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死後のセカイへようこそ!!  作者: もぬけ
俺が死んだという話
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第二十話

「最初はよぉ、そいつがあまりにも必死で俺様に突っかかってくるから、境界者を足止めして話を聞いてやったんだよ」


「……沙耶が?」


 依然、アレイスはポケットに両手を突っ込んだまま、自らの神具であるパンドラに足を乗せたまま、続ける。


「そうとも。 俺様優しいからよぉ、聞いてやったんだよ。 テメェはどうして俺様をそこまで恨むんだってな。 だってそうだろ? 見ず知らずのガキにウゼェ絡み方されて、俺様超可哀想じゃね?」


 その理由を沙耶が語ったのか。 一見して、とても話をまともに取り合わなさそうなこの男に。


 ……なんとなく、そのときのイメージが頭に浮かんでくる。 あいつは馬鹿だから、怒りに任せて言ったんだ。 言わざるを得なかったんだ、自分がどれほどの怒りを持っているかを。 そのくらい、十年以上一緒に居たんだから分かる。


「したらよ、ふふ、ふははッ! 心矢を殺したのは貴様だな、とか。 私の親友を傷付ける奴は許さない、とか。 女が死んでテメェがどれだけ悲しんだとか語りだして……ひゃは、笑っちまうよな? 今時そんな友情ごっこなんて流行らねえっての。 クセェクセェことを延々と語りやがってなぁ……ひゃはは。 んでちょっと俺様ムカついちゃって、言ったんだよ」


 アレイスは続ける。 その間、風は止んでいた。 冬の冷たい空気だけが、辺りに満ちている。


「それでも親友と同じ霊界師になれたなら幸せだろ? だから感謝して欲しいくらいだってな。 それに死ぬ前もテメェの話を聞く限り、死んでたようなもんじゃねーかって。 まさにその通りだろ? テメェはそれを良く分かってるんじゃねーか? 柊つったか」


 同じ霊界師となれて、幸せか。


「……ああ、そうだな。 お前の言う通りだよ、アレイス」


 そのことに関して、俺はきっと何も言えない。 アレイスの言っていることこそ、事実なのだから。 少なくとも、俺は死んだことによって沙耶に会え、そして死ぬ前は……アレイスの言ったように、死んだようなものだった。 思ってしまうんだ、そういう風に。 感じてしまったんだ、幸せだと。 沙耶に会えて、良かったと。


「だろぉ? なのにその女は「心矢のことを貴様が語るな、心矢は私が死んでからの一年間、一瞬足りとも死んではいない。 死のうともしていない。 私のことを覚えながら、前を向いてはいなかったかもしれないが、ずっと忘れずに生きていた」とか言ってたぜ。 あーやべぇ、思い出して笑っちまうよ」


 そんなことを沙耶が、言ったのか。


 間近で見ていたあいつが、俺のことを一年間見続けていたあいつが、俺のことをそう言ったのか。


 沙耶が死んでから、周りの人間は極力俺に関わらなくなった。 教師も、同じクラスの奴らも、家族でさえも。 俺から一切の気力がなくなり、その扱いはまるで幽霊だったかのようだった。 そして、それは俺自身も思っていたことだ。 沙耶が死んだあの日、俺の心は死んだのだと。 そう、思っていた。 こう言ってしまえば誇大な表現になるが、俺と関わった全ての人間がきっと、そう思っていたに違いない。 柊心矢は死んだ、と。 結城沙耶の死に巻き込まれ、共に死んだと。


 だけど、違った。


 その中で一人だけ、俺のことを生きていると言った奴がいた。 それが、今アレイスの口から聞いた、沙耶の言葉だ。 あいつは、酷い状態の俺を見ても尚、生きていると言い切った。 性格が変わってしまった俺に対して、何事に対する気力もなくした俺に対して、唯一努力していた剣道を辞めてしまった俺に対して……()()()()()と、言ってくれた。


 一体俺は、どれだけあいつに救われるのだろう。 そんな生きている俺を殺したアレイスだからこそ、沙耶は怒りの感情をそのまま行動に移したんだ。 俺が思っていたのは結局、自分都合のことでしかなかった。 俺は死んだことによって、沙耶に会えて幸せで、そのことだけ見れば、沙耶も幸せだったんだと思う。 だけど、そこには俺が殺されたという事実があって、俺はそれに対してどうでも良いと思ってしまって。 それは、俺が俺自身を死んでいると認識していたからで。


 けれど、沙耶はそこが違ったんだ。 生きている俺が、希望を全て失くした俺が生きていると言って、そんな生きている俺だからこそ、沙耶は殺されたことに怒ったんだ。


 ……大体、俺は毎回気付くのが遅すぎる。 あいつのこと、未だに半分も理解できていないのかもしれない。 その反面、沙耶は俺のことを理解していてくれて。


「最高の友人だな、お前は」


 背後でレイラによって抱えられている沙耶に向け、俺は言う。 そんな最高の友人のために出来ること。 俺がすべきこと。 それは。


 沙耶の想いを汚した奴を斬り伏せることだ。 これは俺のためではない、沙耶のための戦いだ。 俺は殺された仇を討つのではない、沙耶の想いを踏みにじった奴を討つんだ。 それだけを考えろ。 そのためだけに、刀を振るえ――――――――。


「ああ? なんかやる気に溢れてんな、テメェ。 俺様の感動話が心に染みちゃったか? ならお礼のひとつでも言えやオラ」


「感動? 馬鹿言え、てめぇのくだらねぇ話は聞き飽きたんだよ」


「減らず口なガキだな。 言ったろ? テメェじゃここにはこれねーんだよ。 霊界序列すら持たないゴミに、この俺様が怪我の一つでもすると思ったか? あんま図に乗るんじゃねえぞ、クソ野郎」


 笑いながら言うアレイスに向け、俺は顔を向けて言う。 決意は固まった、想いも固まった。 後は、成すべきことをするだけだ。 久し振りに、頭に来たな。 心の底から腹が立ったのは、本当に久し振りだ。


 ――――――――親友を馬鹿にされて、黙ってなんていられるものか。


「斬られる覚悟はできたか? アレイス」


 左手に持っていた刀を握り締める。 右手を広げ、俺は村正でその手の平を軽く斬りつけた。 少量の血が流れ、俺は村正を水平に持つ。


「お前の動きは全て見切った」


 右手から流れる血を刀へ。 刀の腹をアレイスへ向け、刀の縁から沿うように血を塗り付ける。 村正は赤く輝き、一つの神具へと昇華する。


 俺の神具は、自らの血だ。 その血だけでは神具を創り出すほどの力が今の俺にはない。 だが、限りなく神具に近いものを昇華させることはできる。 俺の血を吸い、本来の力を吐き出せ。


「この一刀は人のためのものだ。 俺が守るために振るう一刀だ。 手抜きも油断も慢心もしねぇ、だからてめぇも全力で来い。 今から俺はこの一刀に全力を捧げ――――――――てめぇの全力を斬り伏せる」


 左手に持ち直し、刀を振るう。 刀身は赤く染まり、霊気は倍以上に膨れ上がる。 一つの神具として、一つの刀として、俺の体となれ。 俺の意志を貫き通せ。


「……心象具現型か? 霊気の格も量も桁違いか。 へぇ、随分珍しい神具を持ってんだな、お前。 けどよぉ、ただのナマクラが神具になっただけで何が出来る? 俺様を斬り伏せるとは、笑いも取れやしねえぞ」


 アレイスは雰囲気の違いを感じたのか、ようやくその両手をポケットから取り出した。 俺のことを真っ直ぐに見つめ、警戒心を高める。


「見切ったって言っただろう。 お前の攻撃は当たらない、てめぇの攻撃は俺に届かねぇ」


「は、ははは、はっはっはっはっは!! 上等だ。 来いよ、柊。 少しは楽しくなってきたぜぇ!!」


 アレイスは右手で俺を手招きする。 それを受け、俺は一歩、踏み出した。


「どうせここには辿りつけねぇ!! その刀しかねぇテメェにはなッ!」


 再び、アレイスの前方に無数の光弾が出現する。 今度は必要ない、この眼の能力は。


「ぬるいな。 せめて百は用意しろよ」


 感覚はかつてないほどに研ぎ澄まされていた。 眼を使わずとも、光弾の位置、速度、軌道が見える。 こんな感覚、今までに感じたことはない。 集中し、確固たる意志を持ち、目の前にいる敵を叩き伏せるべく、俺の体の中を流れる血が、全身に行き渡っている。


「ガキがッ!!!!」


 アレイス自ら手をかざし、光弾を生成する。 驚いたな、あのパンドラを使わずとも、アレイス自身でも作成できるのか。 これが、アレイスの本気というわけだ。 作成された数は五十ほど、パンドラのも含めれば、数は百を上回る。 全てが俺に向け放たれ、当然神具ではないアレイスのものは速度に違いがあるが、逆にそれが優位に働いている。


 だが、抜けられない量ではない。


「質量も、速度も、威力も、レイラのと比べたら全然足らねぇっつってんだよ。 ナメんじゃねえぞ」


 道は見えた。 アレイスの元まで、最短で駆け抜ける道が。


 まるで迫撃砲のように放たれる光弾の雨を躱し、俺はアレイスの元へ駆ける。 十五メートル、十メートル、八メートル、六、五、四、三……来るか。


 予想通り、俺の速度に合わせたかのようにアレイスの前方一メートル、その左右に光弾が出現した。 このまま突っ込めば間違いなく命中する。 俺が今速度を上げようとも、計り知れない可能性を持った神具の予測攻撃のタイミングをズラすのは不可能。 ならば、俺が取るべき方法は。 レイラならば、関係なしに叩き斬るだろう。 沙耶ならば、接近せずともあの弓がある。 ならば俺は、積み重ねてきたこの一刀で超えてやる。


 沙耶の方法、レイラの方法、そのどれも当てにはならない。 俺ができる方法は、逆を取れば俺にしかできないこと。 今この瞬間、感覚の全てを刀へ向けろ。 体の一部の如く、切っ先から柄、その全てを感じろ。 動きを見ろ、眼で見るのではなく全身で視ろ。 手を馴染ませろ、手に持った一振りというわけではなく。 俺の全てをこの刀に乗せろ。


「……」


 最後の一歩を踏み出し、俺は跳んだ。 止まることは、もうできない。


「さよーなら、新人霊界師クン」


 アレイスは笑い、俺に告げる。 俺はその言葉を流し、左手に持っていた刀を両手で持つ。 左手は柄へ、右手は刀身へ。 刀を横に持ち、全神経を村正へと集中させる。


 全ての組織を刀へ。 指先の皮膚まで研ぎ澄ませろ、精神を極限まで研ぎ澄ませろ、全ての感覚を一つにッ!! 一瞬でも良い、コンマ数秒だけでも良い、俺の全てを刀と同化させろッ!!


 ――――――――汝の心は即ち刀、汝の腕は即ち刀、汝の想いは即ち刀。


心刀体刃(しんとうたいば)ッ!!」


 刀の感覚が伝わってくる。 冷たく、重く、鉄の塊を体で感じる。 俺の腕はその瞬間、一振りの刀へと変わった。


「な、まさか……テメェ」


 刀の先に熱を感じる。 刀の柄頭に熱を感じる。 それを見ずに、感覚だけで俺は刀を支え、受ける。


 その瞬間は、全ての時間が凝縮されたようなものだった。 俺が生きてきた全てを乗せ、俺が今出来ることを全て乗せ、己の限界まで力を引き出す。 九十九では駄目だ、百を引き出し、それを叩きつける。 そうしなければ、俺は必ず後悔する。 たとえそれで凌げたとしても、こいつを倒すことができたとしても、だ。 俺は沙耶の想いを守るために、全力を出すッ!!


「ッ!!!!」


 アレイスの顔は、驚愕に満ちていた。 アレイスの神具、パンドラが最後に放った最後の防衛線。 絶対的な自動防御、そして対象を確実に仕留める攻撃。 進めば死に、退けば終わりが見えなくなる。 そういう狙いで、それこそが目的の最終防衛ラインだ。 つまり、それが突破された際には酷く脆い。 突破されるということを想定していない以上な。


 光弾は刀の切先に当たる。 柄頭に当たる。 俺はそれを刀を柔らかく動かし、逸らす。 数ミリ、数センチの軌道は誤差ではない。 光速、かつ膨大な出力を持って放たれる光弾の誤差は、結果を見れば不発になるのだ。


 左からの光弾はまず、柄頭から柄へ。 そのタイミングで俺は刀を前方に回転させる。 そして次に、それを押し出す。 その動作に誤差はなく、ただひとつの間違いもないと確信した。 柄頭に沿った光弾は斜め前方へ、俺へ当たることなくトンネルの壁を打ち砕く。


 同様のことが、右からの光弾にも起きた。 右からの光弾は後ろへ逸れ、同じく壁を打ち砕く。


「よお、届いたぜ、てめぇの喉元に」


「……クソが、クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがァああああああアアアアアアッッ!!!!」


 アレイスは激怒、焦燥、不快、そして恐怖が入り混じった表情をする。 ここまで来てようやく、こいつは心の底の感情を吐き出した、吐き出させた。 そしてその乱れは、アレイスの行動を束縛する。 人はどこまで行っても感情によって行動を起こし、感情によって支配されている。 それが乱れたとき、咄嗟のことには確実に反応はできやしない。


「終わりだ」


「う、ぐ……かはッ」


 アレイスの体を左上から右下へ、真っ直ぐと斬り付け、俺はアレイスの背後へと回る。 そして静かに刀を鞘へと収めた。


「お……おれが、おれさま、が……あり、えねぇ。 こんな、ことが」


 血を吐き出し、斬られた箇所から溢れ出る血を抑えながら、アレイスは膝を着きながら俺の方へと顔を向ける。 最早、勝負は決まった。


「くそ、が……」


 言い、アレイスはその場に倒れ込む。 そして、数秒後にはその体を光が包み、辺りに飛散した。 その場に残されたのは、アレイスの所有していた神具、パンドラ。 それだけが残り、体全体の力が一気に抜けた。


 その場に座り込む俺の顔に、いつの間にか夜が明けたのか、太陽の光が当たる。 それがとても眩しく、しかし生きている実感を感じ、俺はゆっくり、ゆっくりと肺の中にある空気を吐き出し、しばしの休憩を取ることにするのだった。

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