決心
ユウと両想いになった。
……そう伝えたら、案の上リネに抱きつかれた。
「良かったねーセイーー!」
「なんでリネが泣くのさ」
「だって……やっぱり運命の相手なんだよ! 記憶を失っても、きっと何回でも魅かれ合うんだよ……私、嬉しい!」
「ありがとう、リネ」
すっかり定位置になった三号館カフェで、艶やかなロングヘアを撫でる。
時は、満ちたのかもしれない。
第八章『追憶の紅』
side:セイ
「なぁ、嵐」
「……はい」
そばで俺たちを見守っていた嵐に問い掛ければ、何かを予感していたかのように、物憂げな瞳で返事をされる。
「ユウとルイのこと……嵐から聞いた方がいいんだよな?」
それはヒロとリネがどんなに歯痒くても、俺が判断を下すまで触れずにいてくれたことだ。
本当は、ユウ本人の口から聞きたかったけど……さっきの様子を見て、それはできないと思った。きっと彼女の傷は、今も癒えていない。
俺の言葉にリネは身を固くし、ヒロは「やっとか」といわんばかりのため息をついた。
「……そうですね。それがいいと思います」
嵐は瞼を伏せ、切な気な表情を浮かべる。
「結構重い話なんで、場所を変えてから話します」
「俺の家でいい」
ヒロの申し出に、俺たちは一様にうなずく。リネは緊張した面持ちで、そっとヒロの手を握っていた。
「嵐、改めて礼を言わせてくれ。俺はお前に、大分救われてる」
「そのための俺ですから」
嵐はブラックコーヒーを飲み干すと、にこりと笑みを浮かべる。
「俺こそセイさんには、感謝してるんです。あの頃の俺には、セイさんがすべてでしたから……」
遠くを見たまま、ぼんやりと彷徨わせる視線。
目を閉じれば、あの頃の嵐――アルドの声が蘇った。
『貴方と共に散れるのなら……本望です』
「……懐かしいな」
「必死に、あなたの背中ばかり追いかけてた」
「最初はヒロにまで、ヤキモチ妬いてたしな?」
「あははっ」
ほんの少し生まれるタイミングがズレるだけで、こんな風に笑い合えるのに。
今この輪の中には、君だけがいない。君はまだ……いや、新たな苦しみまで背負って。たったひとり、憂鬱な顔をしているんだ。
「雨が降りそうね」
ユウといた時はあんなに晴れていたのに、いつの間にか空は一面厚い雲に覆われている。すべての講義を終えた俺たちは、そろって帰路につくことにした。
都市部のど真ん中にある大学から、歩いて15分程の場所にあるヒロの……今はヒロとリネの部屋。通い過ぎて実家より愛着のあるその場所には、嵐のお気に入りのコーヒー豆から俺の部屋着まで置いてあった。
彼らと共有する記憶を取り戻す前までは、どこか殺伐とした、物の少ない自室が嫌いで。薄い空気の中酸素を求めるように、人の溢れる場所にばかり足を運んでいた。
恋だの愛だのと求められるままに口を開き、その場凌ぎに女の子を抱き締めていた腕。けれどあの頃はどれ程肌を重ねようと、心満たされることはなかった。それがいまや……
(親友カップルの家が、安らぎの場になるとはね)
どんなに自棄になったとしても、ユウを思い出した今、もう他の女の子を抱き締めることは二度とない。だからといって自由にユウに会えない今、ひとりきりで過ごすのもあまりに憂鬱で……ヒロとリネ、嵐がいる場所に身を寄せることが、今の俺にとって唯一の癒しだった。
もっとも今日に限ってはその場所で、最悪な話を聞こうとしているんだけれど。
「コーヒー入れてきますね。リネさん、今日はどうします?」
「私はストロベリーティー!」
部屋の玄関を抜け、リビングに入った瞬間に嵐がてきぱきと動き始めた。
「リネ……今日は真面目な話をするんだ。せめてアールグレイとか……」
微妙に顔をしかめたヒロの脳裏にはおそらく、以前部屋中に充満した甘ったるい香りが蘇ったのだろう。
あれは、凄かった。出来れば俺も遠慮したい……
「えーっ、癒されるのに! じゃあバニラは?」
「……」
「……」
大して変わらない提案に、俺は思わずヒロへ非難の視線を向ける。すると“わかってる”といわんばかりの、渋い表情を返された。
その様子を見ていた嵐がくすっ笑って、状況を打開してくれる。
「リネさん、甘いのならオーケーですか?」
「うん。甘くて濃厚なやつ……」
「じゃ、カフェモカにしましょう。生クリーム乗せますから」
「チョコ割増しでね!」
「わかりました」
カフェモカならコーヒーの香りの方が強く、そばにいる俺たちに直接的な害ははない。よくやったとヒロと2人で目で合図すると、嵐はにっこりと笑ってキッチンに消えた。
「ユウ、今どうしてるかなあ」
不意にリネが、ぽつりとつぶやく。静まり返った室内には、時計の秒針の音だけが響いていた。
「……さみしい?」
ふと、リネにそう問い掛けてみる。
ユウと再会してからというもの、なんだかんだ言っていつも自分主体で物事を考えていた。でもよく考えれば彼女は、リネにとっても唯一無二の親友だったのだ。時代を跨いでも変わらないこの高貴さ溢れる性格からすると、リネは一般的な女子のグループでは浮いてしまうことが多いだろう。
でもリネは本当は人懐っこく、人との繋がりを渇望しているタイプなのだ。本来であればユウと女の子同士ならではの会話を楽しんだり、奔放に遊び回ったりしていたはず。
そんな俺の予想を肯定するかの如く、リネは瞳を揺らした。
「今さら、当たり前なこと聞かないで」
両手を握り合わせ、指先を弄ぶ所作が痛々しい。
ユウと逢ってから今まで、一度だって口にはしていないけれど……リネは全身で、“早く思い出して”と切々と訴えていた。
(もっと早く、決断してあげれば良かった)
ユウに関する決断を委ねてくれていた2人には、かなり我慢を強いてしまった。
罪悪感と後悔が、苦々しく胸へと広がって行く。
「お待たせしました」
戻ってきた嵐は客人をもてなすように俺とヒロにブラックコーヒーを、リネにはモカを、自身の前にはラテを用意する。そして席に着くと、綺麗な睫毛を伏せて話し出した。
ユウの足枷となっている、過去の話を―――
「ルイとの関わりは……ユウが、高校に入った頃に始まりました」




