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死後のセカイへようこそ!!  作者: もぬけ
人を待つという話
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第七話

「おかわりお願いします!」


「……はいよ」


 俺と秋月はその後、定食屋を訪れた。 もちろん霊界師向けの定食屋で、俺は蕎麦を頼み、秋月はカツ丼を頼んで、食べ終わってひと息付いたところで秋月が「あの、大変言い難いのですが」と言い、内容を聞けばどうやら少し食べ足りないとのことで、俺は喜んでそれを承諾して、秋月は親子丼を頼んで……というのを繰り返し、今に至る。 ちなみに、今のおかわりで四杯目だ。 カツ丼、親子丼、天丼、中華丼……こいつはどれだけ食べるんだ。 その華奢な体のどこにそれだけの食べ物が詰め込まれているんだ。


「とても美味しいです! 柊様、わたくしとても幸せです!」


「そうか、そりゃ良かった。 で、話なんだけど……」


「あぁ!! 柊様、柊様、これはなんでしょうか!? この、ちょこれーとぱふぇというのはなんでしょうか!?」


 ……そして話が進まない。 俺は手早く伊助さんと会う方法を探したいのだが、好奇心旺盛食欲旺盛な秋月は様々なものに興味を示している。 この定食屋に来る途中でも、結構質問をされたしな。 遠くに見える巨大な建物は何か、とか。 空を飛んでいる巨大な鳥は何か、とか。 俺は特に不思議に思うことなく答えていたのだが。


「現代の物がそこまで珍しいのか? というか五十年くらい前なら普通にあったんじゃないのか?」


「歴史の知識はありませんが……柊木様が仰るのならば、恐らく、あったと思います。 思うのですが……わたくし、家業ばかりをしておりまして。 村から出たこともなく、学業もろくに学んでおらず、一般常識に乏しいのです……申し訳ありません。 霊界師となってからも、あの神社から殆ど、全くと言って良いほどに外には出ていないので……」


 なるほど、そういうことか。 昔のことは知らないが、千九百六十六年ならそんなものだろうか? 少しばかり不自然さを感じるものの、秋月の言葉に嘘はないだろう。 何より、こいつにそんな嘘を吐くメリットもないし、嘘を吐ける性格でもない。 ならば少々閉鎖的な村だったということか。


「そういうことか。 で、時間はあるのか? 秋月」


「わたくしのですか? もちろんです、柊様が問題なければ、いくらでも」


 そう言われ、俺は少し考える。 今回の問題はすぐに解決できることではない、それよりもきっと、動き回ることが大切だ。 伊助さんと秋月が出会える方法を探すこと、それを知っている人も、方法も探さなければならない。 なら、ここは案内も兼ねてというのが秋月的には良いのかな。


「街を見て回るか? 折角だし。 それにその分だと頼れる奴もいないんだろ?」


「……ぜひっ!!」


 そういうわけで、何かしらの発見があることを願いつつ、俺と秋月は街へと繰り出すことにしたのだった。




「はぁ……美味しかったです。 今の時代は、こんなにも様々なお食事があるのですね」


「……お前一体どれだけ食べるの? 今ので四軒目だぞ」


 最初に訪れた定食屋から、イタメシ屋、回転寿司、ファミレスという流れである。 一軒一軒が普通の食事並みの量を食べており、俺の財布をジワジワと攻撃してくるその姿は恐怖だ。 大人しい印象を受けてたから油断していたぞ。


「昔から、ちょっと食いしん坊だったので」


 ちょっと!? おい、聞き間違いでなければ今「ちょっと」と言ったか!? 断じてこれはちょっとで済む量じゃねえぞ!! こいつちょっとの意味を本当に理解しているのか!?


「おはぎをつまみ食いするくらいだしな。 んで、どこか気になるところとかあるか?」


「おはぎの話は忘れてください、柊様……。 あ、では、あそこはどうでしょう? あの、とても高い高いお屋敷は」


「デパートか?」


 秋月が指さす先には、この辺りで唯一のデパートがある。 結構な高さのそれに興味を示すのは必然か。 それに、確かあの屋上は展望台となっていたはず。 もしかすると何かの役に立つかもしれないな。


「でぱーと、というのですね。 わたくし、あのお屋敷に興味があります。 柊様、連れて行ってくださいますか?」


 見上げ、太陽の光を手で遮りながら、秋月は言う。 そして俺の方を向くと、まるで子供のような顔をしてそう言ったのだ。


「ああ、良いよ」


 ……ま、なんだかんだ言っても俺も楽しくはあった。 世間知らずすぎる奴に案内をするというのは、案外悪くないことだ。 一々新鮮な反応を見せてくれるのが楽しくて、もしかしたら伊助さんも秋月に物を教えているとき、こんな気持ちを抱いていたのかな。


「こういうことを言うのは失礼かもしれませんが」


「ん?」


 歩き出した俺の背中に、秋月が話しかけてくる。 俺は一度足を止め、振り返った。


 秋月は風によって流される前髪を右手で抑えながら、微笑むように笑う。 綺麗な笑顔で、俺に向けてこう言った。


「柊様は、どこか伊助様に似ております。 お優しく、わたくしが知らないことを沢山知っておられる。 そのようなところが、似ております。 ……伊助様はもう少し、言葉遣いこそ丁寧でしたが」


「……お前、ひと言余計だって良く言われない? ま別に俺も丁寧な言葉遣いだなんてしようとしてないから良いけど」


「勿体無いですよ、柊様。 お顔立ちはとても整っているのですから」


「それはどうも。 でも、現代だと俺みたいな顔は女顔って言うんだよ。 良いことじゃあない」


 今まで何度、女と間違われたことか。 全然嬉しくないんだよ……損はあっても得はない、一々「男だ」と伝えなければいけない手間もあるしな。


「女顔、ですか。 女性のような顔ということですよね? そう言われてみれば、確かに……あ!! 柊様、良いことを思い付きましたっ!!」


 俺の元へ駆け寄り、俺の両手を秋月は握る。 なんだなんだ、というかちけえよ。 いつになく興奮した様子だが……話の流れからして、その思い付いた良いことに俺は嫌な予感しかしないからね。 絶対駄目な流れだよこれ。


「わたくし、先ほども申し上げたように、あの神社に住んでいるのですが……どうやら衣装が何着かそのまま残っておりまして、わたくしはサイズが少々合わないものの、和服があるのです。 もし良ければ、それを着てみませんか?」


「絶対女性物じゃねーか! 嫌だよ!」


「むう……それは残念です、とてもお似合いだと思うのですが」


 こいつの場合、冗談とか馬鹿にしているとかそういうのではなく、大真面目にそう言っているのだから尚更タチが悪い。 素の感情でそう言ってくるからな……。


「絶対着ない。 そいや、和服と言えば秋月が着てるのってあれか? えーっと……小紋? とかいうのか?」


 その流れはさすがに断ち切らせてもらおう。 俺は会話を和服繋がりで流すことにした。 今日仕入れたばかりの知識をふんだんに使って。


「これですか? これは紬ですね」


 秋月は首を傾げ、右腕を上げる。 落ち着いた感じの黒を基調とした和服は、秋月の顔立ち、雰囲気ととても合っていた。 そして俺が仕入れた沙耶からの知識は完全に役立たずだったようだ。 あの野郎め、全く使えない奴だな。


「紬? なんかまた新しいのが出てきたな……悪いな、和服には詳しくなくて」


「ふふ、すぐに見分けられる方の方が珍しいですよ。 柊様が仰った小紋というのは、後染めのものを言います。 白糸で織り、その後に柄や色を染めるのです。 わたくしが着ている紬と呼ばれるものは、染糸を使って織り、それで模様を描くのです。 手間暇は紬の方がかかるような感じですね」


「へえ……おお、本当だ。 良く見れば分かるようになってるんだな」


 顔を近づけ、秋月の着物に触れる。 確かに糸で模様が描かれており、これを一着作るのに一体どれほどの苦労があるのだろうか。 うう、考えるだけで寒気がしてきたぞ……俺は着物職人には向いてないみたいだな。


「あの、柊様。 とても、言い難いのですが……あまり、女性の体を触るのは……そのですね」


「え? ああごめん! ついつい、あははは」


「……いえ、別に構わないのですが。 少々気恥ずかしいです」


 うん、俺も恥ずかしい。 こんな道端で同年代くらいの女性の着物をべたべた触り、更に顔を近づけて見ていた状況だったからな。 俺の身近にいる恐ろしい奴らに見られたら、セクハラだと殺されているところだ。 危ない危ない……。


「……これは、父親に贈って頂いた宝物なのです。 柊様には、宝物はございますか?」


「俺か? 俺は……そうだな……」


 あれ。


 俺、そういえば何もないな。 大事にしている物も、誰かから贈られた物も、何一つ。 大切だと、これだけは宝物だと、そう言えるものが何もない。 俺には、そういうのがなかった。 秋月が心底嬉しそうな表情で言う宝物というものが、俺にはない。


「あーっと、まぁ……そのうちな」


 俺はそのことがなんだか恥ずかしくも思ってしまい、適当なことを言い、歩き出す。


「柊様、柊様」


 だが、俺が顔を逸らし歩き出すのを見て、秋月は無理矢理俺の前へと回り込む。 そして俺の右手を両手で取り、訴えかけるように口を開く。


「配慮が足らず申し訳ありません。 ですが、大切なものがないということは、恥じることではありませんよ。 それは、これから見つけていけるのですから。 それに……わたくしは、柊様には既にあると思っております。 柊様が気付いていないだけで、わたくしのよりも綺麗で、美しいものがあるのだと思いますよ」


 俺が気付いていないだけで、俺には既に宝物がある?


 ……秋月の言葉の意味は分からなかったが、こいつはどこか確信しているように言った。 周りから見たら、それはもしかしたら思いの外分かりやすいものなのかもしれない。 なんてことを思いつつ、口を開く。


「ま、それを今年……二千十六年の抱負にでもするかな。 宝物を見つける、宝物に気付くってのを」


「え……ええ、そうですね」


 俺の言葉を聞いた秋月は、何故か一瞬だけ目を見開いた。 そして小さく、呟くように言う。 俺は何か妙なことでも言っただろうか? 俺から抱負という言葉が出てきたことに驚いたのか? 確かに抱負とか考えたことは全くなかった俺であるが。


 ……結構失礼な奴だな、こいつ。


「柊様、もし良ければ、これから別行動で探索をしませんか? やはり二人で一緒によりも、手分けをした方が良いかと思うのです」


「お前が良いなら俺は構わないけど、お前を一人にするのってなんか不安だな」


 ろくに神社から出ていないと言っていたし、今日はそろそろ日も暮れる。 日が暮れれば当然、境界者も姿を出してくるだろう。 秋月自身にどれほど戦闘能力があるかは未知数だが……正直不安で仕方ない。


「それでしたら、いざというときは助けをお願いします」


「もちろんそれはそうだけどさ、秋月は携帯とか持ってるのか?」


「……けいたい? けいたいとは、一体なんのことですか?」


 だよな。 そりゃ知らないし持ってるわけがないよな。 一応聞いたのだが、返ってきたのは案の定って感じの答えだ。


「連絡ができる機械だよ。 遠くにいても、いつでもどこでも連絡がすぐに取れる機械」


「ぉおおお……そんなものがあるのですね、それは是非とも見てみたいですが……その点でしたら、問題はありません」


 秋月はにっこりと笑うと、両手を俺に向け、差し出す。 そして「お手をお借りしても宜しいでしょうか?」と、落ち着いた口調で言った。


 俺は意味も分からずに、右手を秋月の両手へ重ねる。 秋月は優しく、丁寧に俺の手を両手で持ち、甲を上に、手の平を下に向け、続けて言葉を口にする。


「意思通ず。 繋がり持ちしは朝暮なり、思い立つは二人の者、立志、邁進(まいしん)、殉じ殉ずる夢想なり。 彼の者は想い、描き、繋ぎを求む。 彼の者は想い、描き、繋ぎを求む。 人繋ぎしは泡沫(うたかた)の夢、人繋がりしは必然の(ことわり)。 繋がり繋げ意思たちよ」


 そして、秋月は俺の手の甲へ口付けをする。 その瞬間、何か熱いモノが眼球の奥底、脳内に響いた。


「なんだ……?」


「わたくしの能力です。 これで、わたくしと柊様は繋がりを持ちました。 故に、意識をすればいつでもどこでもお話ができます。 柊様が先ほど仰っていた、けぇたい……? というものと同じということです」


「おお……凄いな。 何かと便利そうな力かも」


 電池も要らないみたいだし。 気になるところがそこな辺り、俺も所謂現代っ子というやつなのだろう。 携帯の電池は二十パーセントから信用してはならない。 八十パーセントはまだ安心だ。


「意思の共有ですので、そのときの感情も理解できます。 もしもそれが嫌でしたら、いつでも切ることはできますので」


「いや、良いよ。 俺は思ったことそのまま言ってるし、困ることはないな」


「それでしたら幸いです。 何分、一度しか使えない能力だったので」


「一度……一度!? おい、お前その一度って!」


「霊界師として一度しか……という意味ですが、どうかされましたか?」


 おいおい……そんな一度きりの力をどうして今使った。 まぁ使える場は限られるし、確かに今使うのが適切だったのかもしれないけど。 そんな一度の力を俺相手に使うなんて、呆れを通り越してしまうぞ。 寄りによって俺相手とか、一番意思を共有しても意味がない相手じゃないのか。 口から駄々漏れだしな、俺の意思。


「後悔しても知らないぞ……」


「はい、大丈夫です。 本来でしたら、内容としては婚約者に対して行うものなので、伊助様には内密にして頂けると助かります」


「……」


 俺、十七歳にして不倫相手となってしまったようである。

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