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死後のセカイへようこそ!!  作者: もぬけ
人を待つという話
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第六話

「知られてしまったのです。 わたくしと伊助様がこの場所で会っていることが」


「……それで?」


 それで、仲を裂かれるだけだったなら、まだ良かった。 だが、鬼道家の当主は伊助さんにバレないように秋月を呼び出し、こう告げたのだ。


 神社の裏手にある山の頂上、そこにある社にひとつの石が置かれているから、それを取って戻って来いと。 もしも無事に取って帰ってきた暁には、二人の仲を認めても良いと。


 そんなことを言われれば、秋月が出向かないわけがない。 その日の内に支度をし、山の頂上へと向かう。 道は険しく、荒れていた。 それでも秋月は伊助さんのため、自身のために登り続ける。


 葉で腕は切れ、足は切れ、荒れた道は体力を奪い、そこから来る疲労と痛みが体を蝕む。 だが、伊助さんのことを思えば苦ではなかった。 朝から向かい、頂上に付いたのは昼を少し回った頃で、このペースならば日が暮れるまでには戻ることができる。 問題視はしていなかった、むしろたったこれだけで良かったのかと疑問を抱くほどに。


 疑うことはない。 純粋で、人を信じ、人の良いところを見る秋月が、人の本当の悪意を目にするのは、最後のことだった。


 気付けば、倒れていた。 意識は朦朧としていて、何が起きたのか理解ができない。 本来だったらそこで、終わるはずだった。 秋月の意識は消え、同時にこの世からも消え、何も分からずに終わるはずだった。


 しかし、秋月は目を覚ます。 山の中で、真実を目撃する。 複数の男が自分の体を運ぶ姿、後頭部から血が流れている自分の姿、その中に鬼道家の当主が居たということも、会話から自分が殺されたということも。 ただ邪魔だった、話しても分からないのであれば仕方ない、ただの村娘が。 そんな会話を聞いたという。


 全てを理解し、秋月はそれでも人を恨まない。 悪意を知っても、それは人の所為ではないという。


「分不相応のことを望み、果たそうとした罰なんです。 わたくしと伊助様では、身分が違いすぎました。 わたくしは愚かだったんです」


 そう言い切る。 自分が悪いと、自分だけが悪いと。 それほどまでに人を愛せる人間が、どうしてこうも悩まなければならないのだろうか。 死して尚、五十年もの間、苦悩しなければならないのだろうか。


「唯一の失敗は、伊助様にわたくしの死を伝えられなかったことです。 だから伊助様は、今もこうして」


 伊助さんの方を見て、秋月は言う。 その言葉は、本気で言っているように思えた。 本気で、伊助さんが未だに毎週土曜日、なんの疑念も抱かずに、なんの想いも抱かずに、ただ秋月の死を知らないというだけの理由で来ていると。 こいつは疑わず、そう思っている。


「それさえ伝えることができれば、伊助様はもうここには来ないと思うのです。 わたくしが死んだと知れば、来る必要もありませんから」


「本気で言ってるのか、それ」


 だから、腹が立った。 俺がムカついたところで仕方のないことかもしれない。 意味のないことかもしれない。 でも、伊助さんの気持ちだけは勘違いをして欲しくはなかった。 それだけは、疑って欲しかったんだ。


「……柊様? 怒って、おられますか?」


「怒っちゃいない。 ただ、頭に来たんだよ。 お前、本気で伊助さんがそれだけの理由で来ていると思ってるのか。 お前が死んだことを知ったらぱったりと来なくなると思っているのか」


「そのはずです。 毎週土曜日にだけ、一時間だけお会いするという約束だったので。 来れないわたくしを待ち続けているのです、伊助様は」


 駄目だ。 俺も結局、大概な性格かもしれない。 言わずにはいられず、俺は立ち上がり、秋月の方を見て、口を開く。 柄にもなく、怒鳴り散らすように。


「……ふっざけんなッ!! 秋月、人はたったそれだけのために、何年も何年も人を待つことなんてできねぇんだよ! 俺みたいにたった十分程度でイライラする奴だっているし、どんだけ我慢強くても数時間が限界だろうがッ!! それを五十年も毎週毎週待つ奴の気持ちが分からねえのか? たったひとつの約束だけが理由で、五十年も待ってるって言うのか? お前が死んだと知ったら来なくなると、本気で思ってるのか? お前のその考え方は、伊助さんの気持ちを裏切ってる、踏みにじっている。 鈍感で馬鹿な俺にも分かるぞ、そのくらい。 伊助さんは、お前に会うために待っているんだろ。 好きな奴のために、いつ来ても会えるように、五十年も待ち続けているんだろ。 だからな秋月、伊助さんはお前に会えない限り、ここに来なくなるなんてことはねえんだよ」


 伊助さんの気持ちは分からない。 でも、その気持ちはそんな簡単な言葉で片付けて良いものでは絶対にない。 五十年という月日、毎週毎週待ち続けた人の気持ちをたった数行の言葉で表されて堪るか。 土曜日に会う予定だったからというだけの言葉で終わらせてやるものか。 これはお節介かもしれないし、余計なお世話だと俺自身でも思っている。 だけど、話を聞いてしまった以上、協力すると約束した以上、最後まで責任を取ってこそだ。


「お前のやり方は間違ってる。 お前がするべきことは、そんなことじゃない」


 秋月は何も言わず、俺の言葉を聞いていた。 自分がしようとしていることを考えているようにも見えた。


「伊助さんに会うんだ、秋月。 無責任な言葉だけど、そのやり方は一緒に考えよう。 それが分かるまで、俺も付き合うからさ。 それこそ、何年経っても構わない」


「柊様……わたくしは。 わたくしは、自分本位だったのでしょうか。 伊助様の気持ちは、わたくしが思っているほど軽いものではなかったのでしょうか。 伊助様は、わたくしに会いたいのでしょうか。 五十年も会わず、約束を無視し、裏切っていたわたくしに、未だ会いたいと思っておられるのでしょうか」


「思ってるよ。 本当に大切な気持ちってのは、たった五十年で薄れるものではないだろ? お前が一番良く分かってるんじゃないのか」


 ま、そう言う俺は五十年も待ったことはないけどな。 それでも、一年間は待ったことがある俺だ。 あの一年間の中で、俺の気持ちが少しでも薄くなることは一切なかった。 だから、分かる。 伊助さんの気持ちが、五十分の一程のものかもしれないが、それはゼロではないんだ。 それに、確証もできている。


 秋月を見て、秋月の話を聞いて、確信できた。 伊助さんのことをこれだけ想っている奴がいて、想われている伊助さんの方もまた、これと同じかそれ以上の気持ちを抱いているはずだと。


「……ありがとうございます、本当にありがとうございます。 柊様は、本当にお優しいのですね」


 ……優しい、俺が? それはあまり考えたことがなかったが、果たしてどうなのだろう。 人から言われたこともないし、そう思ったのも初めてだ。 というか、生きていたときはまともに話していたのって沙耶くらいだったからな。 こっちの世界だと否が応でも人との関わり合いは必然となるから、俺も学ぶことが多いものだ。


「となれば、その方法だな。 そもそも、霊界師が表側の人間に会う方法ってあるのかな。 秋月はなんか聞いたことあるか?」


「……」


 秋月は右手を顎に当て、考え込むような素振りを見せる。 霊界師として生きている時間は、秋月の方がよほど長い。 何かしらのヒントでもあれば良いのだが。


 しかし、数秒悩んでいた秋月の方から、何やら可愛らしい音が聞こえてくる。 俺と秋月はその音によって顔を見合わせ、また数秒の沈黙が訪れる。


「……先、なんか食べるか」


「お恥ずかしいところを……」


 俺の言葉に、秋月は恥ずかしそうに顔を逸らす。 腹が減っては戦はできぬ、良い言葉だ。 時刻は丁度一時過ぎ、気付けば伊助さんの姿もなくなっている。 そういえば俺も朝からご飯を食べていなかったっけ。


「では、わたくしは一度食事を摂ってきますので、また後ほど」


「ん? 一緒に食べないのか?」


 秋月の提案は少々効率が悪いと思い、俺は言う。 どうせ今日は方法探しの日になるのだから、その話し合いも含めて一緒にご飯は食べた方が良さそうだが。


「……わたくし、全てをこの神社で過ごしていたので。 その、あまり人様にお話することではないのですが。 ええと、ですね……手持ちが少々心許ないと言いますか、なんと言いますか」


 着物の裾を掴み、秋月は言う。 そこまで恥ずかしそうに言われると、俺は悪いことをしている気分になってくる。


「ああ、なるほど……。 世知辛い世の中だもんな、今は。 ま、その点なら心配要らない。 昼飯くらいなら奢るよ」


「本当ですかっ!?」


 おお、やけに食い付きが良いな……少し怖いほどに。 まぁでも喜んでくれるのならそれはそれで良いか。 俺も今現在は結構手持ちもあることだし。


 というのも、前回のアレイス討伐である程度の報酬が俺の元にも来たのだ。 本来であれば受諾主であるレイラのところに入ったお金だったのだが、レイラが「やったのはあなたです」と言い、全部俺へ渡そうとしてきたんだ。 が、俺も俺でレイラのおかげだと思っていたから断って、しかしレイラは渡そうとしてきて……なんて押し問答を繰り返し、最終的には山分けということで落ち着いたのだ。 そのおかげもあり、今は結構潤っている。 殆ど神城さんに生活費として渡しているけどな。


「いつも野草を採って食べていたので、まともなお食事は久し振りです……ああ、楽しみだなぁ」


 一人、遠い場所を見つめながら秋月は呟く。 やべぇ、なんか涙が出てきそうだ。 けれどそこまで喜んでくれるのなら、俺も奢り甲斐があるというものだ。


 その数十分後、俺は秋月にご飯を奢ったことを後悔することとなる。

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