第十二話
問い。 今回の件、柊心矢はどうするべきか。
俺は結局、人任せの人間でしかない。 自分でできることと言えば、剣道のことくらいのものだ。 そんな剣道ですら、沙耶という存在が居たからこそ成り立っていて、極論にはなってしまうが、それも人任せと呼べることなのかもしれない。 沙耶がもしも居なければ、俺は果たして剣道ですらやっていただろうか?
昔、沙耶に言われた言葉がある。
「心矢はいつも私に任せるよな」
内容としては、単純に夏休みの宿題のことだった。 成績こそ良かった沙耶が親友ということもあり、俺は勉強方面で面倒臭そうなことは沙耶に助けを求めていたのだ。 中学生の考えで、単純に楽だからという理由でだ。
それでも沙耶は結局、その依頼を引き受けてくれた。 嫌な顔は……していたかもしれないが、最終的にはいつも、俺の手伝いをしてくれていたんだ。 そういうことは、数多くあったと言って良い。 本当に困ったときにしか相談はしなかったものの、勉強方面に関しては基本的にそうだった。
思えばそうだ、沢山あったのだ。 沙耶の優しさというのに頼り、楽をしていた。 次第にそれが俺の中では当たり前となっていて、きっと沙耶の中でも一緒だったのだろう。 正直に、心の奥底の気持ちで言うと、俺は沙耶に依存をしていたんだ。
掛け替えのない存在というのは、嘘ではない。 俺と沙耶の関係というのは、そんな夏休みの宿題を助けてもらう、助けてあげるだけの関係でもない。 だが、突き詰めてしまうとそれも関係の内のひとつということになってしまう。 結論を急ぐ必要はないが、悠長に考えている時間もないか。
このことについては、言い訳のしようはないだろう。 俺は沙耶に頼っていた、たったそれだけのことなのだから。 沙耶も恐らくは俺と一緒で、友達付き合いが苦手なあいつが俺と一緒にいれたのも、重すぎない関係というのが好きだったのだと思う。 それは無論、俺も同じだ。
親友とは言えるものの、恋人でもなければ好きがどうこうで語れる関係ですらない。 ただただ俺は、そんな沙耶に憧れていたと言っても良い。 黙っていれば美人で、だけど一旦喋り出すととことん変人で、そして自分の意見を曲げることはほぼない……と思えば、子供っぽいところも大いにある。 そんな、人間味が溢れているあいつに憧れていたんだ。
柊心矢という人間は、人間味があるとは言えない。 俺も自分でそう思うし、周りには冷めていると良く言われる。 クールを気取っているつもりもなかったし、教室では沙耶と漫才地味た会話をすることもあったし、それを聞いていた奴らも大勢居たはずだ。 それなのに、俺に対する周囲の見方は、冷めているというものに偏っていた。 だから俺は避けられて、俺も関わりを持とうとはしなかった。 内心では誰かの、何かの役には立ちたかったけど……それは俺が自ら求めるものじゃなく、求められるものなのだと思う。 そして、生きている間は求められることはなかった。
悪く言えば、つまらない奴と。 それと、熱い想いというものがないと、いつしか部活の顧問には言われた気がする。 俺はそれを聞いて、どうでも良いと思ったんだ。 そして、試合では勝っているのにこいつは何を文句を言っているんだと、思ったんだ。
それこそが、柊心矢という人間を表していると言えるか。 自分のことを主観的に見ておらず、客観的に見ている。 自分という存在が、ゲームで言うところのキャラクターでしかないという認識だ。 そんなキャラクターを動かしている人物こそが俺で、俺はそんな視点で生きているからこそ、こんな状況でも楽観的に捉えているとも言える。
第一に、だ。 こんなの、俺が望んだことではない。 霊界師になったことも、死んだことも、アレイスに対する恨みすら俺は持っていない。 殺された相手であることは分かった、一度ぶっ飛ばされた相手だということも分かった、だがそれでも、俺は「それならそれで良い」と思っている。 殴られたから、悪意を向けられたから、殺されたから。 それが切っ掛けで俺が何を思うかなんて、俺が決めることであって他人に決められることではない。 悪意を向けられたから悪意を向け返さなければいけない? 殴られたから殴り返さなければいけない? 殺されたから、殺し返さなければいけない?
――――――――ふざけるな。 そんなこと、他人に勝手に決められてたまるか。 俺は俺がやりたいように、俺がしたいようにやるだけだ。
人間、誰しも妥協は必要だ。 その妥協点というのが人によって異なるだけで、低い位置にある奴もいれば高い位置にある奴だっている。 そして、そもそもその概念が存在しない奴だっている。 最強と呼ばれるレイラの場合、その妥協点というのは物凄く低い位置にあるのだろう。 たったひと言謝罪をすれば快く許してくれるのだから、そのはずである。 逆に、沙耶の場合はその位置が物凄く高い。 一度喧嘩をすれば、それが数日、一週間ほど続くこともあるので、そのはずである。
そしてその妥協点が、概念が存在しない奴、そもそも許す許さないの話ではなく、どうでも良いと思っている奴、それが俺だ。 自身にどれだけのことが起きようとも、俺はそれに対し何かをしようとは思わない。 以前はどこかにそれがあるのだと思った、俺にもどうでも良いと思えないことはあるのだと。
だが、そうではなかった。 俺は殺され、殺した奴が分かっている今でさえ、どうでも良いと思ってしまっているのだから。 他人事のように、俺は思う。
「何をしている、こんな時間に」
「沙耶」
窓の外を眺めていた俺に、沙耶が声をかけてくる。 俺が部屋に戻ったときには既に寝ていた沙耶だったが、どうやら起こしてしまったようだ。
「少し、寝付けなくて」
「昔から寝付きは悪いからな。 幼稚園のお泊り会で、寝ずに私にずっと話しかけてきたことは一生忘れない」
「よくそんなこと覚えてたな……」
それこそ、十年以上前の話だぞ。 俺は言われるまですっかり忘れていたのに、そんなことを覚えているなんて。
「私は私が腹の立ったことは覚えている。 まだまだあるが、寝れない次いでに聞いておくか?」
「遠慮しておく。 余計に寝れなくなりそうだ」
俺が言うと、沙耶は笑ってその場に座った。 少々寝癖が付いた髪を手でとき、今一度俺へと視線を向ける。 月の光によって照らされた顔はどこか幻想的で、芸術品のようにも思えた。
こいつ、本当に黙ってれば美人なのにな。
「何を思い詰めているかは知らん。 だがな、心矢」
沙耶は言い、俺の顔を真っ直ぐと見つめる。 綺麗な黒い瞳は俺の心の内を覗いているような気がして、それと少しの恥ずかしさから、俺は沙耶から顔を逸らした。
「お前は、私が同じように悩んでいるときにこう言ったよ。 うだうだ考えるより、そのときどう思って、どうしたいかだけを考えてやれってな」
「……そうだな。 そりゃ、そうだ」
考えても答えが出ない問題はいくらでもある。 今回の話は、俺がどうでも良いと思っている時点で、どうでも良いことなのだ。 答えがどうこう以前に、問題にすらなっていない。 そして、それが答えともなる。
「私はそうするように心がけている。 今は、お前に声をかけたいと思って声をかけているようにな。 だから、もしも私に手伝えることがあったら言ってくれ。 私はなんでも手伝うぞ」
「助かるよ。 ありがとうな、沙耶」
俺は沙耶に向け、大丈夫だと伝える意味で、笑う。
だからこそ、だな。 だからこそ、俺は沙耶に話をできない。 こいつに言えば、間違いなく事を起こすからだ。 こいつがその話、一連の流れについて聞いてしまったら、行動を起こさないわけがない。
俺は今回の件を沙耶に話す気はない。 黙っていれば終わる話で、わざわざ更に面倒なことにする必要もない。
さて、そろそろ答えを出してしまおう。
問い。 今回の件、柊心矢はどうするべきか。
答え。 俺は傍観する。 俺は何もせず、誰も恨みはしない。 この問題の正解は、俺が決めるのだ。