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Lovers High  作者: ショコラ*
第七章 プリズム
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断罪


「よく何喰わぬ顔で、嘘がつけるな」


 一瞬にして、全身の血液が冷えていくようだった。


「……」

「裏切り者」


 目を、見開く。あまりにストレートな物言いに、何も言い返すことができない。


「あれだけルイに想われて……ほんと、信じらんねえ」


 鼻で笑った藍くんは、感情の無い冷やかな笑みを浮かべる。ゆっくり近付いてくる彼を見つめたまま、ぴくりとも動けなくなった。


「言い訳ぐらい、したらいいのに」


 ――ドン。強過ぎる力で肩を押され、強かに背中を打つ。上手く息ができない。


「何度ルイを苦しませれば気が済む?」

「……」

「いいこと、教えてあげようか」


 荒く私の肩を突き放し、囁いた藍くん。糾弾する視線から逃れるように目を逸らせば、許さないといわんばかりに顎をつかまれた。強制的に合わせられた視線が怖くて、体が震えてくる。


「ユウ……お前がルイを殺しかけたのは、1度じゃない」


 ぐっと、心臓を握られたみたいだ。どういうことなのかわからないけれど……この人はきっと、私の最も弱い部分を嬲ろうとしている。


「いいよなぁ、何も知らないって……さぞ幸せなんだろうな?」


 幸せなわけがない。そう思うけど言い返すことなど到底できず、微かな吐息が漏れただけだった。思い出したくない光景が脳裏を過ぎり、冷や汗が出てくる。ふと、血の匂いを感じた気がした。眩暈がする。


「またルイを裏切って……見捨てて、アイツの手を取るのか?」


 いったい、何が言いたいの? どうせ追い詰めるのなら、わかるように話してほしい。

 そう思っても軽蔑と嫌悪の視線の前では、首を振るのが精一杯だ。


「ち……ちが……」

「へぇ、違うんだ。俺の間違いだった?」


 すっと細められた瞳は、明らかに私の罪を把握していた。さっきまで隠し通せると過信していた自分を、引っ叩いてやりたい気分だ。心臓さえ凍り付きそうな恐怖に、震えが大きくなっていく。


「アイツ……長篠誠、だっけ。目障りなんだよな」

「……っ」

「俺が消してやろうか」


 狂気を孕んだ色を帯びた瞳は、本気だった。私は必死に息を吸い込み、ひたすら首を振る。


「やめて……セイは、巻き込まないで……!」


 言い終えたと同時に間近で激しい衝撃音が響き。ビクッと肩が跳ねる。私の顔の横に、藍くんの拳が突き立てられていた。あと数センチずれていたら、私の頬骨は砕け散っていただろう。本格的に身の危険を感じ、勝手に涙が込み上げてくる。


「逃がさねぇ……お前は、ルイのものなんだよ……!」


 一語一語噛みしめるように、私に言い聞かせるようにゆっくり告げられ、ぎゅっと目を閉じる。涙がこぼれ落ちたけれど、構うことなどできなかった。


「お前はまた、ルイを殺すんだな」

「やめて!」


 とうとう、悲痛な叫び声を上げた。もう、たくさんだ。これ以上は我慢ならない。私は……私だって、ずっとできる限りのことをしてきたつもりだ。ルイに尽くしてきた時間は膨大で……それはこれからだって、きっと続く。


「そんなつもりじゃない……! 私は……っ」


 ただ……どうしても。ルイでは、ダメだったというだけ。


「藍? おい……何してんだよ!」


 突如響いた声に、張り詰めていた空気が一瞬和らぐ。准くんは血相を変え、慌ただしく駆け寄ってきた。


「藍!」


 いまだ壁に拳を当てたままだった藍くんを、准くんが後ろから引き離す。しかし藍くんは依然として私を睨んだまま、彼の手を振り払おうとしていた。


「離せよ、准! まだ話は終わってねえ」

「落ち着け!」

「コイツは……コイツは! またルイを裏切ろうとして――」

「藍!」

「見たんだ、今日……図書館で、アイツと……っ」

「藍、黙れ」


 低い声を出した准くんは、一瞬のうちに藍くんの腕を捻り上げて壁に押しやる。


「……ッ」

「取り乱すな」

「でもっ」

「ルイの力になりたいんだろ!」


 准くんが怒鳴ったのなんて、初めて聞いた。長身な彼は、喧嘩慣れしているはずの藍くんをぐっと抑え込み、まっすぐその瞳を見つめる。しばらく無言の睨み合いを続けた後、先に視線を伏せたのは藍くんだった。その表情を確認し、すっと准くんが手を離す。


「……藍がごめんな、ユウちゃん。今日はもう帰ろう、俺が送ってくから」


 私は黙ったまま、うなずく。


「藍、車のキー借りるぞ。ルイには、ユウちゃんが弟くんに呼ばれたって言っとけ」

「…………わかった」


 互いに視線を合わせず、私たちは動く。部屋を逃げ出す際に一瞬振り返ると、項垂れた藍くんの背中は寂しげで……深い憂いに沈んでいくようだった。



「……」

「……」


 准くんとふたりきりでドライブをするのは、これが初めてだ。助手席も空いているけれど、私はいつものように後部座席に座った。信号待ちで停まっていると、ポツポツと雨粒が窓を叩き始める。どんよりとした厚い灰色の雲は、今の私の気持ちに同調しているみたいだ。日中セイと青空を見たことが、遠い過去のように思えてくる。


「ユウちゃん」


 物思いにふけっていると、穏やかな声で話し掛けられた。


「藍を……許してやって欲しい。俺からちゃんと、話しておくから」

「……」


 今日はかつてないほど、藍くんが怖いと思った。それは紛れもない事実だ。でも……彼を責めることはできない。だって私がルイを傷付ける行動を取ったことは、事実なのだから。藍くんは藍くんの立場から、許せないものを責めただけ。


「ねぇ、准くん」

「うん?」

「私が……ルイを殺しかけたのは、1度じゃないって……本当?」


 遠慮がちに窓を叩いていた小雨が、次第に激しくなっていく。静かなエンジン音と、准くんの深いため息。冷え切った空気が、沈黙は肯定だと応えているようだった。


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