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公爵令嬢の猫耳参謀 シリーズ

エルフ書房 ~公爵令嬢の猫耳参謀、観察日記~

作者: 青空 杏奈

 公爵令嬢の診察を終え、公爵家をお暇した猫耳魔法使い。猫耳を伏せながら、帰途に就く。


「お二方は、仲が良かったようにみえたのですが」

「昔の話ですわ。今は、冷めきっておりますの」

「どちらがですか? あなたでしょうか、王子でしょうか?」

「殿下ですわ。わたくしのことなど、もう振り返すりもしてくれませんもの。

婚約を破棄すると、周りに言いふらしておいでですわ。もう終わりですの!」


 悲しみに暮れる、公爵令嬢。憔悴しきった顔で、叫んだ。

 医者の目には、世界の理の一つ、黒色に引きずられていのが分かった。

 黒色の世界の理の力は、悲しみの感情を司る。


 お茶ならば、飲めると笑う令嬢。

 食事のとれない令嬢に、二つの治癒魔法を込めた薬草茶を薬として処方した。


 一つは飢饉のときによく使用される、低級の治癒魔法。

 周囲の世界の理の力を取り込み、食事をとらなくても、一週間は生きていける。


 もう一つは、感情を穏やかにする精神感応魔法。最上級の治癒魔法。

 精神感応系の魔法は、危険な魔法だ。人格障害を引き起こすこともあり、禁術指定さている。

 猫耳魔法使いが扱うのは、上級魔法医師にしか使用が許されない、虹色魔法である。


 この世界は、五色の理に沿って動いている。赤、青、黄、白、黒。五つの理。

 そよぐ風も、道に転がる石ころも、公爵令嬢も、猫耳魔法使いも。

 すべて、世界の理の流れの中。どれが突出しても、成り立たぬ。どれが足りなくても、成り立たぬ。

 五色の理が均等に流れるのは、『虹色』と評させる。

 生物に流れる、世界の理のゆがみを直し、虹色にするのが魔法医師の役目であった。



*****



 猫耳は帰り道にある、冒険者ギルドの売店に立ち寄る。令嬢に処方して、少なくなった薬草を補充するためだ。


「子猫ちゃん、いいところに来たわ!」

「……何か御用でしょうか?」


 冒険者ギルドの売店で、店当番のアルバイト。珍しいエルフの店番は、知り合いの猫耳魔法使いを捕まえた。

 薬草を持ったまま、猫耳を伏せる魔法使い。小さく警戒を示す。


「あのね、階級って知ってる?」

「いろいろな種類がありますが、どの分野でしょうか?」

「えーとね、王様や王子様って言うの、聖騎士とどう違うのかしら?

『青の英雄物語』で読んだけど、よく分からないのよね」


 金髪ポニーテールを不思議そうに揺らしながら、エルフは首をかしげていた。

 作家を志して、森から人間の世界へ出てきたばかり。人間の常識がわからず、苦労していた。

 猫耳を元に戻しながら、魔法使いは息を吐く。自分でも、答えられそうだ。

 しばらく思案し、エルフに商品を差し出す。


「まず、清算をお願いします。それにしても、青の英雄物語ですか。

エルフにも、五百年前の物語が伝わっているのですか?」

「そうよ。あたしの両親は、青の英雄と共闘した、英雄の仲間なんだから」

「英雄の仲間!?」

「いつか、青の英雄の子孫に会おうと思って、森から出てきたのよ。

両親から『強くならないと森から出たらダメ』っていわれて、なかなか許してもらえなかったわ。

百五十年もかかっちゃったのよ」


 お金を預かりながら、エルフは答える。誇らしげに胸を張りながら。

 何気なく尋ねた魔法使い。買った商品を手に、思案顔になる。

 エルフはあっけらかんと答えるが、百五十年など、気の遠くなる時間ではないか。


「階級の説明は、しばらくお待ちいただけないでしょうか。きちんと調べてまいります。

それから、騎士については、専門家をつれてきますので」

「専門家が居るの?」

「はい。あなたが会いたがっている、青の英雄の子孫ですよ。

もしかしたら、今日は隣の武具屋に居るかもしれませんが……」

「うそ! じゃあ、一緒に行くわ。あと五分で、今日の店番が終わるのよ!」

「では待っています」


 魔法使いの答えに、エルフの顔が勢いづくになる。交代の引継ぎを鼻歌交じりに行った。



*****



 薬草や薬、食料などの雑貨を売る売店。その隣には、武具屋の出張所がある。

 冒険者には、魔法使いだけではなく、剣や槍、弓などの武器を扱う者も居る。

 魔法よりも、武器を手に戦う者の方が、はるかに多い。武具屋は大繁盛していた。


 猫しっぽを揺らしながら、魔法使いは人込みをかき分ける。小柄な体は、屈強な男たちの足元をすり抜けた。

 武具屋の壁際に、お目当ての場所がある。壊れた武具を直してくれる、簡易手入れ所。

 冒険者である幼馴染の剣士は、今日、そこに行くと言っていた。


 簡易手入れ所は、五つの鍛冶場が並んでいた。今日は、三つ開いている。

 手入れ所の鍛冶師は、鍛冶組合所属者の日替わり当番制。

 向かって右端は、すべての仕事が丁寧と、修理依頼の殺到する鍛冶屋。

 真ん中は、打った武具は強度が違うと、三十年間評判の鍛冶屋。

 左端は、鍛冶歴十年の若造。

 お客は腕利き鍛冶師を、よく知っている。左端は、閑古鳥が鳴いていた。


「へー、これが新作?」

「ああ、魔法との相性を高める魔道具だ。五色の全属性だぞ」

「全属性!? すごいよ、すごい! 俺も、いつかは欲しいな」

「いつかとは言わず、金属か宝珠を持ってくれば、すぐに作ってやる」


 閑古鳥が鳴く鍛冶場、「本日は閉店しました」のお知らせ看板。

 店じまいをした鍛冶屋は、最後のお客の剣士相手に、のんきに世間話を繰り広げる。

 青い髪と青い瞳が特徴的な鍛冶屋は、金色の首飾りを手に笑っていた。

 白猫しっぽを揺らす魔法使いと、金髪ポニーテールを揺らすエルフが近づく。


「ユーイン、刃こぼれした剣は直ったんですか?」

「あ、クリス、直ったよ。 ……リリーと、友達だっけ?」

「むしろ、我が家に押しかけて、ケガの治療を受けに来る患者です。

いくら私が魔法医師の資格を持つとはいえ、子供に診てもらうのは、どうかと思いますけど」

「だって、子猫ちゃんくらいしか、女の子のお医者様を知らないんですもの。

ひげ面の厳つい男の人より、猫耳のかわいいお医者様に診てほしいわ。患者として、当然よ!」

「うん。俺も同意するよ」

「僕もだな。精神的ダメージが違う」


 力説するエルフの意見に、剣士も鍛冶屋も大きく賛成する。

 ついでにエルフの大きな声は、武具屋の一部に響いた。

 他の手入れ所で順番待ちしていた冒険者たちは、声のした方を見やる。

 エルフの隣で動く猫耳としっぽを見た瞬間、理解。大きく頷く。

 この後しばらく、猫耳魔法使いが冒険者ギルドに来るたび、ケガの治療を希望する冒険者が絶えなかった。


「ところで、ユーイン君も、ノア君のお客様?」

「今んとこ、あんたと並んで、唯一のお得意様だ」


 エルフの声に、鍛冶屋は答える。鍛冶師親方の配達依頼の結果、弓使いエルフと剣士と知り合った。

 親方から独立を許されたとは言え、まだ鍛冶工房を持たない新人。

 知り合いは、貴重な固定客に昇格した。


「そうだ、クリス、なんか宝珠持ってない?

ノアが、魔法との相性が高い魔道具作ってくれるんだって」

「宝珠ですか? 何色がいるんです?」

「えっと…ノア、何色だっけ?」

「何色でもいい。こいつは、安価な五色の金属を使ってる。宝珠の方が、魔法との相性は高まるが。

さすがに新人は持ってない……」

「ありますよ、宝珠」

「あるのか!?」

「というか、作りますのでお待ちください」


 驚く鍛冶屋の目の前で、魔法使いは力持つ言葉を唱えた。

 赤、青、黄、白に黒。手のひら大の五つの光の輪が、空中に描かれる。

 輪の中に走る幾何学、成立する魔法陣。五つの魔法陣は、同時に砕け散った。

 砕けたかけらは、それぞれの色の粒子に変わる。粒子は丸い形をとった。

 粒子の輝きが収まると、魔法使いの手のひらに五つの宝珠が現れる。

 赤、青、黄、白に黒。世界の理の力を秘めた、五色の宝珠。


 隣の手入れ所では、どよめきが聞こえてくる。

 宝珠は魔物を倒す。もしくはその辺に漂う世界の理に魔力で干渉し、抽出するしかない。

 冒険者は魔物退治で、宝珠を手に入れるのが常識。

 しかし、猫耳は魔法使い。後者で宝珠を作り出した。

 普通なら魔法協会でしか見られない珍しい魔法に、まばらな拍手も送られる。


「これでよろしいでしょうか」

「あ、ああ。あんたが腕利きの魔法使いだって、実感した」

「あら、あれぐらい誰だってできるわよね。子猫ちゃん。あたしだって、できるわよ」

「そうですよ。魔法使いなら、当然です」

「……クリス、リリー、無茶ぶり。魔力の高いエルフや、魔法使いにしかできないって」

「……僕ら鍛冶屋が宝珠を作り出すのに、いくらかかると思ってるんだ」

「魔法使いに金属は作れませんよ、鍛冶屋の仕事でしょう?」

「そうだがな」


 世間知らずの子猫は、小首を傾げる。宝珠を受け取りながら、鍛冶屋は苦笑いを浮かべた。

 目を閉じると、宝珠に向けて魔力を循環させる。宝珠の性質を調べていた。

 調べ終わり剣士に視線を向けると、改めて注文を取る。


「……ものすごく純度の高い宝珠だな。魔法使いが作ると、魔物の核並みの宝珠になるのか。

ユーイン、どんな魔道具がいいんだ? これなら、魔剣も作れるぞ」

「えっ、魔剣!? 魔剣って、属性を持った魔道具の剣だよね?

第一、武具って、金属から作るんじゃないの? 金属と混ぜなくて大丈夫?」

「バカ言え。宝珠からも作れなければ、魔法使いの武具をどうするつもりだ?

こんな非力な子猫に金属の杖も、鎧も身に着けられるわけないだろ」

「へー、そうなんだ」


 剣士の矢継ぎ早の質問に、盛大にあきれてみせる鍛冶屋。

 金属だけでなく、宝珠から武具を作れるかどうかは、鍛冶師として独立できるかどうかの分かれ目だ。

 鍛冶屋と剣士のやり取りを見ていた、魔法使い。唐突に閃いた。鍛冶屋を見上げる


「ノア殿、ちょっとお尋ねしたいことがあります」

「なんだ?」

「宝珠があれば、あるだけ、魔道具がつくれますか? 私の虹色魔法も刻めますか?」

「そりゃ、材料が続く限り、いくらでも作れるぞ。五色の宝珠を使えば、虹色魔法を刻むくらいわけない」

「返答、ありがとうございます♪」


 鍛冶屋は、魔法使いの願う返答をくれる。

 猫耳が天を向いた。猫しっぽが嬉しさで舞い踊る。


 公爵令嬢の話から、魔法医師は一つの結論を導き出していた。

 一人の女性が、王子を含めた大勢の人間をはべらすなんて、尋常ではない。

 きっと、精神感応系の魔法を使っているはず。

 使っている魔法がわかれば、医者である猫耳魔法使いには、解くことができる。

 相手の魔法を受け付けないように、魔道具に治癒魔法を込めれば、妨害だって簡単だ。


 聡明な第一王子は、敬愛すべき存在だ。今日診察した公爵令嬢だって、将来の王妃にふさわしい人物。

 どこぞの泥棒猫が、魔法で王子の心を縛るなんて、許しがたい行為である。


「……国を揺るがす婚約破棄なんて、私がぶち壊します! こっそりとね」


 つり目を細め、呟く魔法使い。舌なめずりをする姿は、獲物を見つけた猫の顔だった。



婚約破棄系の長編を思いつき、執筆中でした。

が、最初と最後の断罪シーンだけが完成し、途中がなかなか進まない有様。

このまま没にするのも残念で、第一話より、一部抜粋の短編にしました。


……第一話と、最終話と、最終話の一話手前はできているので。

自分に力がつけば、そのうち長編小説として投稿するかもしれません。

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