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死後のセカイへようこそ!!  作者: もぬけ
人を待つという話
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第八話

 さて、これからどうしようか。 唐突に秋月が別行動を取ろうとの提案をしたこともあり、一人での探索になってしまったが……一度、状況を整理しようか。


 今から遡ること五十年前、秋月葵は鬼道伊助と出会った。 毎週土曜日の日に神社で待ち合わせをしており、二人は恋仲と呼べる関係だった。


 だが、それも長くは続かず、二人の関係に勘付いた伊助さんの父親によって謀殺されてしまう。 ここで秋月が裏に来ることなく成仏していたら、彼女は知ることはなかっただろう。 自身が殺されたこと、秋月の望みは叶うことがなかったということ、そして。


 伊助さんが五十年経った今尚、毎週土曜日に神社で秋月を待っているということを。


 ただ単に伊助さんの足を神社へ運ばせなくするだけならば、方法は割りとある。 神社に繋がる階段を壊すこともできるし、神社自体を壊してしまうことも不可能ではない。 この神社は山の入り口に位置するから、やりようはいくらでもある。


 が、それでは駄目だ。 そんなことをしても伊助さんの気持ちは何一つ変わらない。 待ち続ける彼の願いはただひとつ、五十年という時間を埋められるのはただひとつ、秋月葵との再会だ。


 そのための方法を俺と秋月は探す。 霊界師として、一瞬だけでも良い。 表側の人間と出会える方法を。


「そんな夢のような話はないね」


「……やっぱり、そうですよね」


 俺が唯一頼れる相手と言えば、喫茶店のマスターである神城さんだ。 沙耶には相談したらすぐさま詳しい内容を話さなければならない流れになりそうだったし、ファンタズマの人らとは前回のこともあり、微妙に気まずい。 というわけで、俺は喫茶店を訪れ、神城さんに聞くことにしたのだが、返ってきたのは案の定な答えだった。


「だけど、僕が知らないというだけで知っている人はいるかもしれない。 実例がないわけじゃないんだ」


 神城さんは言い、一度店の奥へと姿を消す。 俺はその姿を見送り、出されたコーヒーに口を付けた。


『柊様』


「うおっ!」


 唐突に頭の中に声が響く。 声色からして、秋月のものだ。 これがあれか、秋月が一度だけ使えるという能力か。 どこにいても、いつでも意思の疎通ができるというもの。 そして、感情すらも感じられるというもの。


 ……今俺が感じるのは、どこか包まれるような感情だ。 暖かく、陽の光のような感情、それが秋月の声からは感じられる。


『すいません、驚かせてしまいましたね。 頭の中で意識をすれば会話はできます』


 言われ、俺は頭の中での会話に意識を向ける。 言葉として出さず、意識をするだけか。 ちょっと難しいか? てかこれ、もしかして考え事とかも読まれるのか?


 まぁ物は試し。 秋月に届くように意識して、会話か。


『……こんな感じか?』


『おお、さすが柊様。 お見事です』


 なんだか秋月が向こうで手を叩いているのが目に浮かんでくる。 褒められるというのは悪い気分ではないな。 秋月の場合はお世辞とかではないから、余計に。


『できているなら良かった。 んで、なんかあったか?』


『実は、少々。 意思疎通を試すという意味もありましたが……関係ないと思うのですが、思い出したことがありまして』


『思い出したこと?』


『ええ。 その昔、わたくしが生きていた時代の話なのですが、風のうわさで聞いたことがあるのです』


 秋月は言う。 少しだけ、その感情が揺れているように思えた。 動揺とは少し違うが……これは、焦りか?


『霊媒師の方のお話です。 なんでも、その霊媒師の方は霊界の方と会話ができるようで、自身に憑依させることもできたとか……それと、他には幽霊と出会った方のお話だとか』


『如何にもな話だな……それ。 胡散臭さが半端ない』


 俺の言葉に秋月は悲しそうにする。 的外れだったことが悲しかったのか、というかそれくらいは疑って欲しいものだが……きっとそれが、秋月の良い部分でもあるのだろう。 人を疑わず人を信じ続ける。 簡単そうで、それはとても難しい。 上辺だけの話でなく、心の中でも秋月は人を信じている。 それが、この意思疎通をしてからは良く分かる。 伝わってくるのだ、秋月の気持ちが。 陽の光のように暖かい感情が、痛いほどに伝わってくる。


「柊くん? 聞いてる?」


『うわっ!?』


『ひゃあ!?』


 あ、間違えた。 いかんいかん、これも慣れないと大変だな……というか大丈夫か。 なんだか痛いという感情が滅茶苦茶伝わってくるんだが。


「柊くん?」


「あ、あー、ははは……すいません、ぼーっとしてました」


『おい大丈夫か? なんか変な声が聞こえたけど』


『だ、大丈夫です……鳥居の上から落ちてしまいまして』


 それ、本当に大丈夫なのか。 さすがに実際に痛いということはないと思うが、衝撃だけなら結構なものだと思うぞ。 秋月が言っている鳥居ってのは多分、あの神社にある鳥居だと思うから……結構な高さあったよな、あれ。 というかそんなところに登るとか罰当たりか。


「お疲れみたいだね。 結城さんのことがそんなに気になっちゃった?」


「ま、まぁそんな感じです。 それで、それは?」


 にこにこ笑って言う神城さんの手には、何やら紙面のようなものがある。 随分古いもののようで、神城さんはそれを広げ、俺に見えるように置いた。


「蘇り?」


「そう。 昔の新聞だから信用性はないし、結局は幻だったって話で決着が付いている」


 そこに書かれている内容を簡単に表すと、昔亡くなった人が突如として目の前に現れ、そして消え去ったというもの。 その現象を目撃した人は亡くなった人の古くからの友人で、思い出話に花を咲かせたという。 しかしその後、跡形もなく友人の姿は消え、最終的にはその男が目撃した幻だったという話で終わっている。 そんな、どこにでもありそうな与太話だ。 多分、秋月が言っていた幽霊と出会った人の話とはこれのことだろう。


「その辺のオカルト誌と一緒じゃないですか? こんなの」


「そう思うのが普通だよ。 けど、僕らは裏側の人間で、それがオカルトではないことを知っている。 以前に言ったよね? 裏側で起きたことは表側ではそうあるものとして認識されるって」


 ……つまり、なんだ。 この如何にもな話は真実で、裏側で起きた霊界誌からの接触が、表側ではオカルトとして決着が付いたことになった、という話か? 確かにそう考えると、辻褄が合う気もしてくる。


 だが、裏側から表側に干渉する方法なんて本当にあるのか? 普通なら裏から表、表から裏には干渉できず、出会うことすらできないというのに。


「何かしらの方法があるということですか?」


「可能性はね。 僕が言ったのは、あくまでも対価とかなしでの話だよ。 対価を良しとするならばなくもない。 考えられるとしたら、生前強い想いを寄せていた物とか……思い出のある場所とか? そういう物や場所をうまく利用すれば、できないことはないと思うよ」


「本当ですかッ!?」


「すごい食い付きだね……けど柊くん、それは霊界師としての肉体を一瞬だけでも生前まで()()()()というものになると思う。 時空間を捻るというのは、周囲にも大なり小なり影響を与えるはずだよ。 たとえば、柊くんと近い関係にある結城さんとかね」


 周囲に影響を与える……恐らく神城さんが言っているのは、俺がそれをした場合の話か。 俺がそれらをうまく使い、表側の人と接触した場合、俺と近い関係にある沙耶に何かしらの影響が起こるという話だ。 なら、俺は聞かねばならない。


「それって、神城さんには何か影響が出るんですか?」


「分からない。 それは、本人、柊くんがどう思っているかくらいの曖昧なものになるだろうしね。 もしも柊くんが僕と結城さんを同じくらいの存在だと思っていれば、僕にも影響は出ると思うけど……基本として、影響が出るのは最も親しい人で間違いないはずだよ」


 ああ、それなら大丈夫だ。 もしも俺がやったとしても、影響が出るのは沙耶だけということだな。


「……なんだか失礼なことを考えられてる気がするなぁ」


 そんな神城さんの言葉を軽く流し、俺はもうひとつ気になっていることを尋ねる。 これもまた、重要なことだ。


「俺の両親とか、そういう生前に関係があった人たちには、影響は出るものですか?」


「それはない。 表は表、裏は裏、僕ら霊界師の世界で起きた出来事は霊界師の中で完結する。 逆もまた然り、それぞれがそこまで大きな影響を与えることはないって断言できるよ」


「そうですか、ありがとうございます」


 よし、それならば問題はない。 この方法で秋月が伊助さんに出会ったとしても、影響が出るのは恐らく俺になるはずだ。 ……あいつは神社から殆ど出ていないと言っていたし、頼れる奴もいないと言っていた。 なら、霊界師でも関わりがあるのは俺だけだろう。


 それなら全然問題はないな。 表側の人間である伊助さんにも影響は出ないし、俺が知らない秋月の生前の知り合いに影響が出ることもなし。 これで起きる問題はゼロ、むしろこの方法しかない。


『秋月、聞こえるか?』


『なんでしょうか?』


『方法が分かったかもしれない。 今は神社だよな? 行っても良いか?』


『……ええ、大丈夫です』


 なんだろう。 俺が知っている秋月ならば、ここは大いに喜びそうな気がしていたのだが……どうにも落ち着いている気がする。 伊助さんと会えるということが、嬉しくないのだろうか?


 そんな疑問を感じるも、当然聞くことなんてできず、俺はすっかり日が暮れた中、秋月が居る神社へと足を向けるのだった。

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