決してのぞいてはいけない
「決して覗かないでください。」そう言われていたが、娘のことが気になり部屋を覗くとそこには鶴が長いくちばしで自分の羽毛を引き抜き羽織を作っていたのだった────。
私が幼い頃おばあちゃんに読んでもらっていた童話『鶴の恩返し』の話の一部。
私、水梨華は幼いころ共働きの両親の代わりにおばあちゃんが相手をしてくれた。いつも好きな絵本や童話を何度も読み聞かせてもらっていた。
高校2年生の今でも小説を読んだりと読書が趣味としている。そしてもうひとつ好きなものが、
「おう、華ちゃん。おつかれ!今お客さん少ないから先にまかない食べて準備してくれな。」
華は『昇竜軒』と書かれた店内に入る。店内の店員専用の4畳ほどの個室に入り、2人用の小さなテーブルの下にある椅子を引き、座る。声をかけてくれた店主の徳光慎太郎さんこと徳さんが来るのを待っているのだ。
15分ほどすると徳さんが部屋に来て華の元へ丼を置いた。
「華ちゃんお待たせ。はい。いつもの。」
「徳さん。ありがとう!」
そこには豚骨醤油ラーメンがあった。濃厚とんこつベースのスープ。すこし太めの麺。とろとろのチャーシューとこれまたとろとろ半熟黄身の味玉子。メンマと小口切りにされたネギがトッピングされているラーメン。これこそ私のもうひとつ好きなものである。
華がいるここ。『昇竜軒』はラーメン屋で華は好きな本を買うためのお金を稼ぐため、まかないで好きなものを食べれるここでアルバイトをしている。
ラーメンは全体的に好きなのだが、特に『昇竜軒』は近所にあるお店で幼い頃から休みの日に家族に連れられて来ていて、もはやお袋(?)の味みたいになっていてここのラーメンが1番好きだ。幼い頃から訪ねてきたこともあってか徳さんとは長い付き合いだ。
今まで徳さん1は人で店を回していたのだが1度雑誌の取材があったからかたちまち人気店になった。それで徳さん1人では回せなくなったので私がバイトをすることなったのだ。
そうそう。なんで冒頭に鶴の恩返しの一部を紹介したかというと……。これを話すとラーメンが伸びてしまうので食べながら説明します。
まさかあんなことがあるなんて────────────────。
これは華が『昇竜軒』に働き始めた1ヶ月前にさかのぼる。
「華ちゃんこれからよろしくな!」
「徳さんこちらこそこれからよろしくお願いします!」
華の初出勤の日だ。昼の開店時間1時間前徳さんに一通りバイト内容について開店前に説明をうけていた。華の仕事内容はお客さんの案内と水の提供と洗い物。そしてあらかじめ買ってもらっていた食券を預かりその内容を徳さんに伝えるというものだ。
『昇竜軒』のメニューのレパートリーは皆無だ。豚骨醤油ラーメン。餃子(6個入り)。白米の3つだ。
お客さんのほとんどが豚骨醤油ラーメンを頼むのでそれの食券を預かる。ラーメンの大盛りは無料なのでそれを聞くのも華の仕事である。
仕事の内容自体は難しいことではないので華も特に仕事内容自体に質問はなかった。徳さんは続けて説明をする。
「────仕事の内容はこんな感じかな。土日の昼の時間11時半から15時半の4時間でよかったんだよね?」
「はい。大丈夫です!」
「それなら開店前にまかないを食べに来るといいよ。もちろん無料でね。」
徳さんは右目を閉じ堅い感じのウインクをしてくれた。おそらくウインクなど普段しないのだろう。ただそれよりもいつも食べにくる好きなラーメンを食べに来れてしかもお給料ももらえるなんて嬉しすぎるっ!
華は有頂天になった。
「店員用の部屋はここ。もともと倉庫として使っていたんだけど、華ちゃんの好きなように使っていいよ。」
扉を開け部屋を見せてくれた。部屋自体はそこまで広くない。6~8畳ほどの部屋だろう2人ほどが使うテーブルと椅子が置かれていた。倉庫と言っていたけどテーブルと椅子以外特に物がない。
「まぁ華ちゃんは知っていると思うけどそこが厨房であそこがお手洗い。奥に行くと階段があるけど上がっても力っている俺の部屋しかないからあまり入ってほしくないかな。ははは」
徳さんはハニカミながらも説明を続けてくれた。
「まぁこんな感じかな。何か華ちゃんのほうで聞きたいこととかあるかな?」
徳さんに質問があるか尋ねられ華はすぐに質問した。
「あそこの奥の部屋は何の部屋ですか?」
華は店の勝手口のほうの近くにある暖簾がかかっている扉を指さした。これは華が小さな頃から疑問に思っていたことだ。華が小学2年生ごろだったかトイレに行った後間違って謎の部屋に行こうとして徳さんに止められてしまったことがあった。「何の部屋?」と尋ねても「子どもには内緒だよ。」と言われてしまいはぐらかされてしまっていた。 それ以来特に気にしたことはなかったが、店の説明をしてもらった時思い出してすぐに尋ねたのだ。それを聞かれ徳さんは渋々答えた。
「……ええとあそこの部屋は製麺所とスープを作る場所なんだ。」
「厨房で作業をしないんですか?」
「スープを作るのは時間がかかるから閉店後あそこで作るんだ。」
「なるほど。」
たしかにここの豚骨スープは濃厚なのが特徴だ。そんなスープを作るのはやはり時間がかかるのだろう。
「華ちゃん。あそこの部屋は決してのぞいてはいけないからね。」
「なんでですか?」
華が尋ねると徳さんは焦ったように
「あそこの部屋は……俺しか入らないからとても汚いんだ。だから入ってほしくないんだ……。とっとにかくうこれで説明は以上! もう開店の時間だから準備しよう。」
そう言った徳さんはそそくさと厨房に向かった。
……興味がないわけではないけど徳さんが言うならしょうがないか。そう思って華は初日のバイトを始めた。
初日は仕事の要領を覚えるのに必死で、徳さんに助けてもらう場面もあった。しかしなんとか初日を乗り切れることができた。最後のお客さんが店をあとにして華と徳さんは一息つくと徳さんが笑顔で華の初日の働きぶりに感想をくれた。
「華ちゃん。おつかれ。バイト初日だったのにずいぶん仕事ができるんだね。」
「いえ。まだまだ要領も掴めていないのでできるだけ仕事に慣れるように頑張りたいと思います。」
しばらくしてから華は店を出た。自宅は徒歩で5分くらいなのですぐに家に着くことができる。初バイトで緊張したのか汗を凄いかいたので、家に着くや否や肩まで伸びている髪をくるっとまとめてシャワーを浴びた。
今は6月だが、すこし暑くじめじめしている感じだ。そんな感じをシャワーを浴びたことですっきりさせることができた。
シャワーを浴びた後冷蔵庫から麦茶をコップに注ぎ自室に入る。ベットに座り、麦茶を一気に飲み干しベットの上で少しくつろいでいた。
ふと目を開けると夜8時を過ぎていた。知らないうちに寝てしまったようだ。華は背伸びをして眠気をとるとあれっと何かないものに気付く。
「そうだ店に本を忘れてきちゃった……。」
店の店員用の部屋で読んでいた文庫本をそのままおいてきてしまったみたいだ。
「~~~~!いいところだったのに~~~~。今から取りにいこうかな~~。」
悩んだ末に華は家着に一枚パーカーを羽織り本を取りに行こうと家を出た。歩くこと5分。街頭の明かりで見える『昇竜軒』の前に足を止まる。
「店の電気ついてないけど徳さんいないのかな。」
店をよくみてもやはり徳さんが住んでいる2階の部屋にも明かりがついていないみたいだ。
店の裏まで来て徳さんの気配がなさそうなので帰ろうと思ったその時、勝手口が少し開いていた。華はそれに気づいて勝手口の中に少し入って様子をうかがった。
「徳さん~~。いますか~~?」
小声で店の中に徳さんを呼んだ。
「・・・・・・。」
返事はない。どうやらいないみたいだ。なぜ勝手口が空いていたかは疑問だけど。これならと華は忍び足で本をとりに店員用部屋に入り、忘れ物の文庫本を見つけた。
「帰ろうかな。」
本を持ちかえろうとすると、華は店の奥にドアの隙間から小さな明かりが漏れているのを発見した。その部屋は徳さんが入ってはいけないと言っていた製麺所兼スープを作っているという部屋だ。
「なんだあそこに徳さんいるのか。」
黙って帰るのも失礼だと思って扉の近くまで来て徳さんに挨拶をしようと思ったその時、
「誰だ。そこにおんのは?」
少し低いのにで部屋の中からでも外にいる華が聞こえるくらい通った声で尋ねられた。部屋の扉は閉まっているが、明らかに徳さんの声ではなかった。
だけど存在が知られた以上顔を出さないといけないと思っておそるおそる部屋の扉を開けた。開けながら昔おばあちゃんに読んでもらっていた昔話、『鶴の恩返し』の作中の開けてはいけない襖を開ける鶴の恩返しにでてくるおじいさんとおばあさんの気持ちが分かった気がした。
そんなことを思いながらドアを開けて見たものは────
グツグツに沸騰しているお湯が入っている寸胴のなかに子供用というべき小さなサングラスをかけたピンクの体をした生き物。豚がこちらを見ていた。