備する。
カーディガンを脱いで店のロゴが入っているエプロンをつける。部屋からノックの音がした。華は「どうぞ。」と返事をすると徳さんがラーメンを持って入ってきた。「華ちゃんお待たせ。」そう言ってテーブルの上に『昇竜軒』の雄一無二のラーメン豚骨醤油ラーメンだ。
(この前竜之介より体脂肪があることを知ってから運動はよくするようにしたけど、ラーメンはまた食べてます。やっぱり食べたいもん。)
「徳さん。ありがとうございます。」
準備が終わり、華も席につきラーメンを食べようとする。
「あ、そうだ華ちゃん。食べながらでいいから、ちょっと話いいかな。」
そう言って徳さんは向かいの席に座る。
「話はふたつ。ひとつはお給料今日渡そうと思うけど直接渡す感じでいいかな?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます!」
アルバイトを始めて1ヶ月が経った。ついに初めて自分が働いたお金をもらえる。華はアルバイトをしたことはここが初めてだったので、いつもは両親からお小遣いをもらっている。しかし自分で働いた分の報酬をもらえるというのは別の意味でうれしい。
「じゃあ仕事が終わったら、渡すね。それともうひとつ。」
徳さんはテーブルの上に1冊の雑誌を載せた。その雑誌は『ラーメンMAP』と書かれている。以前この店を取材したことがある雑誌である。
「この雑誌の新しい号を作るみたいで、この雑誌の記者が今日来るんだ。取材でね。だから今日はその記者さんが12時くらいに来るみたいだから着たら教えてね。」
「分かりました。でも店の営業時間に来るんですね。てっきりこういう取材って営業時間外に来るものと思ってました。」
「そうだね。そういう店もあると思うよ。でもうちは取材のために通常営業に支障をきたすのは嫌だからね。それに竜之介のこともあるし、他のお客がいる前で取材した方がいいと思うんだよね。」
なるほど。確かにそうだ。以前の取材でスープの詳細については話さなかったみたいだ。もちろん口外はできないことではある。だからこそほかの客の前で取材を受けることでスープの秘密は企業秘密と言える状況があれば記者もこれ以上言及しないだろう。そうすれば問題ないということだ。
華はまかないを食べてすこし休憩したあと営業時間になった。11時である。開店した。開店してすぐ外で待っていたお客さんが入ってくる。券売機で購入して華に渡してくる。華は「大盛りにいたしますか?」と聞く。その場合食券に『大』とテーブル番号を書きお客さんに席を案内する。徳さんに食券を渡して、水の用意をする。それをお客さんの前に持っていき、次のお客さんを対応していく。
もう仕事は十分こなせるようになっていた。最近は間に食器を洗ったりもできたりと時間を作れるくらいはなっていた。
「華ちゃん今日も華ちゃんに会いに来たよ。」
「こんにちは。安藤さん。いらっしゃいませ。」
60代の夫婦だ。いつも土曜日に来てくれる。今日も来てくれた。いわゆる常連さんだ。華は最近、ほかの常連さんとのコミュニケーションをとるようになっていた。
「いつものですね。少々お待ちください。」
そう言って水を渡した。安藤さんのおばさんは「今日もきれいだね。」と笑って話しかけてくれる。「ありがとうございます。」とお礼を言った。そんな他愛もないこと話していると新しい人が店内に入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
ドアの方も見ると中年の男性が立っていた。自分の父親と同い年くらいだろうか。首からカメラを提げていて肩から小さなショルダーバッグをかけていた。
「どうも『ラーメンMAP』の記者の佐々木です。店主はいらっしゃいますか?」
「はい。話は伺っております。店主は厨房におります。ただいま呼んでまいります。」
丁寧な口調で返答した。佐々木は「ほぅ。」と言って、関心した様子をした。
「君はバイトの子かな?若いのにちゃんとしているね。ではよろしくお願いします。」
華はカウンターの席に案内した後徳さんを呼んだ。徳さんは「ちょっと待ってね。」といったのち5分くらいして、徳さんはカウンター席にいる佐々木の向かいに顔を出した。
「どうも佐々木さん。お久しぶりです。」
「こんにちは。昇竜軒さん。繁盛していますね。バイトの子も雇っていて。」
「おかげさまです。」
社交辞令といったものだろうか淡々と話している感じだ。これが大人たちの世界なのだろうか。そういえば今日はどんな取材をするのだろうか。水を佐々木に渡しながら話を聞いた。佐々木はいきなりぶっこんで来た。
「じゃあ店主。今日の取材はこの店のスープの秘密を聞かせてもらってもよろしいですか?」