美味しいスープの作り方
トコトコと二足歩行の小さな生き物が歩く。
「よし。この寸銅に水を入れろ。」
竜之介はコンロの上に置いてある2つの大きな寸銅を指して言った。
華は小さく頷き寸銅に水を入れ始めた。
「この寸銅かなり大きいけどふたつも使うんですか?」
「あぁ。昼と夜の分だ。あっ火は弱火な。」
華に火力について促した後、竜之介は華が寸銅に水を入れていた流しの中に入り蛇口を捻った。
「あぁ!冷てーーーー」
楽しそうに悲鳴を挙げながら念入りに自らの体を洗っている。
「華。そこのボディーソープ取ってくれ。」
ピンク市販の容器に『竜之介』と書かれたボディーソープを求めてきた。華は何も言わず渡すと竜之介は器用にボディソープを使って洗っている。
「確かにそんなに念入りに洗っていたら少しは食べる気にはなってきました。」
「だろー?垢なんて無いし1度体拭いたらそのまま寸銅に入るからな。」
まぁでも正体を知った今まだ食べる気にはならなかった華であった。
念入りに体を洗って20分。寸銅に湯気が立ち始めていた。
「そろそろ入るか。」
そう言って体を拭いた竜之介は自分から近くの寸銅に入った。竜之介が入る前耐熱ようのザルみたいなのを寸銅にかけてお湯に入った。
「これしないと寸銅に直に触れたらチャーシューになるからな。」
「チャーシューは焼くんじゃなくて煮るんですよ。」
真面目に返した。今度は真面目に返したのに竜之介はまたもムッとした。
「よし。お湯に浸かったしそろそろか。華ここからお前の仕事だ。」
「はい。何をすればいいですか?」
「俺と話せ。」
「はい?」
何の事だろう今話をしろと言った気がしたけど。
「俺に骨身に染みるいい話をしてくれ。そうすればいいスープができる。」
「いきなりなり何言ってるんですか?突然話をしろと言われても……。」
話をしたらいいスープが出来るなんて正直信じられないけど……すでに目の前にいる存在がファンタジーなのだからこれが嘘と否定することが完全にできない。
「どうした?お前が豚の残り湯とか言うから違うところを実際に作って見せているんだぞ。なら話くらいしろ。」
「でも話をしても結局豚の残り湯スープじゃないですか。」
「違う違う。骨身にしみるいい話=骨が湯にしみる→豚骨スープだ!」
竜之介は自信満々に言った。
…………ギャグじゃん!
声には出さなかったけど感情が表に出ていたみたいだ。
「早くしないとまずいスープができるぞ。俺だってずっと入っていられるわけじゃないんだからな。もう一つにも入らなきゃだし。」
「う……。分かりました。何か話しますよ。」
結局竜之介のゴリ押しに負けて何か話をすることになった。
「じゃあ……。」
一回考えて話の内容を決めて子供に読み聞かせるように話し始めた。
「3匹の子豚……」
「馬鹿にしてんのか!!あづっ!」
思わず声を荒らげた竜之介は前のめりになって体を寸銅のどこかに触れてしまったようだ。
「いや感情移入できるようにって思って……。」
「別に普通でいいんだよ。あ〜あこれはもうダメそうだな。」
竜之介は寸銅から出てもうひとつの寸銅に入った。
「じゃあ竜之介さんはどんな話が好きなんですか?」
「俺か?話って言っても別におしゃべりするだけでいいんだけどな……いつも観てるのはその『浪速刑事』だな。」
華はパッケージを手に取ってみた。
そこにはサングラスをかけた刑事みたいな人が夕日を眺めている姿があった。
「それが傑作でな。毎度号泣してしまうんだ。」
「もしかして竜之介さんが掛けているサングラスは?」
「ん?あぁ『浪速刑事』に出てくる熱い刑事、工藤充みたいになりたいとかけてみたんだ。」
竜之介がかけているサングラスとパッケージに写っている人がかけているサングラスが似ていた。よっぽど好きなんだ。
「華、お前は普段何してんだ?」
「私は高校生なので学校行ってます。」
「いや。そうじゃなくて趣味とかさ……。」
豚が照れくさそうに聞いてくる。
「私は本が好きなので小説とかよく読んでます。」
「そ、そうなのか珍しいな。文芸部とかか?」
「一度考えたんですが、帰って1人で読んでいる方が気が楽なので。」
うちの高校に文芸部があることは知っている。でも華はどちらかと言うと1人で読んでいたい方なのだ。別に友達も人並みにいるしお喋りもする。ただ帰宅部でいつも帰って家で小説を開いている。
「ふぅん?勿体ないな。せっかくの花の女子高生なのに。」
「豚に何がわかるんですか?」
「……。」
ヤバイ。また怒らせたかな?ちょっと心配になったが
「違いねぇや。」
そう言いながらニカッと笑って寸銅から出た。
「今日はこんなもんだろ。」
竜之介はスープを見ながら言った。
「これで出来たんですか?特に骨身にしみる話はしていた感じではないですけど。」
華は不安げに聞いた。
「なら飲んでみろ。違いが分かるぞ。」
そう言って竜之介はスープを提供してくれた。やっぱり話の件はうそでただ竜之介が入っているだけで出来るのかな。
まぁでも衛生面はもう大丈夫な気がしたので1口飲んでみた。
「う、────」
「うぇ、まず~~~~~~~~!!!!何なんのこれ!?」
まるで夏場、何回か風呂に入ったあとのお湯を飲んだ感じだ。端的にいうと溝みたいなスープだろう。
珍しく華が怒りながら聞くと竜之介は淡々と言う。
「それは最初に入った寸銅のスープだ。それは俺が怒ったせいで駄目になったやつだ。今入っていたほうを飲んでみろ。」
正直今溝を飲んだみたいになっていて恐怖はある。でも……。華はもうひとつの寸銅からおたまですくってスープを飲んだ。
「! おいしい……。」
「だろ?これが話の違いだ。」
正直三匹の子豚と私の趣味の違いがよく分からない。第一測るベクトルが違うと思うし……。でも味が全然違うのは分かる。
「全然味が違う。」
「そやろ。楽しくお喋りできれば、旨いスープができる。華、暇があったら今後もおしゃべりしよや。」
こうして華は1ヵ月の間バイトの日、竜之介とお喋りすることでおいしいスープを作るという仕事が出来たのだ。