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死後のセカイへようこそ!!  作者: もぬけ
俺が死んだという話
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第十一話

「話の流れを組み立てよう」


 神城さんは言い、俺に向けて紙を手渡す。 俺は受け取ると、その紙に目を通す。 A4サイズの紙は何枚かにまとめられており、そこにはデータが載っている。 グラフ、比較、そういった類のデータだ。


 そのデータというのもとても簡単なもの。 ここ最近、事故が多発しているエリアをまとめたものだ。 表題は『直近一ヶ月に置ける交通事故件数』という、まるで学校かなにかの授業のような資料である。


「恐らく、柊くんが事故に遭った場所も入っていると思う。 どうかな?」


「ええ、まあ。 あそこは危ないですから」


 山道と呼べる道路だ。 トンネルを抜け、すぐさまカーブがあり、そして極端に道が狭く、歩道もない。 近々着工されるとは聞いているが、俺が事故に遭ったときはまだそれは始まっていなかった。 大きな事故こそなかったものの、結構な頻度で危険な場所としてあがるエリアだな。 ようやく着工というのも、田舎ならではの遅さだと思ったもんだ。


「ですが、やっぱあそこは事故が多いですね」


 俺は言いながら資料を眺める。 単独での事故も含まれており、死者はここ最近で一人なものの、件数自体は他の場所と比べても多い。 その一人の死者というのも俺なわけだが。


「そう思うかい? けどね、それは不自然なんだよ。 この僕がまとめたデータは、ここ一ヶ月のもの。 それで、これがその前のものだよ」


 言い、神城さんは俺に二枚目の紙を手渡す。


「これは……」


 そこに書いてあったのは、先の紙と比較すると異常なほどに少ない事故件数だ。 一ヶ月のデータよりも、十分の一……いや、それ以下か? どちらにせよ、ここ一ヶ月で極端に増えたのは言うまでもない。 こんな増え方をするのはさすがに妙だ。 交通量が増える行事でもなければ、時期でもない。 明らかな異変と呼べるな、これは。


 確かに、だ。 俺が事故に遭ったあの日、教師は言っていた。 ここ一ヶ月ほど、事故が増えているから気を付けろと。 その言葉を思い返し、改めて自分の不用心っぷりを認識する。


「後は簡単な話さ。 先ほど話していたアレイス、彼がここに来たのも一ヶ月前のことだよ」


 ……そうだ、あいつは確かに言っていた、一ヶ月ほどレイラのことを探していると。 当然、その間の生活資金は必要になってくる。 そのためには、境界者を倒さなければならない。


 そして、アレイスが所属していたライザーファミリーの手法を思い返す。 ブリーダーと呼ばれるそれは、境界者を使い、人間を餌にし、成長させるもの。


 そうなれば、俺の事故は。 俺が死ぬことになったあの事故は。


「あそこのトンネルは、僕たちファンタズマの管轄外なんだ。 そうだよね? 隊長」


 神城さんは言い、喫茶店の入り口へと顔を向ける。 釣られ、俺もそちらへ視線を向けると、立っていたのは女だった。 今、神城さんはこの女ことを「隊長」と言った。 その呼ばれ方をする人物、神城さんが所属しているグループ、ファンタズマ。 そして、東さんが言っていたのも、その呼び方だ。 つまり、この人こそがファンタズマのトップ、隊長と呼ばれる人物か。


 俺が最初に感じたのは、寒気だった。 全く気配を感じない。 ドアが開けば普通、風の流れも人の気配も感じるはずだというのに、それが一切ない。 そんなことに、寒気を感じる。


「その通り。 時期と場所を考えれば、アレイスの野郎がクソな真似をしてんのは明白だ。 あのクソはこう思ってるだろうよ、()()()()()()()()、なんてな」


「……」


 待て、ゆっくりと考えろ俺。 まさかとは思うが、今のはギャグなのだろうか。 とりあえずアレだ、冷静さを取り戻すためにこの女を分析しよう。 この如何にも武闘派な女……変に露出度が高い女のことを。 上はサラシだけで、下は体の線が出るほどに張り付いているホットパンツ。 やべぇ、余計にわけが分からなくなってきたよ。


 てか寒くないのかな、俺は今のクソみたいなギャグでクソ寒いんだよね。 いかん、口癖が移っている。 行儀正しく生きなければ。


「笑えよ」


「ははは」


 女の言葉に、神城さんは手を叩いて笑う。 それを見たあと、女は俺の方へと詰め寄ってきた。 ええ……マジっすか。 今ので満足してくれよ、神城さんの無表情な笑いを取れたんだしさ。


「しっかたねえなぁ。 聞こえてなかったからもう一度言うぜ? あのクソはこう思ってるだろう、()()()()()()()()ってな」


「はあ……」


「ああん!? はあってなんだよはあって!? ナメてんのかコラ!? 笑えよおい!!」


 俺の胸倉を勢い良く掴み、女は怒鳴りつける。 ええ、こいつマジかよ。 こんな酔っ払いみたいな絡み方をされたのは生まれて初めてだ。 普通に沙耶よりもヤバイ人種がいたとは。


「柊くん、柊くん、笑って笑って」


 と、横で神城さんが珍しく慌てながら言う。 この人が慌てるということは、結構ヤバイ気がする。 いや、この目の前の露出女が相当ヤバイの明白だが。


「わ、わーはっはっは」


 自分でも、かなり投げやりな笑い方だと思う。 しかし笑えと言われて笑うのは難しい。 俺は一発くらいなら殴られる覚悟でいったのだが、女は想像以上の反応を示した。


「んだよ、良い笑い方できるじゃねえか! アタシのギャグがそんなに面白かったか! そうかそうか! アタシは因原(いんばら)烈花(れっか)、ファンタズマの隊長をやっているもんだ」


 どこが良い笑い方だよ……もうやだ、なんでこんな変人ばかりなんだ、俺の周りは。 俺が関わった中でも屈指の実力を誇る面倒な性格の人だ。


「隊長、気分が良いところ申し訳ないんだけど、話を進めたいんだ。 ここに来たってことは、何か理由があってのことでしょ?」


 ん? あれ、神城さんが呼んだわけではないのか? 俺はてっきり、神城さんがその一連のことについて話すために、この人を呼んだんだと思っていたが。 どうやら、それは俺の勘違いだったらしい。


「おうとも。 すこーしばかり、最近のゆとり世代のガキを見ようと思ってな。 いやぁ、見るからにゆとってんなぁお前、ゆとガキだ」


「ゆとガキってなんすか……変な造語を作らないでください」


 俺が言うと、隊長と呼ばれる女は「ナイスな造語だろ?」と、神城さんに同意を求める。 そして、神城さんはそれに対して「そうだね」と返していた。 神城さんはこの人に対する接し方を心得ているような感じだな。 俺は心得たくないよ、そんなこと。


「柊つったっけか? 東から話は聞いている、災難だったな」


「災難かどうかは、微妙ですけど。 悪いことばかりではないから」


「そりゃそうさ、人生ってのはクソみてぇに長えんだよ。 悪いこともありゃ良いこともある、当然だろ? んで、そんなお前に良いお知らせと悪いお知らせがある。 どっちから聞きたい?」


 良いお知らせと、悪いお知らせか。 俺としては別にどちらからでも良いっちゃ良いんだけどな。 だが、敢えて聞くなら悪いお知らせの方からかな? 最初に嫌な話というのは聞いておきたいし、済ませておきたい。 んで、そのあとに良いお知らせを聞いておけば、ある程度その悪いお知らせの方も報われるかもしれないし。


「それじゃ、悪いお知らせの方からで」


「テメェ、男の癖にウザってえな。 まーいい」


 罵倒された。 待てよ、選択を迫っておいて、そしてどちらを選んでも良いような雰囲気で言っておいて、選んだら選んだで罵倒されるのかよ。 一体どういう問いだったんだ、今の。


「境界者が、ヤバイレベルまで成長しちまってる。 柏とレミに管轄内から監視させたところ、最早そこらの霊界師一人でどうこうなるレベルじゃないほどにな」


「それは……例の、アレイスが育てたっていう?」


「おう。 恐らくだが、あいつ自身でももう処理はできねえレベルだ。 霊界機関も既に動いてるんだよ、ついさっき、アタシのところに討伐依頼が流れてきたしな。 んでその場合、アレイスの目的は達成させられることになる」


 アレイスの目的……レイラに復讐をするというやつか。 確かに、今この因原さんが言ったような状況になれば、駆り出されるのは恐らくレイラだ。 序列一位、そして場所的にも近い。 霊界機関としても、安全策を取って最大の戦力を送り込んでもおかしくはない。


「だけど、レイラがそれに従いますか? 俺が見た限り、そんな簡単に人の指図を受けそうな性格じゃなさそうですけど」


「受けないだろうな、アイツはクソ生意気でクソつえーが、クソ気分屋だ。 いかねーとアタシだってそう思う。 そこで良いお知らせだ、柊心矢。 あいつが霊界機関の依頼を蹴った場合、どうなる?」


 レイラが、依頼を蹴った場合? その場合は、まず別の人員が割かれるはず。 詳しくは知らないが、アレイスが持つ序列五十八位の称号、それよりも上のランクの奴が。 そして、アレイスは無事に霊界師によって討伐される。 そう、なるんじゃないのか?


「無事に解決、しそうですけど」


「それは置いといて、だ。 ひとまず、お前が気にかけるレイラの身の安全は確定するだろうよ。 あいつがアレイスに会いに行かなければ、万が一にでもあいつに危険が生じることはねーからな」


 何を勘違いされているのか知らないが、俺は別に気にかけてはいない。 ただ、少し話をして、少し恩が出来てしまっただけの関係でしかない。 だからこそ、気にはなっているものの、気にかけていると言われるほどではないはず。 が、そこで言い合いをしても意味がないと思い、俺は黙って因原さんの次の言葉を待つ。


「ここまでが、良いことと悪いことだ。 それで無事にオシマイオシマイってなりゃ良いんだが、そう上手くはいかねえんだよな」


「それは、どういう?」


「境界者の存在だよ。 ついさっき隊長が言ったように、アレイスが育てている境界者はかなり強大なものになっている。 かろうじで今は柊くんが事故に遭ったトンネル付近に繋がれているが、それもいつ暴走するかは分からない状態だね。 そうなれば、間違いなく膨大な被害がでる。 表側にも、裏側にも」


 ……大勢が死ぬことになる、ということか。 だが、それこそ霊界機関ってやつがどうにかしてくれるのではないか?


「それはないよ。 霊界機関は、あくまでも裏側の秩序を守る機関であって、表側の秩序にまでは関与していない。 目に止まれば狙われるけれど、基本的には表側のことに関しては無関心だ。 今回のことは、霊界機関はアレイスとその境界者こそ始末はするだろうけど、ね。 それまでに起きることはどうなったって構わないだろうさ」


 その際に起きた被害、表側に起きる被害については、言ってしまえばどうでも良いと思っているのか。 守るべきは裏側で、表側はあくまでもオマケでしかないと。 となれば……霊界機関はこちら側のことしか考えていないと言って良い。 最優先はアレイスで、境界者はすぐさま倒さなくても良いとさえ考えている可能性だってあるはず。 つまりアレイスのみが倒された場合は、表側には確実に被害が出る。


「だが、問題はねぇ。 そうなる前に、アタシらファンタズマがどうにかする。 ここまで被害が出ないとも言い切れねえしな。 何より、人を餌にするようなクソ野郎のクソみてぇなやり方は、アタシは気に食わねえんだよ」


 俺はそこで、なら良かったと思った。 安心感を得たんだ、そこで。 胸を撫で下ろし、どうにかなったと思い、息を小さく吐き出す。 そして、コーヒーをひと口、口に運んだ。


「……気に入らねえな、その顔。 おい柊、テメェはそんな人任せで良いのか? なぁ」


 因原さんは俺に詰めより、そう尋ねてきた。 横暴な聞き方で、今にも殴りだしそうな勢いで聞いてくる。 だが、その言葉は的を射ていると言って良い。 俺は、他人任せなのだと、思うから。


 自分でやらなくて良いことならば、俺はやらない。 因原さんたちならば、アレイスも境界者も問題なく倒せると思う。 そういう考えで、そういう思考で、そういう想いだ。 それが俺で、そんな程度の人間でしかない。


 ……分かっているさ、俺はクソみたいな性格だと。


「俺は俺が気に入らないことさえなければ、どうでも良い」


 精々、俺はそう言い放つ。 子供っぽい、捻くれた考え方で。 それを聞いた因原さんは眉を一瞬ひそめたものの、怒号を飛ばすことも、殴りかかってくることもない。


「アタシは、テメェがそれなら自分でやるっつうのを期待していたんだ。 それこそ、テメェの命を奪った張本人だからな、今回のクソ野郎は。 だが、テメェは何もしねぇ、何もしようとしねぇ。 良いぜ、別に。 言っておくが柊心矢、アタシは優しい優しいお姉さんじゃねーからな」


 睨みつけ、一瞥し、因原さんは俺に背中を向ける。 どこか、含みがあるような言い方だった。 だが、その真意を俺は読み取れない。


 違うか。


 正確に言ってしまえば、俺が知る俺の性格から考えそうなことは、こうだ。


 俺は、真意を読み取ろうとしていない。 これで終わって、面倒なことがここで終わって良かったと、そう思っているんだろう。


「神城、時間はあまり残されてねぇ。 三日の内のどこかで召集をかける、いつでも出れるようにしておけ。 挨拶しとけよ」


「うん、分かってる。 また会おう、隊長」


「おう」


 そうして、因原さんは店を後にする。 残されたのは、俺と神城さんだけだ。 俺は気まずい空気の中、既に冷たくなってしまったコーヒーをひと口含んだ。


 苦さだけが口に広がり、神城さんが淹れたコーヒーじゃなければマズイと感じていただろう。


「……挨拶ってのは?」


 俺は耐え切れなくなり、どうでも良いことを神城さんへと尋ねた。 だが、神城さんから返ってきた言葉を聞き、俺はたった今したその考えを取り消さなければならなくなる。


「ああ、あれね。 お世話になった人たちに挨拶だよ。 今回はさすがに、誰かが死ぬかもしれないから」


「誰かが死ぬ……? そんな、ヤバイんですか?」


「霊界序列五十八位と、甚大な被害を齎すと予期される境界者は、伊達じゃないってことだよ」


 残された時間は、多いとは言えない。 俺が俺のためにすべきことが、俺は未だに分からずにいた。

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