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死後のセカイへようこそ!!  作者: もぬけ
俺が死んだという話
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第十八話

「おいおいおいおい、なーに遊んでんだよ? テメェそれでも霊界師か? ひゃっはっは!!」


「この……ッ!!」


 視界に入ってきた光景は、体のあちこちから血を流しながらも戦う沙耶の姿だった。 弓を持ち、車一台分ほどの狭い道路を必死に走り、トンネルの上へ座り見下すアレイスを相手に、全力を出しながら沙耶は戦っている。 しかし、その相手はアレイスではない。 沙耶が戦っている相手は、トンネルの前に立ちはだかる異様な外見となっている境界者だ。 ただでさえ異様な見た目のそれが、まさにこの世の怨念をかき集めたかのような風貌になっていた。


 通常の境界者よりも手足は人間に近くなっており、その四肢は巨大だ。 かつ、左右でその大きさは異なっており、不均衡な体となっている。 更に、体全体を覆う黒い影のようなものにはところどころ眼球が付いており、ひとつひとつが意思を持ったかのように蠢くそれは、得体の知れない恐怖を感じさせる。 成長した境界者は、これほどまでに化け物なのか。


「くそ……」


 沙耶は光矢を放つ。 それは境界者の腕に現れていた眼球の一つに突き刺さるが、驚くべきことにその傷は瞬時に再生された。 膨大な量の不幸をかき集めた境界者は、まさに力も強力というわけだろう。 沙耶が撃った矢は消え、吸収されたかのように取り込まれる。


「柊」


 横でレイラが俺の名を呼ぶ。 今、俺とレイラの姿は認識されていない。 レイラの能力、名称は『彼の者は孤独であった(アインザームカイト)』というらしく、そのレイラ自身の力は、自分自身の存在を限りなく薄くするというもの。 これが、俺が最初に見たときレイラが使っていた力だ。 視認されている状態からでも霧のようにまで薄めることができ、視認されていなければ、相手に気付く要因を与えない限り気付かれることはほぼない。 言ってしまえば透明になれるようなもので、現在レイラに触れている俺はその力を共有できている。 そのことから、レイラが俺に伝えたいことはすぐさま理解できた。


 今ならばアレイスに認識されることなく、仕留めることができると。 気付かれることなく、俺の刀によって殺すことができると、そう言っているんだ。 確かに現状、それが最善と思われる。 アレイスの奴は沙耶一人を相手にしているというだけあり、油断しきっている。 自らは一切動かず、トンネルの上に座り、境界者との戦いを見学しているだけだ。 この状態ならば、背後からでも真横からでも正面からでも、アレイスに一撃を加えることは容易い。 優先すべきは、沙耶の命だ。


 けれど、それで良いのか。 レイラの力を借り、ここに来るまでも沢山の借りを作り、最後の最後までそれに甘え、助けてもらい、救われて良いのか。 俺は今回、一体何をした? そして一体、誰の所為でこうなった? 全て、俺の責任ではないのか? 俺がちゃんと対処していれば、沙耶をここまで窮地に追い込むことはなかったはず。 あいつはどうせ「突っ走った私が悪い」と言うだろうけど、その原因を作ったのは俺だ。 そして、切っ掛けを作ったのはアレイスだ。


 ならば、ならばこの問題は俺とアレイスの話でしかない。 沙耶にもレイラにも、これ以上借りを作るわけにはいかない。 関わり合った人間として、友達として。 だから、俺が出す答えは決まっている。


「悪いな、迷惑かけた。 もう大丈夫だ」


「そうですか、分かりました」


 レイラは俺の答えが分かっていたのか、小さく笑うと、繋がれていた手を離す。 その瞬間、アレイスから発せられる殺気が俺の体に突き刺さった。 認知される、認識されるということは、それを一様に受けるということ。 沙耶はずっとこんな空気の中、一人で戦っていたんだな。


「あーん? テメェどっから沸いた? つうか誰、お前」


「悲しいな、忘れられてたなんて」


 アレイスはすぐさま俺に気付き、その顔を俺へ向ける。 心底愉快そうに、まるで新しいオモチャを手に入れた子供のように。 その反応が、アレイスという霊界師を物語っている。 こいつは、俺と沙耶をただで帰すつもりなんてない。 ここで殺しに来る、そんな雰囲気を感じる。


「心矢……? お前、どうしてここに」


「俺のセリフだぞ、それ。 また勝手に考えなしに突っ走りやがって。 少しは俺のことも考えてくれよ」


 地面に膝を付き、肩で息をしながら沙耶は言う。 その言葉に、俺は自分のことを棚に置きながら返した。 一番人のことを考えていない考えなしは、誰がどう見ても俺だろう。 先を全く見ず、目先のことしか見ていない。 だから、こんなことになってしまったんだ。


「仕方ないだろう!? 私は、私は……!」


 沙耶は珍しく取り乱し、言葉を続けようとする。 が、不意にその姿が影に覆われた。 月と少しばかりの街頭だけで辺りは暗かったが、それすらも覆う影だ。


「ア――――――ァアアアアアアアア!!」


 言葉にならない声で、境界者はその大きな手を振り上げる。 沙耶にそれを避ける体力はない。


「はっは! その化け物はテメェらの涙ぐましい会話を待たねぇってよ! 精々頑張れ、虫ケラくんども。 ひゃっはっはっはっは!!」


 不快な声を聞きながら、俺は腰に下げた刀を持つ。 正直な話、この刀で境界者の攻撃を防げるかは分からない。 今まで何度か境界者は斬ったものの、今回のこいつはそれとは比べ物にならない霊気を纏っている。 俺が持っている村正は所詮、伝承だけで成り上がった仮の神具でしかない。 それも、本物ではなく偽物。 一体どれほどやれるかは不明瞭でしかない。


「ッ!」


 だがやるしかないだろうよ。 足に力を入れ、腰の刀を軽く握る。 距離は問題ない、一歩で縮められるほどのもの。 そう思い、俺が地を蹴ろうとしたその瞬間――――――――境界者の体は真っ二つに引き裂かれた。


 裂かれた箇所は再生せずに、光となって霧散する。 あれほどまでに強力に思えた境界者が、ただの一撃で絶命した。


「……なんだ?」


 その光景を見て、アレイスは呟く。 先ほどの馬鹿にしたような声色とは違い、低く落ち着いた声だ。


「申し訳ありません、柊の良いところを奪ってしまいました。 ですが柊、あなたが戦うべきはこっちじゃないので良いですよね?」


「レイラ……お節介だな、お前も」


 てっきり、既に見学に徹していると思ったんだけどな。 さっき借りをこれ以上作らないと決めたばかりだというのに、そんな俺の決意すらあっさり真っ二つにしやがって。 ほんと、嬉しいよ。


「……はは、ハハハハハハハ!! おいおいテメェは覚えてるぞ! テメェのその金髪、碧眼、生意気な態度、忘れやしネェ!! よーやく会えたぜクソガキよぉ!!」


 言うと、アレイスはトンネルの上から飛び降りる。 戦力だったはずの境界者がいなくなったというのに、動揺は微塵も感じられない。 やはり、自身の強さに疑いがないのか。


「はて、誰ですかね? 人違いではないでしょうか」


「テメェ……この傷、この声、この姿、忘れたとは言わせねえぞッ!!!! 五年前にテメェがやったこと、俺様たちにしたこと、今ここで償えクソガキッ!!!!」


 アレイスからは果てしない怒りを感じる。 人一人にこれほど恨みを買われるということは、早々ない。 そして、その怒りを真に受けても平静を装うということもまた、異常なことだと俺は思った。 率直に言えば、恐怖を感じたのだ。 それはアレイスにではない、レイラに対して。


「身に覚えはありませんが、そこまで言われるとなんだか悪いですね。 ふふ、ごめんなさい。 これで良いですか?」


 レイラは笑って、まるで駄々をこねられ、理不尽な謝罪を求める子供を宥めるように言う。 当然、それを聞いたアレイスが納得するわけもなく。


「決めたぜクソガキ。 テメェは一度じゃ済まさねぇ、十回でも百回でもぶっ殺してやる。 テメェのその白い肌を少しずつ削いで殺してやる。 その青い目をくり貫いて殺してやる。 脳みそごと髪を引きちぎって殺してやる……クソガキがぁアアアアア!!!!」


 怒りに身を任せ、アレイスは続ける。 手に持っていたアタッシュケースを地面へ落とし、その蓋を足で開く。


「神具展開、焼き殺せ刺し殺せ貫き殺せ――――――――災厄の箱(パンドラ)ッ!!!!」


 同時、異変が起きた。 アレイスの背後に、無数の光の輪が出現する。 ざっと見て数十ほどか、その光は回転するように動き、やがてその中心から光の弾が一斉に、甲高い音とともに放たれた。


 その全てはレイラへ向けて、銃弾ほどの速度で迫っていく。 あっという間にそれは着弾し、すぐ傍で爆撃が起きたかのような風と熱風、そして土埃によって視界が奪われる。 何よりマズイのは、レイラ自身ではない。 あいつなら、恐らくこの攻撃ですら凌ぐことは容易いはず。 だが、沙耶は――――――。


「柊、あなたが守ると言ったんですから、しっかり守ってくださいよ。 まぁ戦いながらというのは酷ですので、今回だけは特別ですからね」


「ツンデレかよお前は。 悪いな、助かる」


 背後から聞こえた声に俺はそう返す。 沙耶はどうやら力尽き、気を失っているようだ。 そんな沙耶を肩に担ぎ、涼しい顔をしながらレイラは数歩、後ろへ。


「おいクソガキィ! まさか霊界序列一位のテメェが逃げんのか!? はっ、程度が知れるぜ、所詮ガキっつうことか」


「壮大な勘違いですね、ゴミ。 今回あなたと戦うのは私ではないですし、そんなでしゃばりでもないんですよ。 私はこれでもおしとやかな女性ですので。 なので、もしもあなたが柊に勝てたらお相手をしてあげますです。 五回も私のことを「クソガキ」と呼んだ罪……たとえ、神が許したとしてもこの私が許しません」


 ……あれ、五回言ったらアウトなのか。 待てよ、それなら俺って結構ギリギリじゃない? ヤバイよねこれ、もう言ってからかうのやめておこう。


「あ? 柊? オイオイ、それってまさか、そいつか? その雑魚か? 笑えねぇ冗談だぜ、さすがによぉ」


 俺の方を真っ直ぐと見て、アレイスは言う。 この空気、懐かしい。 試合となんら変わらない、ただその強さが増しただけだ。 力と力のぶつかり合いは、いつだってこうだったっけか。 俺はそれが好きで、この空気が堪らなくて、そして楽しみだったんだ。


 ようやく、思い出してきた。 この感じを。


「ああ、そうだな。 全然笑えねぇよ。 俺が霊界師になって最初に戦う相手が、お前みたいな雑魚なんてな」


 さて、そろそろ始めよう。 ここから先は負けたら死ぬ、故に負けは許されない。 この世界での本気の戦いは、敗北が死に直結すると言っても良い。 つまりそれは、霊界師の世界では全員が全員、ただの一度も敗北したことがない者たちということだ。 そんな世界でこうして戦えるのなら、これほど心が躍ることはきっとない。 だから、俺は言う。


「一度死んでる雑魚相手に、俺が負けるわけがねぇ」


 俺は刀を抜き、構え、目の前に立つアレイスに向け、言い放った。

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