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1 調査開始

 太陽が真上に鎮座する時間帯、人がまばらな食堂にサディアスはいた。4人用のテーブルを独占しているが、学園に直接文句を言う人は滅多にいない。

 青い髪と目を持つ、青年に程近い少年は頭を抱えていた。平素なら澄まされた優等生の相貌は、口を苦しそうに歪ませ台無しになっている。

 昨日の出来事が消化出来ていなかった、幼馴染みが女になっただなんて。彼が手に持っているのは悪女の手引きと書かれた本、いまだ中身は確認していない。

 怖くて確認出来ていない、1人だと変に走ってしまいそうだ。誰かに自分が困っている事を知って欲しかった、それは出来れば、美しい幼馴染みに興味を持たない人が良い。




 暗い顔でため息を付く彼の近くに、柄の悪い青年が寄ってくる。赤茶の髪に真赤の瞳が印象的で、チャラチャラと鳴り物を身に付けている。

 彼の両手には2人分の食事。セドリック本人と、奢ると約束をしていた人間ーーサディアスの分である。

 テーブルに食事を置き、ドスンと座る。そうして何時まで立っても始まらない話を、催促すした。

 「相談があるっつうから俺の貴重時間を割いてやってんだけどさ、帰っていいか?」

 「待って、くれ。セドリック、話す。話すから」

 「あーうぜぇ……早くしろよ、飯食い終わるまでな」

 心底嫌そうな顔で忠告するセドリック。

ざっくりと後ろに流した髪をガシガシと乱暴に乱した後、食事に手をつけ始める。

 未だサディアスは脂汗を浮かべながら、頭を抱え込んでいた。何をどう話すかを考えてあぐねている様だ、自分だって説明して貰わなきゃ分からない。少年の中では何をするべきなのか、纏まってないのだろう。

 嘘や悪意を明確に嗅ぎ取り、判断力に長けている。生真面目で頭が少々固いが、結果を最良にする為には手段を選ばない。だが目標や理由が明確でないと、思い悩んで立ち止まる。

 用意された食事に手も付けないで正解を探し続ける、もうちょい気を抜けば良いのにと適当な青年は考えた。

 その間にセドリックは食事を終えてしまい、嘆息したのち本を奪った。

 

 奪った本の内容は、彼には面白く無かった。馬鹿な女の一人言が書き綴ってあるだけ、興醒めだ。

 白けた気分の仕返しに、それで頭をはたく。

 反応が悪い。

 はたかれた事に気がつき、サディアスがゆっくりと本を受け取る。そうして不機嫌そうな彼の顔を確認してようやく、弱った声を絞り出した。

 「アンディ先生が……女になった……」

 「わーお、アンディが女に。そりゃあ驚いたが、別にどうでも良いんじゃね。所で目ぇ覚めてる? 起っきろー」

 「教師には敬称をつけろ 嘘じゃない もぐぞ……」

 あああ話すんじゃなかった……、とぶつぶつと文句を溢し始める少年。頭を抱える彼を眺めつつ、そんなに後悔するぐらいならそもそも話さなければいいんじゃねえかなー、と頬を指でつつく。

 セドリックは彼等の関係性を知らないし興味も無い、面倒事は関わらなければいい話だ。強いて言うなら教師一人に、サディアスが頭を抱えているのが変だと思う位。

 あれ、こいつアンディの事嫌いじゃなかったか。より正確に表現するのなら、露骨に避けていたはずである。セドリックは面倒事の臭いに気が付いて、穏便に逃げる方法を模索する。

 だがセドリックは考え直した、己の内から何かが叫ぶのだ。

 面白そうな、良い事が起きる予感がする。


 セドリックは元々享楽的に生きている、喧嘩っ早いし酒も飲む。化粧の濃い女達からの「貴方って悪い男よね」との誉め言葉が懐かしい、そうして気の会う仲間と適当に楽しく暮らしていたのだ。

 見目と中身の違わぬ彼の生活は、ある日唐突に変わった。

 そこは品行方正だが、セドリックには合わない生き物達の住み処だった。気楽に生きていた彼は学園に連行され、真逆の生活を強いられることになる。

 野生の勘が働くのも、随分と久し振りだった。自分の中で起こる叫びに、そっと耳を傾けるセドリック。叫ぶ声を例えるとこうだ、新しいおもちゃを見つけたぞ!

 セドリックは獲物を品定めするかのように、真赤の瞳を細くする。おもちゃの様子を待つことにしたのだ。


 授業の開始を告げる鐘の音が鳴る。

 双方黙殺。


 「……昨日、アンディ先生の執務室に書類を届けに行った。

 そうしたら、先生はソファーで寝ていた。今思えば公の場で呑気に寝るとか、おかしい。何かされたと考えるべきだ」

 サディアスが話始めるのを、セドリックは黙って聞いている。毎度良く見ているし覚えている、引き換えに頭痛が頻発すると少年は言っていた。

 「飲みかけのコーヒー……何か、飲まされた可能性がある。アンディ先生の能力とその詳細も調べたい、知る必要がある……と思いたい。迷惑になっても助けたい、何かしてやりたいんだ。同行して貰えないか」

 いち、に。と順に指をたて説明を行うサディアス。

 セドリックは意地の悪い返答を返してやる、間柄によっては正しい選択だ。

 「赤の他人なんて放置しとけ、関わる必要ねーだろ」

 「治ってないから見捨てて置けない、幼馴染みなんだ」

 顔を上げセドリックをひたと見る少年の顔は、憂いに満ちている。暗い表情が良く似合う少年は諦める気が無さそうだ、余程大事なのだろう。

 暇を持て余しているし、サディアスに付き合ってやることにした。


 まあそれはそれとして、気になることがあった。

 「治ってねえのか、まだ?」

 「ああ、胸がある」

 ガタンッ

 暗い顔の人間を放置して、セドリックは椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。元男性ならガードが甘いんじゃないか!? 青春真っ盛りの年頃である、目の前の些細な問題は全て捨て置いた。女が好きと公言して憚らない彼なら尚更、チャンスを逃そうはずもない。

 「ちょっと見てくる」

 「……脳味噌を捨てる、挽き肉になる、永遠に目を瞑る、どれが良い。今なら選ばせてやる」

 「全部死ぬじゃねーか、待ったその顔本気か! 都合が悪くなったら物理に頼る癖どうにかしろ!」

 幼馴染みを害されると察知したサディアスが物理で止めにかかる、何と言うかかなり短絡的である。やると言ったら殺る、最悪半殺しになる。

 汚泥を溜めつつある目で此方を見てくる相手に、テーブルを挟んでじりじりと逃げ回る。妙な色気、もとい殺意から時間を稼ぐために。説得さえ出来ればこちらのものだ、セドリックは痛い目に遭いたくなかった。

 結局スープは冷めてしまい、暴れる犬にそれをやった後聞き込みを開始することになった。



      ○ △ □



 何人かの教師を訪ねて回る事にした2人、サディアスがドアを叩くと若い女がドアから顔を出した。教師には執務室が用意されており、専門的な話から雑談までこの部屋で受け付ける。

 「君たち、授業はどうしたのかなー」

 目の前の桃色マルチーズ、ではなくほんわかとした雰囲気を漂わせる女教師。彼女の質問に、2人はらしい返答をする。サディアス、セドリックの順である。

 「今受けていない授業は予習済です」

 「サボった」

 「あらあらいけない子ねー」

 片手を頬に当てて、のんびりとした口調の女教師。セドリックはその態度をユルいと感じた、他の教師と違い説得して来ない。

 椅子に座り仕事を行う彼女に、サディアスはぐいと詰め寄る。 「お願いします、アンディ先生の能力をご存じなら教えて頂けませんか。先生の知識を借りたいんです、駄目でしょうか」

 「んー……良いわよー、私も多くは知らないけど。セドリックさんは新入生でしたね? 折角だし始めから全部説明するわねー」

 女教師は仕方が無いなーと言う顔をした、重要な話だろうに随分アッサリしている。

 セドリックは慎んでお断りしようとした、興味も無い話は聞きたくない。断ろうとしたのだがサディアスに阻まれてしまった、腕も捕まれて逃がす気も感じない。頭を振る彼に溜め息を付いて見せて、側にある椅子を借りて席に着いた。


 女教師は顎に手を当てて、空間を見つめている。

 説明は学園の目的から説明された、セドリックが一切覚えていないからだ。

 学園、学園都市と呼ばれる辺境の小さな国だ。人口2万程の少ない人口で、回りは山と農村に囲まれている。農民から王様まで学ぶ気が有れば誰でも入れるし、国内の子供は学費が無償。

 他の国々とは距離が離れているが、国外の学園利用者もいる。優秀な人材は国益になるし、金さえ積めば問題児でも入学できる。彼等は毎年50名程入学し、3~5年で卒業していった。


 同時に学園は、能力を持つ子供を集めてもいた。髪色が特徴的な彼等を学園で育て、優秀な人材として活躍して貰う為に。

 「能力は種類が沢山で強力なものは大体厄介なのー、ですからこの学園で調べます。そうして力の飼い慣らし方を学び、自分に相応しい職業や生き方を選ぶのよー」

 国外にこの情報は流布していない、当然だ。能力持ちは5歳から髪色が極端に変わる、知れば誰でも簡単に捕獲できるだろう。

 中には使い道が無い能力や狂うほど酷い能力もあるそうだ、セドリックには現実味の無い話だった。試しに隣の少年に尋ねてみる、反射で動く体と頭痛に悩まされたらしい。反射で動くのは今もじゃねーかな、口よりも手が出るのは理解しやすくて助かるが。


 女教師が手をパチンと叩き、サディアスににっこりと微笑んだ。

 「では最後よー、サディアスさんお待たせしました。恐らくアンディ先生の能力は魅了系です、俗に言う色目、副作用が面倒だと溢してた覚えもあるわねー。能力の詳細と名称は口をつぐむのでー、本人に尋ねるなら対策は必須です。以上、お役に立てたかしらー?」

 女教師は言い切った、晴々とした良い顔だ。一方受講者側のセドリックは明後日の方向を見つめている、死んだ魚の目は何を見ているのだろうか。

 サディアスは女教師に礼を言い、魚を捕まえて次の情報を探しに行くことにした。セドリックはもう勘弁してくれと騒ぐが、逃げることはできなかった。


 その後3人程尋ねたが、殆ど成果が得られなかった。以下の文は特定の教師達に言われた言葉である。

 ーー能力について聞き回るのが良くないーー

 ーーあの人は、何を考えていらっしゃるのか分からない、特に君は関わるのは良くないーー

 ーー校長に訊ねろ、アポを取って置いてやろう。後日手紙を送るーー

 いや、最後の体育教師は別だ、ただ先の話過ぎるだけで。

 サディアスはこの後、本人に直接聞きに行く予定だと言った。

対策を立てろよ馬鹿だなーとからかってやると、少年が眉間に皺を寄せた。対策と言う程ではないが理由はあるらしい、顔の確認をしたいと言った。本人が自分の顔を確認するべきだろう、嫌そうと表現しても差し支え無い程である。

 暫くは1人で行動すると言われ、楽しみに報告を待っているとセドリックは返した。割と心配だが青年は話しかしない、それ以外は無駄だから続きを待つのだ。

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