*2*
サグラシオンは、バスの中で初老の婦人と話をした。
何てことのない話だ。
二人が乗ったバス停で、今が何時なのか解らない時、時計を見ることが出来る近場を、婦人はサグラシオンに教えてくれた。
何てことのない話だ。
しかし、サグラシオンには初めて知る話であり、今後、役に立つだろうと思えた。
サグラシオンに小さな知恵を授けた婦人は、途中のバス停で、サグラシオンに会釈して降りた。
心がささくれ立たない、顔を見合わせた会話を、サグラシオンは随分と久し振りにした。
何てことのない話だ。
サグラシオンは、少し嬉しかった。
彼女とまた出逢う可能性はとても低いが、そんなことは問題ではない。
サグラシオンは終点で降りると、目当ての文房具店に向かった。
サグラシオンが、いいな、と思った時計は、文房具店のショーケースにあったからだ。
文房具店は更に、大きな店の一角にあった。
横断歩道を渡りながら、ガラス張りの大きな大きな店が見えてくると、サグラシオンはまた、ふわふわした気持ちになった。
それはちょっと、浮き浮きにも似ていた。
腕時計のベルトは、サグラシオンには大きかった。
だからサグラシオンは、近くの時計専門店で、ベルトに穴を開けてもらうことにした。
買った腕時計をその場で着けると、手首の周りをくるりと牛皮のベルトが滑った。
皮は滑らかで柔らかい。
これは自分を傷つけない、とサグラシオンは思った。
生きた相手であればその確信を裏切られることもあるが、物言わぬ腕時計なら大丈夫だろう。
文房具店では、大きくて立派な箱も袋に入れて渡された。
かっこいいけれど、無駄に立派だとサグラシオンは感じた。
無駄に立派も時々、必要にはなるのだけれど。
時計専門店に行って、ベルトに穴を開けて欲しいと頼むと、ニ十分かかると言われた。
中途半端な時間を、サグラシオンは本屋に行って過ごした。
身体はふわふわして、きっと飲食店に入るのが賢いのだろうが、そんな気分でもなかった。サグラシオンは自分一人の為に、飲食店に入ることを惜しんだ。
積極的に、自分に奉仕するのが億劫だった。
何より、食べ物よりは物語を、サグラシオンは好んだ。
サグラシオンが心待ちにしている新刊は、まだ本屋には無かった。
サグラシオンはがっかりした。
その新刊が出ていたら、今日を生きることがもっと楽になるのに、と。
そんな物語の紡ぎ手も、世にはいる。