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死後のセカイへようこそ!!  作者: もぬけ
人を待つという話
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第四話

 遡ること五十年前の出来事だ。 秋月葵と鬼道(きどう)伊助の昔話を始めよう。 予め話しておくと、これは秋月の話を聞いて、そのときの気持ちを聞いて、俺が感じた俺目線の昔話である。 伊助さんの気持ちは分からないし、その詳細は秋月でも知り得ないだろう。


 ともあれ、そんな昔話を始めよう。 今ですら少々田舎だと感じるこの辺りは、五十年前は田んぼと山、そして少々の住居、屋敷しかなかったという。 そんな昔の風景を思い浮かべながら、二人の出会い話を、ゆっくりと語らせてもらおう。


 ……しかしそれにしても、鬼道という珍しい苗字であるが、聞き覚えがあるようなないような気もしてくる。 そんな疑問も、この話を聞いている内に解けていった。




「葵、あんた今日の分は?」


「作ってあるよ、お母さん。 台所の戸棚」


 秋月の家は、言ってしまえば庶民……という家系だったらしい。 今ではあまり想像ができないが、昔は家柄は特に重要で、生まれ落ちたその瞬間に、ほぼ全ての人生が決まっていると言っても過言ではない。


 秋月はそんな庶民の家の生まれで、家業である和菓子を作り、生計を立てていたとのことだ。 十八になった秋月は、特に今の生活に不満を抱いていたわけではない。 真っ直ぐ、純粋で、穢れが全くないと思わせるほどに綺麗な性格をしている彼女が、不満を口にするわけはない。


「そんじゃこれ、鬼道さんのところに届けに行って」


「うん、分かった。 行って来ます」


 あまり人が多いとは言えない村だったものの、秋月の家はそれなりの収入を得ていた。 だが、それでも庶民は庶民で、周りよりは多少良い、くらいのものだったらしい。 その理由というのも、羽振りがいい常連客がいたとのことで、そのおかげでというのが大きかった。


「緊張するなぁ……」


 胸に手を当て、秋月は息を整える。 俺からしたら、秋月が緊張するというのがあまり信じられる話ではない。 でも、それにはちゃんと理由があった。


 とどのつまり、鬼道の家は一帯の大地主だったというわけだ。 誰も頭が上がらない、そんな影響力を持っている家系が、鬼道の家となる。 村とも言えるそこを取りまとめ、鬼道の家から敵視されれば、その村では当然暮らせなくなってしまう。 そんな大きな影響力を持っているのが、鬼道家というものだ。


 俺には経験がないからなんともだが、要するにお偉いさんのところに出向き、注文を受けていた和菓子を届けるというのが、秋月の役目だったらしい。 出向くならば年寄りよりも若者、それも見た目美しい秋月が一番打って付けということで。


 秋月本人としては、気が進むものではなかった。 絶対口に出すことはないが、重要な役目過ぎて肩が重かったんだ。 鬼道の家が嫌で、というわけではない。 万が一にでも自分が失敗をした場合、親族や村の人達に何かの不運があるのではないか、と心配をしてしまう。 そういう思いがあったからこそ、そのときの緊張は半端ではなかったらしい。


「……お前、本当にめっちゃ性格良いよな」


「ええと、そうでしょうか? わたくしよりも、柊様の方が余程、性格は良いかと思いますよ。 こうして、わたくしの面白くない話を真剣に聞いてくださってますし」


 面白い面白くないで考えてはいないが、俺の方が性格が良いということだけは絶対にないだろう。 お世辞と捉えられなくもないけど、秋月は意外にもお世辞は言わないとのことだしな。 素直な気持ちが大切、らしい。 その時点で性格面では完全敗北している気しかしない。 いや、性格面で『も』か。


「アンケートでも取るか? どっちの性格が良いか。 俺は秋月の方に賭けるぞ」


「では、わたくしは柊様の方に。 ふふ、何をお賭けするのですか?」


「そうだな……あ、じゃあ俺はこれにするよ」


 言い、俺は腰に下げている刀を指さす。 人から貰った物を賭け台に乗せるという暴挙だ。 ほらな、俺の方が間違いなく性格は悪いだろ? 俺に敵う奴などいないのだ。


「駄目ですよ、柊様。 それは、柊様の大切な物なのでしょう? わたくしにはとても、万が一勝てたとしても、それを受け取ることはできません。 柊様、ご自身の大切な物はご自身で守らなければいけないのです。 わたくしが受け取ったとしても、柊様の大切な物を守り切れる自信はございません。 例え柊様が無理矢理にでもその刀を賭けるというのであれば、わたくしには降参するという選択肢しか残されないではないですか。 もしもそれが狙いだったのでしたら、柊様のその聡明さに感嘆の声を漏らしてしまいそうですが……」


「分かった、分かったよ、秋月。 今のは冗談だから、大丈夫だから……これ以上言われると、人間でいるのが恥ずかしくなってくるからやめて……」


 半分くらいは冗談だったのだが、ここまで説教をされると俺の性格が不安になってきて仕方がない。 これはあれだな、秋月と性格面で合うには、同程度の性格の良さがなければ辛いものがあるな。 自分が如何に矮小な存在かというのを思い知らされる……俺はどうして生きているんだろう。


「何か、お気に障りましたでしょうか? 申し訳ありません……」


 秋月はとても申し訳なさそうに頭を下げる。 いかん、これ以上この話を続けると俺の存在価値に疑問を抱いてしまいそうだ。 そこまでいくとさすがにヤバイので、俺は昔話の続きを促すことにした。


「大丈夫大丈夫。 それより、さっきの続きが聞きたいな。 えっと、確か鬼道さん……伊助さんの家で良いんだよな? その家の前まで行ったところだっけか」


「はい! その通りです。 それで、わたくしがいつも通りに鬼道様の家を尋ねると、普段ならば使用人の女性の方が出てくるのですが、その日は違ったのです」


「なるほど。 ってことは、出てきたのが伊助さんだったってことか。 当たった?」


 俺が言うと、秋月は一段と笑顔で頷いた。 クイズをしているわけじゃないとツッコんで欲しかったが、秋月にはどうやらユーモア精神がないらしい。 しかし、そのときのことを思い出しているのか、幸せそうな顔は綺麗なもので、秋月の心を表しているようにも見える。 俺はそんな表情を見て、今日この日、このために時間を割いたことは悪くなかったかもしれないと、そう思った。


「こんにちは。 わざわざありがとう」


 秋月がいつも通りに門前で待っていると、現れたのは若い男だった。 年齢は自身と同じほどで、端正とは言えない顔立ちだったらしいが、爽やかな印象を受けたという。 最初に思ったのは、この人は一体誰だろう? というもの。 そのあとに思い浮かんだのは、新しい使用人の方、というものだった。


 当時の秋月は未だ世間知らずな部分もあり、まさに俺のように思ったことを口に出す、ということをするときもあったらしい。 つまり、それは。


「初めまして。 新しい使用人の方ですか? わたくし、秋月葵と申します」


「あれ、使用人に見えちゃう? あはは、参ったな……俺、一応ここの一人息子で、鬼道伊助って者なんだ。 よろしく」


 秋月の言葉に、伊助さんは怒ることはなかった。 頭を掻き、自慢気にということもなく、誇らしげにということもなく、むしろそれは逆で、少々恥ずかしげに言った。 それを聞いた秋月は数秒固まり、やがて口を開く。


「た、たた、大変失礼しましたッ!! もうし、申し訳ありませんッ!! 切腹致しますッ!!」


 和菓子は丁寧にその場に置き、地面へと膝を付き、頭を下げる。 そして涙目になりつつも、自身の愚かさを恥じながらそう言ったという。 それは咄嗟の言葉で、今思えば動揺しすぎて意味の分からないことを口走っていたとのこと。 秋月がそんな風になるなんて、その時代の大地主、名家は余程の影響力を持っていたのだろう。


「いや、そこまでしなくて良いし、頭も上げてくれよ。 誰にでも間違いなんてあるし、大事なのはその間違いを活かせるか、だからね。 秋月さん、俺の名前は覚えてくれたかな?」


「も、もちろんです! 鬼道様、鬼道伊助様ですね。 このご恩は一生忘れません」


「そこまで重い話でもないんだけど……まぁいっか。 秋月さん、口というのは災いを招く、口に出せば言い逃れはできなくなる。 けれど、人の言葉は人を導くことも、宥めることも、教えることも、落ち着かせることもできるんだ。 ほら、落ち着いたかな?」


「……はい。 お見苦しいところをお見せしました、申し訳ありません」


 少し、違うと思った。 秋月が知っている鬼道家の人とは違うと。 その感覚が新鮮で、余計に興味を引き出した。 しかし、秋月と伊助さんの関係はあくまでも「売り手と買い手」でしかなく、身分の差は「村娘と大地主の息子」というもので、気軽に話をできるわけがない。 昔の人と人との関係は、今よりも余程複雑だった。


「伊助、何をしている」


 横からの声に、秋月は視線を向ける。 そこに立っていたのは初老の男性で、秋月はひと目見ると慌てて頭を深く下げる。 その人物が誰か、知っていたからだ。


「父上。 秋月さんのところから、和菓子が届いておりましたので」


「……」


 伊助さんの言葉に、父親は秋月を睨みつける。 すっかり萎縮してしまい、このまま睨み殺されるとすら思い、その場に嫌な空気が少し流れたのを感じた。 が、それはあまり長くは続かず、父親は門の中へと歩き出す。


「そのような者と無駄話をするな。 暇などないぞ」


 そう言われた言葉だけが、秋月の頭の中へと残っていた。

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