第十九話
「上等じゃねえか、ゴミが。 序列も持たねぇゴミが、まともに戦ったことすらねぇゴミが、調子にノッてんじゃねぇぞ。 思い出したぜぇ、テメェのその生意気な面。 俺様に一度ボコされてるガキじゃねーか。 ひゃはは、そんなゴミが今更どーしたよ? 勘違いでもしちまったか? 霊界序列五十八位の俺様に喧嘩を売るとはよぉ……ひゃは、ギャグだとしたらおもしれえが、マジだとしたら笑えねぇぞ、ガキ」
「――――――――グダグダうるせえよ。霊界序列だかなんだか知らないけど、そんな大事か? 俺は、いつかレイラを倒す。 あいつは霊界序列一位なんだろ? なら、たかが五十八位のお前に負けるわけにはいかないな」
その言葉がアレイスの中での最後のストッパーを外した。 アレイス自身、恐らく霊界序列に誇りを持っていたのだろう。 それを汚され、踏みつけられた。 俺でもきっと、そんなことをされたら少しイラつきはするだろうさ。
「ぶっ殺す」
「おう」
これだ。 この本気と本気のぶつかり合いがたまらないんだ。 お互い一瞬の油断もせず、気を抜かず、最後の最後まで勝負に勝つために全力を出す。 そして、ここから先は俺が知らない戦い。 だからこそ、この瞬間が楽しいと感じてしまう。
アレイスの前方に光が生成される。 これがどうやらアレイスの神具か。 同時に放たれる光線は、正確無比に対象を狙い撃ちにする。 そして速度も生半可なものではない。 厄介だな。
「テメェはタダじゃ殺さねぇ。 焼かれ貫かれ苦しみながら死にやがれ」
アレイスが乱雑に踏みつけているアタッシュケースから、更に光が生まれる。 なるほど……あのアタッシュケースこそ、アレイスの神具。 神具には様々な形があると神城さんは言っていたが、こういうのもあるってことか。
「行くぞ」
最終的に、俺の前方には五十ほどの光が生成された。 そして、その向こう側にいるアレイスを斬るためには全ての攻撃を避けなければならない。 この世にできないことは存在しない、故に全てが可能だと仮定する。 その前提で進めよう。
見切り、見定め、身躱す。 全ての出来事には始まりと終わりがある。 始まりを以って物事は起き、終わりを以って物事は帰結する。 ならば、その始まりを見極め、予測を立てる。
光弾とでも表現すればいいのか、視認できる範囲で数は五十三。 先ほどレイラに放った速度を考慮し、五十三発の弾が千五百から二千キロの速度で俺へ向けられている。 直撃すればただでは済まないのは当然として、掠りだけでもかなりの威力を受けるだろう。 刀で軌道を逸らすことはできなくもないが、耐久面での不安は拭えない。 とすれば、選択肢は一つ。
目を瞑り、開く。 全ての動きが速度を落とし、世界の流れが緩徐になる。 その中で俺は、アレイスに向け、踏み出した。 この体感速度を極端に落とす能力は、使い続けることはできない。 眼から繋がる脳の神経、この力はそれだけを開放し、不必要な情報は極力遮断する。 聴覚、嗅覚の能力は著しく低下はするものの、人間が窮地に陥ったときだけに見えるモノを任意で使えるというのが、この力だ。 ……全部、レイラの受け売りだけどな。
だが、もちろんそれなりの負担はかかる。 一度や二度じゃ早々起きはしないが、使い続ければ一時的に目が見えなくなることもあり得るとのこと。 脳が持つ力を無理矢理に引き出すのだから、それも当然だろう。 肉体と違い、精密機械にも近い脳を使う力だからこそのデメリットというわけだ。
「……視えた」
俺がその数秒の猶予で見つけるのは、道筋だ。 レイラのときと同様、全てを避けられる道筋を見つけること。 あとはそれに沿い、タイミングを合わせて動くのみ。
また一度目を瞑り、開く。 世界は同時に速度を取り戻し、時の流れは再び始まる。 放たれるは五十三の光弾、文字通り一撃必殺のそれは、果てしない威力と共に俺目掛け放たれる。
「ッ!」
地面を蹴り飛ばす。 一発目は俺が最初に居た地点へと着弾した。 地面が抉れ、煙が上がる。 だが、怖気づいている暇はない。
更に速度を上げ、二発目を回避する。 ズレはなく、完全な読みは寸分も違わない。 更に避け、高速で降り注ぐ光の雨を高速を以って回避していく。 自分の動きで酔いそうにもなりつつ、俺はアレイスへと迫る。
が、そこで少しのズレが起きた。 俺の動きと光弾の動きが噛み合わない。 想定していたよりも明らかに目に見て分かるズレだ。
……速度が足りていないのか? いや、そうだとしたらそのズレに気付くのは攻撃が俺に当たってからだ。 数が多い所為ですぐに決められはしないが、そう考えて良いだろう。 そして、そこで戸惑っていたらそれこそ勝てる勝負を捨てるも同然だ。 ここは、アレイスの神具による攻撃速度よりも、俺が地を蹴り移動する速度の方が上回っていたと捉えるべき。
ならば、好都合。 道筋の簡略化、既にアレイスとの距離は数メートル、ここからならば。
「覚悟しろッ!!」
俺は叫び、最後に力を入れて地面を蹴る。 一際大きな力が働き、地面が少しの陥没と共に、俺を前へと押し出す。 アレイスとの距離が、一気に縮まった。
「まさか避けるとはな、俺様の想定を上回りやがった」
アレイスはそれを見るものの、ポケットに突っ込んだ手を動かそうとはしない。 諦めか、そうだとしたらそれこそ俺の想定以上だよ。 お前がそこまで潔い奴だったなんてな。
刀を強く握りしめ、俺は宙を掛ける。 アレイスを斬り伏せるために、沙耶のために。
「ハッ」
だが、アレイスはそこで笑った。 俺の右足は地面へ着いており、最後の踏み切りをするべく、力は全て右足にかかっていた。 光弾は最早撃ち尽くし、次の発射までにはタイムラグがある。 よって、その攻撃はあり得ない。 ならば、こいつはどうして笑った? 諦めか? それとも。
「馬鹿正直に突っ込んでくるとは、頭がわりぃなオイ」
言葉と同時、俺の左右に光が生まれる。 まさか、この速度でも反応されるのか。
「堪らないねぇ、殺せると思って希望が生まれたその顔が、一瞬で絶望に変わるのは。 ひゃははは!」
先ほどの違和感は、これか。 俺の速度がアレイスの神具の速度を上回っていたわけではない。 敢えて、アレイスはそうしたんだ。 こいつはわざと俺に懐に入らせた、俺の『勝てる』という希望をねじ伏せるために。 全てが罠だったということか。
「……ッ」
俺は即座に左足を地面へと着ける。 そして、ほぼ全力の速度を打ち消すために、全ての力を左足へとかけ、方向を後ろへと無理矢理に変える。 足の筋肉、骨が軋む音が耳にまで届き、激しい痛みを感じ、少量の血が足から噴き出す。 直後、何もしなかったら俺が居るべき場所に、二発の光弾が放たれた。
爆音と共に、トンネルの両壁に大穴が空く。 これがあいつの狙いだ。 場所、地形、位置、その全てがアレイスの思惑通りに運び、俺はそれに乗せられていた。 霊界師同士の戦い、霊界序列五十八位という肩書は伊達ではないな、さすがに。 見た目とは裏腹に、しっかり考えてやがる。
「あっぶねぇ……」
顔では余裕を見せ、俺は小さく笑う。 だが、深刻なのは足の方か。 未だに痛みは続いており、恐らく足の細かい骨は折れていてもおかしくはない。 幽霊が怪我をするってのもおかしな話だけど、霊界師の力ではあり得ること。 それは、神城さんにも沙耶にも良く教えられたことだ。
「テメェじゃ俺様の元には絶対これねーんだよ、アホ。 このパンドラは所有する霊界師に絶対防御の壁を作る。 たった今テメェが見たようにな。 ひゃは、後は精々なぶり殺されるのを眺めるとするぜ」
絶対防御、か。 まさにその通りだろうな。 あの左右からの攻撃が、最後にして絶対の防御。 あれはアレイスの意志ではなく、神具の意志によって執り行われる攻撃だ。 俺の動きを自動で察知し、俺の速度を自動で解析し、そのまま突っ込めば確実に当たる距離で放たれている。 フェイントも効かず、遠距離での攻撃を持たない俺にとって、天敵と言っても良い。
「随分お利口さんな神具だな。 頭が足りなそうなお前にはピッタリだ」
「ああ、良いぜ良いぜぇ。 そうやっていつまで強がってられんのか、俺様はここで見といてやるよ。 それともアレか? 後ろでただただバカみてぇに見てるクソガキにまた助けてもらうか? ひゃはは! 良いぜそれも。 自分で何も守れないテメェにはピッタリだからよ」
「……」
その通りだよ。 俺は何も自分で守れていない、その結果が現状だ。 だから、これ以上レイラの手を借りるわけにはいかない。 それに、レイラも俺を助ける気なんてのは全くないだろう。 あいつがここへ来た理由は、俺を助けることではなく、俺の意志を尊重するということなのだから。 俺が未だにアレイスとの一騎打ちを望んでいる以上、あいつが手を出してくることはない。
だから、俺が俺一人でやるしかない。 現状、あの神具の通常放たれる光弾は避けることはできる。 それも対象を狙い澄ましたものではあるが、沙耶の弓のような必中の攻撃ではない。 単純に動いて回避さえすれば、当たることはない。
厄介なのは、最終防御線とも言える左右の光弾の方だ。 アレイスが壁側ではなく中央に立っている時点で、絶対防御を突破しなければアレイスを斬ることは叶わない。 そして、そこにはどれほどの速度を出したとしても、反応されると考えて良い。
……足の状態的に、いけるとしてもあと一回。 次が文字通り最後の攻撃ってわけだ。
「ま、休みてぇならゆっくり休んどけ。 俺様はいずれ霊界機関に殺されるだろうしなぁ。 テメェがそんな腑抜けならって話だが」
「安心しろよ、ちゃんとお前は俺が斬ってやる」
「ハハッ! 大事な大事な親友が死んで、一年もボケてたテメェがか? 笑わせんなよ、ガキ」
アレイスは心底馬鹿にしたように笑う。 だが、その言い方も、その表情も気にはならなかった。 俺が引っかかったのは、どうしてアレイスがそれを知っているのか、ということ。
「ああ、なに? そこでオネンネしてる女が教えてくれたんだよ、馬鹿正直にさ。 ひゃは」
アレイスは言い、一際愉快そうに笑う。 そして、俺に向け、言葉を続けた。