なんで豚が……?
華は10畳ほどの部屋の中にある椅子に座り、ある人物と目を合わせていた。いやこれは人物ではない。目の前にいるのはサングラスをかけた豚である。もちろん太った人を指すような意味ではなく、豚鼻に頭から垂れ下がった耳がついている正真正銘の豚なのだ。
「おまえは誰や。」
「み、水梨華です。」
「そか。」
豚はニカと笑った。華は妙なしゃべり方をする豚に思わず名乗ってしまった。
「…………ってか!!豚が普通に話してる~~~~~~~~~~~!!!!」
あまりに衝撃的過ぎて反応するのが遅すぎた。そもそもなぜ豚がさも当たり前のように話していて、なぜここに、寸動に入っているのか。不思議でならない。
「あーっ。温まったわ。よいっしょと。」
豚は器用に寸銅のはしにかかっているタオルの上から手(豚足)を置き寸動から出てきた。湯あたりしそうで勢いよく湯船から出るおじさんのしぐさに見えた。
湯から上がった豚は体長3,40センチほどの小柄な体で湯から上がったせいなのか赤みがかったピンク色をしていた。豚は白い手ぬぐいで体を拭いて、近くにある黒いTシャツに赤い文字で『昇竜軒』を着た。近くのクッションにどっと腰かけた。
華は正直そんな仕草はどうでもよくてなんで豚が?と漫画でよくあるハテナマークが頭の上にたくさんついていた。
ガシャン!!
ビクッ!華は後ろから何か物が落ちた音がして驚いてしまった。落ちた方を見ると真っ青な顔をした徳さんの姿があった。
「おい慎。この女誰や。お前の女か?ようやくかワハハハ!」
豚がやはり日本語を話している。しかも豪快に笑いながら……。華はいまだに呆然としている。
「……この子は水梨華ちゃん。今日からウチでバイトをしてもらっている子だ。」
徳さんはとりあえず豚の質問の返事をした。未だに顔色が悪く見える。そんなぐったりとしている徳さんはこちらに顔を向けて苦笑した。
「はははっ。華ちゃんごめんねこんなところを見せて。それにしてもなんで華ちゃんがここにいるの?」
「徳さん。すっすみません。」
華は深々と頭を下げたあと事のあらましを説明した。
「──そんな感じです。」
「そうか。そっかでもついにこいつを見られちゃったか……。」
心なしか徳さんの生気が薄くなっている気がする。ほんとに見られたくなかったんだろう。でもこんな衝撃的なことを忘れることもできないし……。この事実をうやむやにすることはできない。
「徳さん。この部屋に入ったことはすみませんでした。ですが……あれはなんですか?」
華は豚の方を指さして徳さんに尋ねた。すると豚がサングラスを少し下げてこちらにメンチを切ってきた。
「なんじゃおまえ。人に指差すとはいい度胸じゃないか。ァア!」
「おい。お前は豚だろ!」
徳さんが冷静な突っ込みを入れてきた。そして
「華ちゃん。こいつがうちのスープなんだ。」
華はこうして長年好きな『昇竜軒』のラーメンのスープの秘密を知ったのだった。
「うちのスープはこいつが寸銅に入ることでスープができるんだ。」
華は徳さんの説明していることが理解しているようなしていないような感覚になっていた。この部屋に入り、豚が自ら寸銅に入っていてしかもその豚が話している。そのことだけでもう理解できるキャパがオーバーしている。いつもファンタジー系の小説なども読んでいて、動物が人間と話している物語もある。でも実際にはこんな状況すんなり受け入れるわけがない。
それなのにその豚が入っていた寸銅の中にあるお湯が『昇竜軒』のスープ?とても信じられない。
「は、はぁ……。」
華はとりあえず思考停止の状態で空返事した。そんな華を見た豚がこちらに歩み寄り話しかけてきた。
「よう、新入り。お前のことは華と呼ばせてもらうぜ。俺の名前は竜之介だ。竜さんと呼んでいいぜ。」
「!」
華は今の豚のセリフに意識が戻った。我に返った華はだんだん一つの感情があふれてきた。
「ッフ。はははははは。豚なのに「竜」之介だなんて……。ははっははははは──」
華は竜之介という豚の名前がツボなのか腹を抱えて笑ってしまった。それを観た竜之介はピンクの顔がだんだん赤みを帯びてきた。
「おいお前っ!馬鹿にしているのかっ!!」
竜之介のご機嫌はかなり悪くなっているのは顔と発言で察することができたが、それでも華はツボに入るとなかなか笑いが止まらなくて、しばらく笑っていた。
10分後
「はは……は……はは。すみません。もう大丈夫です。すみません。」
「お前は本当に失礼な女だな。俺の名前の『竜』が店の名前の『竜』として入っているんだぞ。」
竜之介は口を膨らましていた。華が笑い終わると華はしばらく竜之介の小言を聞かされるのだった。
時計を見るともう9時半になっていた。
「そろそろ失礼します。」
「あっ!華ちゃんこのことは秘密にしてくれな。」
徳さんはやはり人には知られたくないようで、華はきつく口止めされた。
「大丈夫です。それにこんな事言っても誰も信じませんよ。」
まだ詳しいことは聞いていない。華の笑う時間と竜之介の小言で時間の大多数を占めているからだ。本当はもう少し詳しいことを聞こうと思ったが長くなりそうなので後日改めて聞くことにした。
竜之介はまだ機嫌が悪そうに見えたが、帰り際華が秘密の部屋から出ようとしたとき
「……気ぃつけて帰れよ。」
小声だったが、ちゃんと聞こえた。
「いい豚だった。」
店を出て帰る道中、華はぼそりとつぶやいた。