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死後のセカイへようこそ!!  作者: もぬけ
人を待つという話
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第十話

「みかん食うか?」


「はい! 頂きます!」


 俺の家へとやって来ている秋月は、こたつの中に入りみかんを頬張る。 既に着替えと風呂は済ませており、服は俺が持っていた適当な物……スウェットを着せたのだが、印象が随分異なるな。 やはり、秋月には着物が一番似合うということだろうか? どうにも違和感を感じてしまう。


「それにしても、このこたつは便利ですね。 ボタンひとつで暖かくなるとは」


「五十年前ならあったろ? 今のとは性能とか形も違うかもしれないけど」


「確かに、似たようなのはいくつかあったかもしれません。 ふふ、なんだか時間旅行をした気分です」


 時間旅行ねぇ……本当にそうじゃなきゃ良いんだが。 伊助さんも五十年間、あの神社に通い続けた忍耐力はすごいと思うが、こいつもこいつで五十年、あの神社に居たんだよな。 俺が生まれるよりもずっと前から、毎週土曜日に訪れる伊助さんを見守るために。


 そこで俺はひとつ、疑問が浮かんできた。 正面に座り、みかんを美味しそうに頬張る秋月にそれを聞いてみよう。 今日はもう時間も遅いし、どのみち秋月の着物を神社に持って行くのも明日だ。


「秋月は、伊助さんの後を付けたりしなかったのか? ほら、境界者だっているし、伊助さんが狙われるかもしれないだろ? 境界者とかのことは知ってるよな?」


「もちろん、存じております。 後を付けようと考えたこともありますが、しませんでした。 わたくしにとって、伊助様にとって、あの神社でしか会わないという約束は絶対のものなのです。 そこ以外で出会うことは、許されません。 わたくしと伊助様にとっての二人の場所ですから」


「そっか。 ま、四六時中付け回すよりはそっちのが良いだろうな」


 俺は苦笑し、とある奴の顔を思い出す。 俺のことを死んでから、四六時中付けていたというあいつのことを。 付けられる側としても、秋月のように節度を持った奴の方が良いな。 なんてことを失礼ながらに俺は思った。


「どうでしょうか、それは。 言い方ひとつですよ、柊様。 わたくしにはそれほどの情熱がなかったとも言えます」


「そんなことはないだろ。 今でも好きなんだろ、伊助さんのこと」


「……はい。 もう五十年余り、実らぬ恋、想い続ける恋慕でございます」


 言い、秋月は儚く笑う。 ああ、どうしてだろうか? どうして俺の周りにはこう、とても悲しそうに笑う奴がいるのだろう。 俺はやっぱり、そういう顔を見るのが嫌いだ。 笑うならもっと楽しそうに笑えば良いのに、悲しそうに笑う奴が多すぎる。 そんな矛盾が生まれている表情が、俺は嫌いだ。


「たった五十年だろ。 地球の歳からしたら大したことはない」


「……ふふ、それは少々無理矢理ではないでしょうか?」


「……ならあれだ、俺の父親は五十八歳だから……それよりも短い。 な? 俺の父親がまだガキの頃に想った恋ってことだよ。 それならほら、なんかいけるように思うような……気もしないか?」


「柊様、人を元気付けるときは、もう少し自信を持った方がよろしいと思います。 難しいことかもしれませんが」


 参ったな……いざ言葉にしようとすると、適切な言葉が出てこない。 たった五十年なんて気にするなってことを伝えたいのに、同じように五十年待ち続けている伊助さんも、お前と一緒だと伝えたいのに。 なんと声をかけてやれば良いのかが、分からない。


 俺がそうして言い淀んでいると、秋月はにっこりと笑う。 そして、たった今自身が皮をむいていたみかんをひとつ、俺へと差し出した。


「ですが、柊様の場合はお気持ちが伝わってきますので、大丈夫です。 これでもわたくしは商売をやっておりましたので、様々な人を見てきました。 その中でも、柊様は他にない、とてもお優しい心を持っております。 思いやり、身を挺し、人のことを想える人でございます。 ですので大丈夫ですよ、柊様」


 ……励ますつもりが、励まされるとは。 俺もいつしかこれだけ出来た人間になりたいものだ。


 俺は差し出されたみかんを受け取り、その身のひとつを口に入れる。 甘酸っぱく、暖かい味が口内に広がっていき、少々乾いていた喉が潤された。


「……実を言いますと、わたくしは心配なのです」


「心配? 本当に会えるかとか、そういうことか?」


「いいえ。 先ほどの続きとなりますが、柊様ご自身のことです。 柊様は他人を大切にできます、思いやることができる方です。 ですが、その人を思いやるということには、ひとつだけ例外があるのです」


 秋月は人差し指を立てる。 ひとつだけの例外とは、なんのことだろうか。 それよりも、俺はただ頼まれたことをやっているだけで、思いやるなんてこととは無縁だと思うぞ。 今回のだって、そもそも事の発端である伊助さんに付いていったことも、興味本位だったしな。 秋月はきっと、助けてくれた俺という存在を過大評価しているのだと思う。


「なんだ? その例外って」


「秘密です。 他人であるわたくしからお伝えできることは、ここまでです」


 冗談ではない言い方だ。 それに、秋月は冗談や嘘なんて吐くタイプではない。 恐らく言いたいのは、自分で気付けと、そういうことか。


 ……例外、例外。 確かに嫌いな奴の頼みなら聞かないかもしれないな。 俺を倒した柏だったり、前回のアレイスだったり。 そういう俺が嫌いな奴というのは、例外だ。 柏に関しては完全に恨んでいるだけだけど。 あいつはいつか絶対倒したい。


「ゆっくりで良いんですよ、柊様。 霊界師の寿命は存在しません。 ゆっくり、一歩ずつでも良いのです。 ただ、進む道だけは違えないようにすれば良いのです」


「進む道か。 そりゃあれだ、俺もお前も死んじまった時点で大分外れちゃっただろ」


「……ふふ、まったくその通りかもしれません」


 それから、俺と秋月は何も言わずに、ただ時間が過ぎて行くのを感じていた。 冬の日、こたつに入る下半身は暖かく、外に晒される上半身は少し寒く。 いつも一人のときはそうだったのに、今日に限ってはそれを感じない。 一人は寒く、冷たいものだ。 俺が経験した最悪の一年間は、ずっと寒かった。 それが今、霊界師となってからは嘘のように消えている。 俺の正面に座る少女、秋月葵も同じ気持ちを抱いてくれているだろうか?


 ……同じとは、俺も随分と傲慢なことを思うようになったものだ。 一年と五十年、その差は大きく、比べ物にもならないだろうに。 秋月が感じた寒さ、長い長い冬は、俺のそれとは比較することすらおこがましい。


 俺がこうして協力をすることによって、それが多少マシになってくれれば良いのだが。 秋月もそのように思ってくれていると良いな、なんてことを考える。 すると、それを読み取ったように秋月は口を開くのだ。


「ところで、柊様。 夕飯はなんでしょう?」


「おい、お前さっき食べてたよな? みかんを食べる前だぞ? 着替えたり風呂に入る前だぞ? 俺が貯めこんでたカップラーメン全部食ったよな!?」


 総勢十人に及ぶ小隊であった。 その十人は全員、化け物のような傭兵一人に惨殺された。 恐ろしや、秋月葵。 つうか、もしやこいつの頭の中は半分ほど食べ物のことで埋まっているのではないだろうか。 なんだか不安になってきたぞ。


「あれは夕前食だったかと思われます。 もちろん、お食事をご馳走になっている身なので我侭は言いませんが……」


 タイミング良く、秋月のお腹が音を立てる。 夕前食ってなんだ夕前食って。 まるで薬の服用時間みたいだな。


「わたくしも、一応は女の身なので……その、柊様にお腹の虫が鳴る音を聞かれるのは大変恥ずかしく……」


 頬を赤らめ、顔を両手で覆い、秋月は言う。 なんだその反応は! 俺まで恥ずかしくなるからやめろ! というかな、まずそれを恥じる前に丼を五杯も六杯も平気で食べるのをやめろと言いたい。 絶対にそっちの方が恥ずかしいだろ、女の身として。 つうか男でもそこまで食べる奴は滅多にいない。


「……さすがに時間が遅すぎるな」


「そ、そうですよね。 やはり、このままこの場所でお邪魔しても、わたくしとても睡眠を取れそうにないので……」


「このクソ寒い中、お前を神社に戻したら今度は俺が寝られなくなるんだよ……最終手段を使うぞ」


 それを聞くと、秋月は顔を覆っていた両手、その指の隙間から俺を見る。 不覚にも可愛いと思ってしまったが、そんなことよりも、これから訪れる災厄は避けようがないな……財布、持つかな。


「最終手段、ですか?」


「おう。 今の時代には、コンビニっていう超優れものの店があるんだ」


 現在時刻、夜十二時。 最近では、好んで霊界師を襲ってくる境界者の姿はない。 だからこの時間に夜に出ても問題はないだろう。 その判断により、俺は秋月を連れてコンビニへ赴くことにする。 もちろん、霊界師向けのコンビニに。

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