*1*
サグラシオンは目を覚ました。
とても喉が渇いていた。
昨日、大量に涙を吐いたせいだろう。
水分の計算は合っている。右目の瞼が腫れぼったくて痒い。
ごしごし擦る。
仰臥したまま、サグラシオンは緩慢に、朝だ、と思う。
昔々、サグラシオンは眠れない日々を過ごしたりした。
眠れば朝が来る。
それが嫌で、駄々をこねるように夜更かしし、しかしやがては睡魔に敗北し、意に沿わない朝を迎えた。
若かったな、とサグラシオンは思う。
朝に反発する気概が、あの頃はまだあったのだ。
今はただ、朝を迎える。それも、敗北に似ていた。
ぼろぼろだが、サグラシオンの状態に朝日がつき合う理由は無い。
実際、サグラシオンは、目もあてられないくらいに、ぼろぼろだった。
目もあてられないくらいに。
だが、それを見る者はいない。
サグラシオンは、冷えて震える指を動かし、目を見開いて、頭と心を駆使して、ぼろぼろでも何とかやっていたからだ。
何とかやっていた。
それでも、ぼろぼろには違いなかったのだ。
身体のあちこちの古傷、新しい傷が疼いて血が滲み、身体をくの字に折り曲げて。
じいっと身を潜める。
獣のように痛みを遣り過ごして一息吐いたサグラシオンは、外に出ようと思った。
この間、撮り損ねた写真があったのだ。
写した時は大丈夫に思えたのに、帰って画像を確認すると、ぶれていた。
外に出るのは怖い。
色んなことがあって、サグラシオンは、若くて無邪気な人を恐れるようになった。
恐怖していた。
皮膚を破ってしぶいた鮮血が、今でも忘れられないのだ。
それでも、写真のことも頭を離れなかった。
そうした性質を、サグラシオンは自分でも持て余していた。
サグラシオンの魂は、美しいものに跪いていた。
サグラシオンはぼろぼろの身体を引き摺って、明るい外界に出た。
びくびくと、慄きながら。
途中、サグラシオンは、小さな教会に寄った。
神様にお祈りした。
「どうかもう、誰も、僕を利用しようとしませんように」
サグラシオンは、自分を利用しようとする人に疲れてもいた。
厄介なことに、サグラシオンは、そうである人とない人の判別が下手だった。
サグラシオンは教会を出た。
本当は、サグラシオンは、神様を信じていない。
そのまま、いつも写真を撮る場所に向かおうとしたサグラシオンの目と心が、ふと、バス停に向かった。
目と心の動きに釣られ、脚もまた、バス停に向かった。
街に出て腕時計を買おう。
突然にそう、思い立ったのだ。
一種の逃避かもしれないが、サグラシオンは、ぼろぼろであることを隠して、久し振りに街に出たいと思った。
恐怖より、欲求が勝った。
ずっと長い間、まだ大丈夫、まだ大丈夫、と自分に言い聞かせて生きてきたサグラシオンは、平気な顔をすることに慣れてもいた。
足が、地面から三センチ浮いたような、ふわふわした気持ちで、サグラシオンはバスに乗った。
ふわり、と。
思えば、朝も昼も、何も食べていない。
それもあって、ふわふわした心地になるのかもしれない。
サグラシオンは、よくお腹が空くが、よく食欲を失くしもする。
そんな時は、食べ物を義務のようにして喉に押し込もうとする。
しかし、その気力が無い時は、匙を投げて空腹を放置する。
疲れ切ったサグラシオンは、自分を労わることを疎かにし、怠慢になっていた。




