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死後のセカイへようこそ!!  作者: もぬけ
俺が死んだという話
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第四話

 さて、現状を解説しよう。 俺と沙耶はあのあと、今日のところはとりあえず休もうとの結論に至った。 疲れは感じないが、やはり生前と同じく睡眠は必要となるらしい。 沙耶はどうやら喫茶店、ファンタズマの二階に部屋を借りているらしく、そこへと向かっていった。 そこで困ったのが俺で、当然ながら家を持たない俺は、実家に帰って勝手に寝ようとも思っていたのだが。


「遠いだろ。 今日はここで休んでいくといい」


 との沙耶の言葉により、最初こそ断りはしたものの、不自然なほどに沙耶はそれを勧めてきて、俺も適当に部屋を借りて休むことにした。 しかし。


「あーごめん、今他の部屋は物置で使っているんだ」


 との神城さんの言葉により、俺は宿をなくしたのである。




「んでどうしてここなわけ?」


「そりゃ部屋がないからな。 ふふ、まぁくつろいでいいぞ」


 言いつつ、床をぽんぽんと沙耶は叩く。 一人では広く、二人で丁度良いくらいの広さがあるワンルームの部屋は、どこか落ち着かない。


「……」


 そう言われましてもって感じだな。 他人の部屋でくつろげる奴って中々居ないと思うが……そういや、思い返してみると最後に沙耶の家へ遊びに行ったのなんて、小学生くらいのときだったか。 中学に入ってからは女子ということを意識していたから、全く行かなくなったんだよな。 小さい頃は部屋の中で二人して遊んでいたが、今思うと随分と恥ずかしい思い出である。


 んでまぁ、今日は結局、沙耶がほぼ無理矢理自分の部屋で泊まれば良いという意見を押し切り、俺も俺で断り切れず、今こうして同じ部屋に居るということなのだが、寝室が分かれていないのって大問題ではないのだろうか。


 そんな沙耶の部屋は、見る限り置いてある物は普通だ。 本棚に箪笥、机に布団というありきたりなもので、そういった生活感溢れる部屋だ。 こんなしっかりした部屋、建物でも、外から見れば空き地だなんてにわかに信じられないな。


「それにさ、いろいろ話したかったんだ。 心矢と」


「ん。 まぁ……そうだな」


 その部分は同意ができた。 一年ぶりの再会で、積もる話もあるだろう。 当然、俺の方もそうだ。 未だに沙耶と再会できたことは現実味がないし、だけど……嬉しかった。 これだけは、嘘じゃない。 俺は渋々適当な場所に腰をかけ、口を開く。


「泣いたな」


 俺は言う。


「うん」


 沙耶が返す。


 あの日のことを思い返す。 その日から数日後のことを思い返す。 俺は一人、部屋で泣いていた。 泣いたことなんて、それまで殆どなかったのに、泣いた。 止めようと思っても止まらず、親曰くひどい顔だったらしい。


「んで、部活も辞めちまったな」


「うん」


 それも、すぐのことだ。 やる気がなくなり、意味がなくなり、目標がなくなり、夢がなくなった。 それとこれとは別だと言われるかもしれないけど、俺にとっては沙耶が居てからこそだったんだ。 そんなことに、沙耶がいなくなってから初めて気付かされた。


 沙耶は窓際に腰をかけ、外の景色を眺めている。 雪がほんのりと積もり、季節はあのときと同じ冬。 沙耶は何を考えいてるのだろう? あの日のことか、それともあの日に至るまでのことか。


 俺はそんな沙耶を見ながら、壁へ背中を預けた。 ワンルームの部屋には独特な沈黙と、いつか感じたことのある心地良さが流れている。


「学校も、サボりが増えたんだ」


「うん」


 沙耶は変わらずそう返す。 俺はそんな沙耶の声を聞いて、口を開いた。


「……てかお前全部知ってるよな? どんだけ俺の傍にいたんだよ」


「え、それは……ええっと、ほら、心配だろ? だから、な?」


 慌てて言い訳をするように、沙耶は言う。 が、俺の顔を見て言った。 今のは嘘ではない、俺のことが心配で、こいつは見守ってくれていたんだ。


「まぁ良いけどさ……」


 ふむ。 しっかし、どうやら俺が話すことはないかもしれない。 試しにくだらないことを何度か言ってみたら「うん、知ってるよ」という答えが返ってきたし。 ちなみに聞いたのは今日の朝ご飯の内容と昨日の夜ご飯の内容である。 マジで常に傍に居たとか怖い。


「私は、びっくりしたな」


「ん? ああ、裏側になったときか?」


「いいや、そうじゃなくて。 心矢が、変わっちゃったことだよ」


「そりゃ……そか」


 そりゃ、変わるだろと言いかけて、俺は口を閉じる。 沙耶の死が原因だったのは事実で、真実。 でも、それをこいつの前で言うのは躊躇われた。 だけど、沙耶は続けた。


「私が死んで、心矢が変わった。 でも、これ言ったら怒られるかもしれないけど。 良いかな」


「言わなくても怒るから一緒じゃないか?」


「ひどいなぁ……まぁ良いか。 あのな、心矢が変わったこと、私の所為だって分かってたよ。 それで、私は少しだけ……嬉しかった。 心矢の中で、私の存在は大きかったのかなって思ってな。 ……悪いな、ひどいこと言って。 心矢は変わりたくて変わったわけじゃないのに」


 沙耶は笑っていう。 悲しそうな笑いで俺に向けて言った。 儚い笑顔、とでも言えば良いのか、こういうのは。 あまり、そういう顔はして欲しくない。 好きじゃねえんだ、そういうの。


「大きかったよ。 俺でもびっくりするくらいにな。 だから、また会えて良かったよ。 死んじゃったけど、それでも会えて良かった」


「……うん」


 しみったれた空気は好きじゃない。 でも、今はそれも良いと思う。 たまにはさ、こういう話もしておかないと。 心の中を吐き出していかないと、おかしくなっちまうから。


「私、頑張った。 心矢にいつか会うとき、胸を張って自慢できるように、一年間頑張った。 最初は本当に怖いと思ったけど、それでも頑張ったんだ。 今は、それが報われた」


「分かるよ。 お前、いつもそうだもんな」


 誰に知られるわけでもなく、誰に理解されるわけでもなく、そういう状況でも、結城沙耶は努力を欠かさない。 人知れず頑張り、人知れず努力をし、人知れず力になる。 俺はそういう沙耶の性格を知っている。


「俺は、頑張らなかった。 お前が居なくなって、死んじゃって、何もやる気が起きなかった。 お前とは正反対のことをしてた。 だから、一年間の差を埋めるために頑張らないとな」


「ふふ。 ああ、そうだ! だから、明日から頑張れ!」


「ちなみに俺は最低限のことしかしない。 それが俺の頑張りだから覚えといてな」


「……」


 俺の言葉に、沙耶がじっとりとした目を向ける。 侮蔑の眼差しだ。 キリっとした目付きでそれをやられると、変な性癖が目覚めそうになる。 やめてよもう。


「いや、だって俺ちゃんとした武器あれば負ける気しないし。 身に降りかかる火の粉を払う感じでね」


「……やっぱり心矢は心矢だな。 昔っから根本的なところではやる気なし、それに物草だよ」


 ……分かったからジト目をやめてくれ。 まぁ一年間剣なんて振ってないし、腕も鈍っているだろうから、その鍛錬は欠かさずやっていくけどな。 俺が言っているのは主にそっちの方である。 境界者退治とかぶっちゃけめんどくさい。 しなくて良いことはしなくて良い。 要するに大事なのはバランスだよ、バランス。


「そーいやさ、沙耶にも能力ってあるんだろ? お前はどんなことできるの?」


「んーそうだな……別に隠すことでもないが、聞かれると教えるのが惜しくなる。 ああ、それならばこうしよう、知りたければ、明日の仕事に付いて来い。 そうすれば教えてあげるというのはどうだ?」


「……気が向いたらな」


 あくびをしながら俺は言う。


 さて、今日はさすがにいろいろあったし疲れたな。 明日から……きっと……忙しく、なる。




「……ん」


 目を開け、天井を見る。 見慣れない木製の天井、俺は……ああ、昨日は確か、あのまま寝てしまったのか。


 いつの間にか布団に入り、熟睡していたようだ。 横を見ると、綺麗な青空から日が差し込んでいた。 この場所には覚えがある。 そしてその場所に居るということは、昨日のアレは夢ではないということになる。 とんでもないことになってしまったな、マジで。


「ねむ……」


 低血圧の俺にとって、朝は天敵だ。 起きてから十分ほどは布団の中でボーっとするのが日課で、そうしなければ快適な一日を送れないのだから仕方ない。 不便な体だけど、起動に時間がかかるのは仕方ないとしている。 この歳で体に既にガタが来ているな……朝になんの準備もなく起きれる人は尊敬してしまうよ。


 いつもなら、自分の部屋の匂いがする。 ほぼ蚊取り線香の匂いと言っても良いけど。 ああ、あれは案外良いものだ。 夏を感じさせる匂いで、冬にまでその匂いが染み付いてしまっているのは問題かもしれないが、俺は嫌いな匂いではないから結構心地良いんだよな。 畳の匂いなんかも好きだし、俺はひょっとしたら生まれる時代を間違えたのかもしれない。 古き良き時代に生まれたかったものだ。 そうすれば車に轢かれることもなかったしね。 現代文明は悪だな、うん。


 話が脱線した。 つまり俺は蚊取り線香の匂いが好きで、だが今日に限っては違う匂いがするという話だったな。 その違う匂いというのも美味しそうな食べ物の匂い。 一階で神城さんが何か作っているのだろうか? 喫茶店というくらいだし、食べ物も作るのは当然だと思う。 だからそう思ったのだが、次に目に入ってきた光景によってそれは否定される。


「沙耶?」


「お。 起きたか? 丁度良かった、朝ご飯を作っていたんだ」


「お前が料理を……? うっ……」


「なんで頭を抑える!? ひどくないか!?」


 沙耶は言うと、フライ返しでフライパンを叩く。 甲高い音が鳴り響き、俺は咄嗟に耳を押さえた。


 いやだって、料理なんてとてもじゃないがしようとしなかったお前が料理をするなんて。 不器用で雑なお前が普通に料理ができるレベルまで頑張っていたなんて。 思わず原因不明の頭痛がしてきたよ、俺。


「ま、冗談冗談。 一年も一人で生活してりゃ、料理のひとつくらいできるようになるよな」


「ふん、ひとつじゃない、沢山だし。 そう言うことを言う人には作ってあげないぞ」


 今度は俺の方に箸を向け、カチカチと鳴らして沙耶は言う。 頬っぺたに玉子焼きの欠片が付いているように見えるが、明らかにつまみ食いをした跡が残っているが、言ったら飯抜きもあり得るな。 ほんと、黙って大人しくしていればとても凛としているのに、動いたり喋ったりするとどうにも子供っぽい。


「おおわりぃわりぃ。 悪かったよ」


 こういう風に、当たり障りのない会話も随分久しぶりのことだ。 もう経験することがないと思った会話が、今ではとても安らぎを与えてくれる。 なんてことを考え、俺はようやく布団から出た。


「おはよう。 二人共起きているみたいだね」


「うぉお!? ちょっとマスター、いくらマスターが所有している部屋の一つと言っても、ノックくらいして欲しいんだが……一応女の子の部屋なんだぞ。 それも私の」


 面白い声を挙げたかと思うと、部屋の中を覗く神城さんに異議を立てる沙耶だ。 女の子の部屋という部分までは同意できるが、そのあとの「それも私の」という部分は、逆に価値を下げているように聞こえるぞ、気を付けた方が良いのではないか。


「うんそうだね。 それで柊くん、君にちょっと話があるんだけど、良いかな?」


 すげえ流したな。 沙耶はいつものことなのか、抗議の姿勢を見せるものの、それ以上何かを言おうとはしない。 神城さんの性格なのだろう、これは。


「俺に? なんですか?」


「うん」


 言うと、神城さんは手招きをする。 何かと思い、俺は着替えもまだのまま、言われるがままに付いていくことにした。 沙耶は「早くしろよ、料理が冷めるから」とだけ言い、俺を見送る。 沙耶の様子からして、もしかして内容は知っているのだろうか?


 そのまま神城さんは一階に降り、俺は不思議に思いながらも後に続く。 どうやら店内に向かっているわけではないようで、辿り着いたのは喫茶店の裏庭にある物置だ。


「えっと、確かこの辺に……お、あったあった」


「なんですか?」


 神城さんは物置を雑に漁りながら、目当ての物を見つけたらしい。 俺の方に向き直り、たった今、物の山から取り出したそれを俺へと差し出す。


「これ、昔使っていた物なんだけど、今じゃ本職は喫茶店だから。 僕には不要な物で、柊くんにはあったほうが良いと思うからね」


「……んっと」


 渡されたのは、細長い木箱。 紐で軽く縛られており、その蓋には『村正』と書かれている。


「妖刀村正。 名前くらいは聞いたことあるでしょ? 徳川家の者が次々と斬り伏せられた時、全てその村正によって斬り伏せられた。 血に飢え、人の血を求める刀……それがその妖刀村正だよ」


 重い声で神城さんは言う。 名前は確かに聞いたことがあるな……呪いの刀だとか、そんなような言い伝えがある妖刀だ。


「妖刀……なんでそんな物を?」


「武器がないと困るだろう? 幸い、その妖刀伝説が真実かでは定かではないけど、言い伝えによって真実とも取れるものになっている。 おかげで、境界者を斬り伏せるくらいならわけない代物だよ」


 確かに、その妖刀伝説は真実ではないという見方もある。 真相は謎に包まれており、誰も真実を理解しているわけではない。 だが、神城さんが言うには「そういう話が認知されていることが重要」とのこと。 つまり、真実ではただの刀だったとしても、妖刀という尾ひれが付いただけで、裏側で力を発揮できる代物になるということか。 伝承の力、とでも言えば良いのかもしれない。


「へぇ……そんな大層な物を俺が使っちゃって良いんですか? なんか、大切な物っぽいんですけど」


「そうでもないさ。 レプリカだしね、それ」


 レプリカかよ。 ……本当に効力あるのかな。 いざ戦うって段階のときに何の役にも立たないとかやめてくれよ?


「まぁ大丈夫。 レプリカと言っても効力は本物だよ。 事実、僕が扱っていたときは人を斬りたくて斬りたくて仕方なかったしね」


「余計持ちたくないんですけど」


「あっはっは、心配ないさ。 刀というのは、研いだ人の魂が染み込んでいる。 それが例えレプリカだとしても、込められた物は同じだよ。 その魂に飲み込まれない限り、ね」


 さすがに神城さんが言った「人を斬りたくて仕方ない」というのは冗談だと思うが、要するにこのレプリカの妖刀に込められた魂よりも強い魂を持てということか。 簡単そうで難しい話じゃないか、それ。 まぁだが、さすがに武器が何もないというのはマズイだろうし……ここは有り難く、神城さんの言葉を信じて預かるとしよう。


「ありがとうございます。 それじゃ、俺はそろそろ戻りますね。 あまり沙耶を待たせると怒られるから」


 朝とか特に。 家の外で待つあいつを待たせて、良く怒られたっけ。


「ああ、それともうひとつ」


 歩き出した俺の背中に、神城さんが再び口を開く。 俺は一度振り返り、神城さんの言葉を待った。


「アタッシュケースを持った男に気を付けなさい」


 その言葉の意味を俺が知るのは、もう少しあとの話である。

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