不思議な絵本~恋の相手は?~
通勤時間帯の駅は、会社へ急ぐサラリーマンやOLを次々と吐き出していた。北野深雪は駅前広場のベンチに大きなスポーツバッグを置き、友人を待っている。
「深雪ちゃん、おはよう」
突然、サラリーマンの陰から、キャスター付きのキャリーバッグを引きずった日下部心愛が現れた。
「あっ、心愛、全然気付かなかったよ。おはよう、じゃあ行こうか」
「深雪ちゃん待ってよ。心愛、疲れちゃったから少し休んで良い?」
「駅まで来ただけで疲れたの?」
「だってぇ、心愛は小さいから、人混みで前は見えないしサラリーマンのおじさんにぶつかりそうになるし、深雪ちゃんと違って大変なの!」
心愛の身長は155センチしか無かった。この身長で通勤時間帯のサラリーマン達の流れに逆らって駅に向かうのは大変なことだ。サラリーマン達にとっても、前に居る人の陰からいきなり女の子が現れるのだから、避けるのにもひと苦労する。それに引き換え、深雪の身長は175センチある。深雪よりも身長の低いサラリーマンも多数いる。女子としてはかなり目立つので、サラリーマン達は、事前に深雪を発見して避けてくれるのだ。
「わかったよ。じゃあ、少し休んでから行こうか」
心愛が深雪のスポーツバッグの隣に座ろうとした時だった。植え込みの中に絵本を発見した。
「深雪ちゃん、これ何だろう?」
心愛が植え込みの中の絵本を手に取ってページをめくった。絵本で有ることは解るのだが、何の絵本で何が書かれているのか理解できなかった。絵本を見つめながら心愛が言った。
「なにこれ? 絵本? なんでこんな所に絵本が有るの?」
深雪は心愛から絵本を受け取って開いた。深雪にも何が書いて有るのかわからない。
「なにこれ? 絵本なのは解るけれど……読めないよ? なんだか気持ち悪いよ。植え込みに戻しておきなよ」
「えー、でも、置いて行ったら後で気になるよ。持って行って良いかなぁ?」
「うーん、心愛が持って行きたいって言うなら仕方ないよね。どうせ私がダメって言っても持って行くんでしょう?」
「じゃあ、持って行く」
嬉しそうに笑った心愛は、そう言って絵本をキャリーバッグに入れた。そんな心愛を見ながら、深雪が言う。
「そろそろ行かないと電車に乗り遅れるよ」
「はーい」
深雪と心愛はサラリーマンの流れに逆らって、駅へと入って行った。
深雪と心愛は高校の休みを利用して、旅行に行くところだった。ふたりとも17歳、都立高校に通う2年生だ。深雪はジーンズにTシャツ姿、心愛は花柄のワンピースだった。そのうえ身長差が20センチも有るので、後姿は完全にカップルだが、ふたりの関係は、クラスメートで親友だった。けっしてGLの対象では無い。
ふたりは新幹線で京都へと向かった。京都駅のロッカーに荷物を預け、京都観光を楽しんだ。夕方、ホテルの部屋でくつろいでいた心愛は、駅で拾った絵本の事を思い出していた。
「深雪ちゃん、朝拾った絵本なんだけれど、あれは一体何だと思う? 心愛には絵本を開いても何が書いて有るのか解らなかったの。日本語で書いて有る文章も、全然理解できなかった。深雪ちゃんは解った?」
深雪も今朝の事を思い出していた。深雪にも何が書かれているのか全く解らなかったのだ。
「私にも何だか解らなかったよ。あの絵本、何だか怪しいよね」
心愛は絵本をキャリーバッグから取り出して、表紙を眺めた。なんだか解らない模様が、ぐるぐる回る様に感じた後、しだいに女の人の顔に見えて来た。心愛は怖くなって、絵本をテーブルの上に投げ出した。
「深雪ちゃん、絵本が……」
深雪がテーブルの上の絵本を見たときには、表紙は美しい女性の顔になっていた。
「心愛、こんな本だったっけ? 表紙にこんな女の人、書いて有った?」
「いま、急に出て来た! さっきまでは何の模様だか解らなかったのに……」
深雪と心愛は絵本を見つめた。
『そんなに見つめられたら恥ずかしいじゃない』
深雪と心愛は互いの目を見つめ合った。
「ここあ、……いま……変な声が聞こえた様な……」
「うん、心愛にも聞こえた。誰の声? 深雪ちゃんじゃ無いよね?」
「うん、私の声じゃないよ。心愛の声でも無いし……。ここには私達しか居ないし……」
心愛は深雪の腕にしがみついた。
「深雪ちゃん、怖いよ。心愛、お化けきらい!」
「私だって嫌いだよ!」
そんなふたりに、またしても声が聞こえた。
『安心しなさい。私はお化けなんかじゃないわ。私の名前はチヂヒメ、本の女神よ』
不思議な声に怯えながら、心愛が言った。
「ジジイヒメ? 爺なの? 姫なの? 爺みたいな姫?」
『おいおい、ジジイヒメじゃ無くて、チ・ヂ・ヒ・メ! ちゃんと聞きなさい!』
心愛は小声で、「チ・ヂ・ヒ・メ、チ・ヂ・ヒ・メ」と呪文のように繰り返していた。深雪はというと、心愛にしがみつかれたまま気絶寸前だった。
呪文を唱えていた心愛が、絵本に向かって言った。
「それで、そのチヂヒメがなんの用? 心愛は深雪ちゃんとイッパイお話がしたいんだからね! 邪魔しないでよ!」
強気に出た心愛にチヂヒメはたじろいだ。しかし、すぐに気を取り直して言った。
『ちっちゃい癖に生意気な女だなぁ。そっちのデカイ方は震えているのに……』
「ちっちゃいって、失礼ね! あんたの方がちっちゃいじゃない! 絵本のくせに生意気言わないでよね! 偉そうなこと言っていると、燃やしちゃうからね!」
そう言って、心愛は灰皿の中に有ったマッチに手を伸ばした。
『あっ! やめて! 脅かしてごめんなさい。私は怪しいものでは無いのよ。あなた達に知恵を授けるために来たの。だからお願い、落ち着いてちょうだい』
その言葉を聞いた心愛の気持ちはかなり落ち着きを取り戻した。その分、心愛の中に有ったサディスティックな部分が目覚めた。
「知恵を授ける? 偉そうに! やっぱり燃えてちょうだい!」
『あっ! やめて、やめて! お願いです。授けるんじゃなくって、あなた達の悩みとか……えっと、そういった事の相談にのってあげられたら、私もうれしいかな? なんて思っています。はい』
チヂヒメは心愛達に聞かれない様注意しながらつぶやいた。(いったい今の奴らは何を考えているんだよ! 普通、女神だって言ったら恐れと尊敬の気持ちでいっぱいになるものじゃないの?)
ニヤリと笑った心愛が言う。
「やっと立場がわかったようね! それで、チヂヒメだっけ? あんたは何が出来るの?」
『心愛、あんた……』
心愛は絵本を睨みながら言った。
「心愛じゃ無くて、心愛ちゃん、でしょう?」
『は、はい。えっと、心愛ちゃんは自分の身長が低い事や、そのせいでみんなから可愛らしい良い子と思われる事と、それに応えようとしている自分に疲れているでしょう? そして、身長も高くてカッコイイ系の深雪ちゃんにあこがれているのよね』
心愛は相変わらず絵本を睨みつけている。深雪はと言うと、大きな体を小さな心愛の陰に隠そうとして苦労していた。
「ふーん、あんた解っているじゃない。それでなに!」
心愛に睨まれ続けて居心地の悪そうなチヂヒメだったが、心愛によって燃やされない様に言葉を選びながら語った。
『深雪ちゃんは深雪ちゃんで、身長も高くてスポーツ万能な自分が、周囲の人達の期待に応える事に疲れきっているでしょう? 本当の深雪ちゃんは、スポーツよりも本を読んだり詩を書いたりしながら、ゆっくりとした生活がしたいのにね。心愛ちゃんみたいに可愛らしく生まれてきたらどんなに幸せだっただろうって思っているわよね?』
心愛の小さな背中から顔を出して、深雪が言った。
「そうです、私はいつも心愛がうらやましくて……。周囲の人達に可愛がられている心愛を見ていると……、嫉妬? そんな気持ちが顔を出す事が悲しくって……」
深雪は悲しそうな表情で心愛を見た。心愛はそんな深雪の両手を掴んで言った。
「深雪ちゃん、そんなこと気にしちゃダメだよ。深雪ちゃんは心愛のあこがれなんだから……。心愛だって深雪ちゃんを見ていると、なんにも出来ない自分が情けなくって、深雪ちゃんを妬ましく思う事だって有るもの」
深雪と心愛が見つめ合っていると、チヂヒメが話し始めた。
『ふたりとも無い物ねだりが激しすぎるのよ。自分に備わっていない事を求めたって仕方無いじゃない。自分にできる事をしっかりやれば良い事でしょう?』
またしても心愛が絵本を睨みつける。チヂヒメは心愛の眼光の鋭さに震えあがった。
「今、深雪ちゃんと話をしているところでしょう! あんたは少し黙っていなさいよ!」
『は、はい。失礼しました』
「深雪ちゃん、私達、ずっと、ずっと友達でいようね。深雪ちゃんは身長も高くってかっこいいけれど、結構怖がりだし……。ほら、今だってこんな絵本にビビっているしね。でも、大丈夫だよ。深雪ちゃんが怖い時には、心愛が守ってあげるから」
「心愛……。ありがとう。心愛も困った時には相談してね。私が力になるからね」
深雪と心愛は抱き合って涙を流している。チヂヒメもふたりの関係に感動していた。
しばらく抱き合ったまま涙していた深雪と心愛だったが、突然身体を離し、チヂヒメの方を向いた。心愛が話し始めた。
「ところで、あんたの事だけれど、なんであんな植え込みに居たのよ?」
『それは……』
言い淀んでいるチヂヒメに向かって心愛が恐ろしい事を言う。
「正直に言わないのなら……解っているわよね!」
そう言ってマッチに手を伸ばす。
『あっ、言います、言います。だから燃やすのはやめて! 実は、あなた達の前に会った女が酷いヤツでね。ちゃんと問題を解決してあげたのに、感謝するどころか、あの植え込みに私を捨てたのよ! 酷いと思わない?』
チヂヒメは自分の失敗を省略した説明をした。心愛と深雪はチヂヒメの話に、少し興味を持ったようだ。深雪がチヂヒメに質問をした。
「そうなの? 私達の前に会った人って、どんな問題を抱えていたの?」
『えっとですねぇ、一応、守秘義務みたいなのが有るから、詳しくは言えないんですが……。恋愛問題ですね』
心愛が恋愛という言葉に反応した。
「恋愛問題ってどんな……?」
『あまり詳しくは言えないですが……。彼氏の浮気がらみですね』
いつの間にかチヂヒメの言葉が、敬語になっていた。
『彼氏の浮気どころか、プロポーズまでしてもらったのに、もう少し私に感謝すべきだと思いませんか?』
チヂヒメは完全に愚痴モードに入っている。
「チヂヒメって、恋愛相談もやっているんだ? じゃあ、心愛の事を好きな男子とか、深雪ちゃんの事が好きな男子とかもわかるの?」
『もちろん! そんなのは簡単ですよ』
「おしえて、おしえて! ねえ、深雪ちゃんも知りたいよねぇ」
「うーん、知りたい様な知りたくない様な……」
「なんで?」
「だって、そんなのを聞いちゃったら意識しちゃうじゃない」
「意識したって大丈夫だよ、相手は深雪ちゃんの事が好きなんだから」
『どうしますか? 言っちゃって良いですか?』
チヂヒメの問いに、心愛が喰い気味に言った。
「はい、言っちゃってちょうだい」
『解りました。まずは……心愛ちゃんね。心愛ちゃんを好きな男子は、同じクラスの、影山良雄と隣のクラスの大沢雄太のふたりが有力ね』
心愛は可愛らしい眉間にタテジワを寄せて言った。
「えー、嫌だよ! ふたりともオタクじゃない! 絶対に心愛のことを美少女フィギアと同じ扱いをしているに決まっているじゃない! 他にはいないの!」
『えっと、他には……、ちょっと歳が離れているけれど、体育の亀井先生』
「何だよ! オタクの次はセクハラおやじじゃない! アイツ、この前私のお尻触ったんだよ! 短距離走のスタート練習のとき、『そうじゃない、もっとお尻を高く!』って言いながら触ったんだよ! あんなヤツ絶対いや!」
『そう言われてもねぇ、今のところはこの3人が心愛ちゃんの事を好きだと思っている男子ですよ。後は、まだ好きっていうわけじゃないけれど、気になっている程度ならば沢山いるけれども……』
「なによ! まったく、お先真っ暗じゃない! もうしばらくは独り身ってことだよね」
『オタクが嫌ならそうなりますね。次に深雪ちゃんですけれど、同じクラスだと、斉藤信也かな? あと、3年生の町田隼人、こっちの方が有力かな?』
「町田先輩って、サッカー部の? 深雪ちゃん、すごいじゃない! 町田先輩って言ったら、みんなのあこがれの的じゃない!」
「でも、私はあの人苦手だなぁ。強引だし、人の話聞かないし……」
「えー、もったいないよー。深雪ちゃんと町田先輩だったら、美男美女カップルじゃない!」
「私は美女なんかじゃないよ」
「そんなことないよ! 深雪ちゃんが美人だって事は、みんなが認めているよ。じゃあ、深雪ちゃんはどんな男子が良いの?」
「私は……、言えないよ」
心愛は名案を思い付いた。
「チヂヒメ! 深雪ちゃんは誰が好きなの?」
『えっ! 私に聞くの?』
「チヂヒメならわかるでしょう? 言わないと……」
心愛がマッチに手を伸ばす。
『わかった、言うから……。深雪ちゃんが好きなのは、谷川将太? あれ、別の高校の1年生? だよね』
深雪の顔が真っ赤になっている。心愛は驚いて目を見開きながら深雪に聞いた。
「谷川将太って誰?」
「良いよ、私のことは……」
「よくない! 白状しろ!」
心愛は深雪を睨みつけた。
「わかったよー、そんなに怖い顔しないでよ。将太は男子校に通っている幼馴染なの。歳はひとつ下のくせに生意気な男の子だよ。隣の家の長男で、小さい頃から一緒に遊んでいたの。小学生の時、将太が『深雪は俺の嫁になれ』って言っていて……。でも、最近は私のこと避けているみたいだし……。私の片思いなの」
心愛は宙を睨み、何かを考えている。ニャリと笑うと、絵本に目を移した。
「チヂヒメ! 谷川将太の気持ちは? 深雪ちゃんのことをどう思っているの?」
チヂヒメは震えながら言った。
『何だか微妙ですよね。深雪ちゃんのこと、好きは好きみたいだけれど……』
「はっきりしなさいよね!」
『いやいや、ハッキリしないのは私じゃなくって、谷川将太の方だから……』
「そうだ! 明日帰ったら、谷川将太に会いに行こうよ」
心愛がそう言うと、真っ赤な顔を激しく振りながら深雪が言う。
「えー、やだよ! 恥ずかしいじゃない」
「ダメ! はっきりさせなくちゃ! チヂヒメも協力するんだよ! わかった!」
『はい、わかりました』
これでは女神じゃ無くて、心愛の手下だ!
翌日、ふたりとチヂヒメは京都観光を適当に切り上げて、帰途についた。東京に到着すると、真っ先に深雪の家に向かった。荷物を深雪の家に置いて、隣の谷川将太の家を訪ねた。心愛は胸にチヂヒメの絵本を抱いている。
深雪が将太の家のインターホンを押した。玄関に現れた将太が言った。
「みんな出掛けているんだ、ヒマだから上がって行けよ」
「友達も一緒だけれども良い?」
「深雪ちゃんの友達で、心愛です」
「ココア? 甘ったるい名前だなぁ。俺、将太、深雪の幼馴染。ここじゃ何だから中に入れよ」
「お邪魔します」
深雪と心愛は谷川家のリビングに通された。
「母ちゃん居ないからなぁ、お茶入れるからちょっと待っていてくれ」
将太がキッチンへ行こうとした時、深雪が立ちあがった。
「お茶なら私が入れるよ。将太は座っていれば」
「おう、悪いな」
将太の代りに深雪がキッチンへ向かった。リビングに残された心愛が、将太と会話を始めた。
「将太くんって、高1でしょう?」
「そうだよ。ココアは高2?」
「うん、深雪ちゃんと同級生だからね。将太くんと深雪ちゃんは幼馴染でしょう? 小さい頃から一緒に遊んでいたの?」
「気がついた時には深雪と一緒に遊んでいたなぁ」
「良いなぁ、私には幼馴染なんて居ないからなぁ。幼馴染ってどんな感じ?」
「どんなって? 良くわかんないよ」
「だって、ずっと一緒だったんでしょう? 幼馴染が大きくなって、急に意識し始めちゃってさ、恋に発展……とか。良くあるじゃない」
「そんなの、少女マンガの中だけだろう? 実際に有るのかなぁ?」
「有るんじゃない? 将太くんは深雪ちゃんのこと、どう思っているの?」
「深雪ねぇ、わかんないなぁ。だいたい深雪が俺の事なんかなんとも思っていないだろう?」
「そうかなぁ? 結構意識しちゃっているんじゃないの?」
「そ、そんなはず……無いだろ!」
その時、深雪がお茶を持ってリビングに現れた。将太と心愛が深雪の顔を見ていた。
「どうしたの? 私の顔に何か付いている?」
「いや、何でもない!」
将太が深雪から視線を外しながら乱暴に言った。
「将太、なにを怒っているのよ。そうだ、お土産買って来たよ。はい、これ」
深雪が京都土産を将太に渡した。チヂヒメはそんな将太と深雪を見ながら、心愛にだけ聞こえる声で言った。
『将太くんは深雪ちゃん以上に意識しているじゃない。後は将太くんに告白させちゃえば良いだけね』
心愛は心の中でチヂヒメに話しかけた。
《チヂヒメ、聞こえる? どうしたら将太くんは深雪ちゃんに告るかなぁ?》
『うーん、なかなか難しいかもしれないねぇ。将太くんは深雪ちゃんに相手にされていないと思っているからなぁ。年下だっていうことを気にしているから、乱暴な言葉を使って偉そうな態度に出ているんだろうね。この場合、深雪ちゃんから告白の方が簡単でしょう?』
《でも、深雪ちゃんは、ああ見えてかなりの小心者だからなぁ、そう簡単には告白なんかしないよね。いっそのこと、チヂヒメが将太くんの気持ちを深雪ちゃんに伝えちゃったら? それで、深雪ちゃんから告白しないとダメだってけしかけるのはどう?》
『それしかないかな? じゃあそうするよ』
《オッケー、頑張ってね》
チヂヒメ、は深雪と心愛に聞こえる様に話し始めた。
『深雪ちゃん、将太くんの気持ちを読みとったよ。将太くんは深雪ちゃんのこと意識しまくりだよ。ただ、年下だから言い出せないでいるみたいだよ。ここは深雪ちゃんから告白するしかないと思うよ』
深雪の顔はみるみる赤くなった。深雪は真っ赤になった顔を伏せて黙ってしまった。
仕方がないので、心愛は深雪の援護をする事に決めた。
「将太くんさぁ、むかし、深雪ちゃんに『深雪は俺の嫁になれ』とか言ったのを覚えている?」
将太は驚いて、心愛と深雪の顔を交互に見比べながら言った。
「あれは……ガキの頃だろう!」
「女の子はね、そういう言葉は忘れないんだよ。深雪ちゃんだって今でもちゃんと覚えているよ」
深雪は将太の反応が気になっていた。将太は何か決心したように、真剣な顔をしている。
「深雪、そうなのか? 今でもあの約束は有効なのか?」
深雪はうつむいたまま小声で言った。
「うん、まだ有効だよ」
将太は立ちあがって深雪を見つめながら言った。
「俺、深雪よりひとつ年下だけれど、深雪と本気で付き合いたいと思っている。ダメかな?」
深雪は顔をあげて、将太を見つめながら言った。
「ダメじゃないよ。よろしくお願いします」
心愛は将太の家に深雪を残したまま、絵本を抱いて歩いていた。
「チヂヒメ、上手く言ったね」
『そうだね、良かった、良かった』
「あーあ、深雪ちゃんは将太くんに取られちゃったし、心愛のことを好きなのはオタクとセクハラおやじだけだし……」
『そんなこと無いよ、そのうち良い事がやって来るよ』
「チヂヒメは意外と優しいんだね。ありがとう」
『どういたしまして』
「これからチヂヒメをどうしたら良いの? また植え込みに返せば良いの?」
『だめだめ! 絶対だめ! 出来れば人がいっぱい来る古本屋に連れて言ってよ』
「しょうがないなぁ、まあ、深雪ちゃんの恋が上手くいきそうだから連れて行ってやるか」
心愛は客の多そうな古本屋を探して、チヂヒメを連れて行った。
「チヂヒメ、お別れだね」
『心愛ちゃん、楽しかったよ。元気でね。適当にそこいらの本に紛れ込ませてくれれば良いわ』
「うん。でも深雪ちゃんが上手く言って良かったね。もしも上手くいかなかったら、こいつの出番だったものね。じゃあさようなら」
心愛はチヂヒメの絵本を古本の山の上に置いた。そして、マッチをその上にそっと置いて古本屋を後にした。
『あぶねー、心愛ってヤツは可愛い顔してかなりヤバイヤツだったなぁ。サッカー部の町田隼人も大変だよなぁ。北野深雪に振られたからって、そのあと日下部心愛に告白するなんてね。可哀想に……』
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
シリーズ化してしまいました。シリーズ化したからには2作で終わりって言うわけにはいかないですよね? 頑張ります。