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死後のセカイへようこそ!!  作者: もぬけ
俺が死んだという話
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第八話

 レイラと出会った日から、一週間が経過していた。 あれから、俺は東さんから境界者を倒すための手段を教えられ、自分で言うのもあれだが、一人で相手をする分には問題がないほどの成長を遂げていた。 しかしそれでも、未だに自身が持つ神具の力を引き出せずにいる。


「……何のために、か」


 何のために戦うか、俺には明確な目標などない。 それもそう、唐突に巻き込まれ、気付けばこの状態だった俺にそれを分かれと言う方が無理な話だと自分でも思ってしまう。 が、それでも現実というのは非情である。 非情であるが故に、恐ろしくもなり得てしまう。 今はまだ、俺が持つ村正でも問題はない。 だが、それでどうにもならない相手もいつしか現れるのは明白だ。


 東さんの言葉を俺は思い返す。 警告とも言える言葉で、教えられたこと……一番厄介な存在は境界者ではなく、同業者であると。


「また悩み事か。 ふ、年頃だな」


「沙耶か」


 喫茶店の裏庭で座り込み、空を見上げていた俺に沙耶が声をかける。 幽霊と言えど寒さは感じる霊界師。 首にはマフラーを巻きつけ、手袋をはめ、ポケットに両手を入れた状態で沙耶は俺のことを見つめていた。


「そんなに焦ることではないだろう、いざというときは私もいるしな。 それとも私では不安か?」


「んなことないって」


 少し前の俺ならば、恐らくここは「その通りだ」とでも返していたかもしれない。 だが、俺はこの一週間で沙耶の強さというのも知ったのだ。 弓の神具を持つ沙耶は、絶対必中の力を持ち、対象を確実に射抜く。 言葉で聞くだけではあまりイメージは沸かないかもしれないが、それを実際に見た俺は圧倒されたのだ。


「それに、お前の能力の方も頼りになるしな」


「ああ、組み合わせとしては申し分ないよ」


 沙耶自身に与えられた能力。 それは、千里眼と呼ばれるもの。


 半径十キロメートルに存在する全てを認識する力。 そして、その範囲で認識したものですら沙耶は神具の対象とできる。 対象に悟られ、そして放たれた矢を止められない限り、沙耶の神具は法外な力を有する。 とどのつまり、半径十キロが沙耶の射程範囲となるのだ。 壁も、建物ですら無効にする絶対射程範囲、それが沙耶の能力と神具を組み合わせた力である。


「それに比べて俺は……あー弱音はやめとくか」


 俺の言おうとしたことももっともで、未だに俺は能力ですら明確に理解していない。 集中すれば切り替えはできるようになったものの、依然としてモヤのようなものが映るだけ。 親友である沙耶と比べてしまっては、見劣りするのは誰の目にも明らかである。


「時間はたくさんあるさ。 焦っても何にもならないぞ」


「……だな」


 沙耶の言葉に、俺は立ち上がる。 村正を握り、少しでも戦えるように訓練を重ねようとの思いから。 だが、その訓練は唐突に終わりを迎えることとなる。


「お、いたいた。 柊くん、結城さん、ちょっと良いかな?」


「マスターか。 どうした?」


 現れたのは、俺と沙耶が宿を貸してもらっている喫茶店の店長、神城仁だ。 困り顔が良く似合う男で、今日もそんな困り顔で俺と沙耶に顔を向けている。


「うん。 実はさ、コーヒー豆を切らしちゃったんだよ。 まだ開店まで時間はあるんだけど、他の仕込みとかもあるんだよね。 だからほら、ね?」


「……買ってこいというわけか。 しかし参ったな、私はレクトを霊界機関に渡しにいかなければならないのだが」


 レクトとは、境界者を倒した際に得られる石のような物体である。 境界者の強さによってその輝きは異なり、強ければ強いほどに輝きは増していく。 そして、そのレクトと引き換えに霊界機関から給与が支払われるという仕組みだ。 つまり、いくら境界者を倒したとしても、そのレクトを引き渡さなければ金銭は得られない。 それが今日、ある程度集まったこともあり沙耶と俺で持って行く予定ではあったのだが。


「あっちも午前中だけだったか、そういや。 んじゃ俺が行ってくるよ。 沙耶に任せて良いか?」


 当初の予定では、俺の案内も兼ね、霊界機関に沙耶と一緒に訪れるはずだった。 が、俺にとって恩人である神城さんの頼みを断るわけにはいかない。 そう思い、俺は言う。


「むう。 まぁ仕方ないか、霊界機関にはいつでも行けるしな。 案内は次回に持ち越すとしよう」


「悪いね、二人とも。 帰ってきたら、コーヒーの一杯でも淹れさせてもらうね」


 神城さんの言葉に、俺と沙耶は笑う。 どうやら、俺たちにとって神城さんという存在は心の拠り所となっているのかもしれない。 いくら霊界師と言えど、化け物と戦っていると言えど、まだまだ子供で、心は成長段階である。 そんな俺たちが安心感を得られる存在が、この神城さんであるのだろう。




「えーっと、ブルーマウンテンだっけか」


 コーヒーに拘りは特にない俺であるが、神城さんが淹れるコーヒーの味が美味しいということくらいは理解できている。 その神城さん曰く、本物のブルーマウンテンが買えるのは中々あることではない、らしい。


「本物とか偽物とかあるのかな……良く分からないけど」


 呟き、俺は住宅街を歩く。 霊界師に見える店というのは思いの外溢れており、空き地という空き地には建物が建っている。 無論、表側からは視認できず、裏側だけが視認できる店たちだ。


 それもかなり多岐に渡り、気軽に行けるコンビニのような店。 服などを揃えてある服屋。 今、俺が目指しているようなコーヒーショップなどなど。 マニアックな店も数多く、そのような経営で金銭を得る霊界師も珍しくはない。 まるで世界がもう一つあるかのような錯覚さえ覚えるほどに、裏側は表側のコピーのような世界だ。


「でも、本物ってことはやっぱそれなりの味とかするんだろうな」


「そりゃあな。 つうかお前、んなことも知らねえのか?」


「うおっ!?」


 俺の背後から、唐突に声がかかる。 若い男の声で、俺は勢い良く振り返った。 すると、そこに立っていたのは短髪、赤髪の男で、左目に大きな傷、左耳にピアス、金属製のネックレスという、如何にもな格好の男が俺を見ている。 俺が見えるということは、霊界師で間違いない。


「出回ってる九割くらいは違う豆を混ぜた偽物だぜ。 ……あぁ? つかテメェ、女かと思ったら男かよ。 おい男女、レイラっつうガキを知らねえか? 俺様の命の恩人でよぉ……会って挨拶しねえとならねえんだが。 この街に来てもう一ヶ月も経つのに影すらねぇ。 テメェ、なんか知らねえか?」


 俺は男の言葉に思考を巡らせる。 レイラというのは、あの生意気なガキで間違いないと。 現にレイラはこの街に居たし、生活をしているように思えた。 だが、そうだとしたらこの男は何故、レイラを探している? 如何にも胡散臭そうな見た目、悪く言えばチンピラのような見た目の男が、あの少女にどんな用事があるのだろうか。


 ……あいつが動いている範囲は恐らくこの辺りだろう。 東さんと顔見知りということは、ある程度の面識があると見て間違いない。 だとすると、この男に聞かれた通りに答えれば「この辺りに居ると思う」という答えになるが。


 しかし、どうにも胡散臭い男だ。 レイラを庇うような義理はないものの、この男の手助けをするというのも少し癪だな。


「知らねえの? 知ってんの? どっちだよ」


 数秒の沈黙が苛立たせたのか、男は語気を強めて言う。 短気な性格なのだろう、舌打ちをし、男は俺の答えを待つ。


「知らないな。 初めて聞いた名前だ」


「ふうん、あそう。 まテメェみたいな奴が知ってるわけねえか。 わりいな、邪魔した」


 男は言い、俺に背中を向ける。 そのとき、俺の目にあるものが映った。 先ほどまでは男の姿に集中していた所為で、見逃していたあるものが。


 銀色のアタッシュケース。 いつしか神城さんに言われた物を持つ男。 俺はそれを確認し、警戒心を高める。 気を付けろという言葉、要するにこの男は危険な奴ってことなのか?


「あーそれともうひとつ。 言い忘れてたことあったわ」


「ん? まだ何か――――――――あ、ぐっ!?」


 男は首を後ろへ向け、にたりと笑う。 心底嬉しそうに、楽しそうな顔をした。 そして次の瞬間、俺の腹部に右足を叩き込んだのだ。 迷いがなく、俺は完全に油断しており、その攻撃をまともに食らう。


 俺の体は軽々と宙を飛び、すぐ横にある住宅の外壁へと衝突する。 コンクリートの壁に背中から強く打ち付けられ、肺の中にある空気が押し出された。


「軽いねぇ。 ガキってのはこんなオモチャみてぇな体なのかよ、ハハハ! 女ならもーちっと優しくしてやるが、男なら問題ねぇよなぁ!?」


 男はそのまま、俺の体が地面に倒れる前に、後頭部を掴む。 そしてそのまま、今度は向かい側の壁へと叩きつけた。 未だに腹部への痛みは引いておらず、俺は成されるがままに投げ飛ばされる。 轟音が鳴り響き、今度はコンクリートの壁が軽々と砕け、俺の体の上へと落ちてきた。


「目上にゃ敬語を使えよ? なぁオイ、テメェ喧嘩売ってんのか? 霊界序列五十八位のアレイス様によぉ? ああん?」


「ぐ……」


 強烈な痛みが俺を襲う。 通常の攻撃ならば、問題はない。 だが、攻撃を仕掛けてきたのは霊界師だ。 文字通り、その攻撃は痛みを伴い、俺に襲いかかる。 ただの一撃で意識は朦朧とし、激しい吐き気を催す。 が、男はそんなことお構いなしに、言葉を続ける。


「社会勉強だとでも思っとけや。 機会があったらまた会おうぜ、新人」


 薄れ行く意識の中、右手を上げて俺から離れて行く男の姿が見える。 そして、俺はそこで意識を失った。

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