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Lovers High  作者: ショコラ*
第七章 プリズム
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確かなこと


「ごめんね」


 不意に彼がこぼした言葉は、意外なものだった。


「え……?」

「俺、きっと怖かったんだ」


 うつむいた表情から、確実な情報を読み取るのは難しい。それでも彼が何かに苦しんでいるのなら、その根源を取り除いてあげたかった。


「ユウが苦しむなら……ずっとこのまま、ただそばで生きて行く道もあるかもしれないって」

「……」

「でも、違ってた。それじゃあ君に不誠実だって、気付いたんだ」


 ふっと笑った彼は、一層綺麗で。


(私はこの笑顔が、すごく好きだった)


 心の内でそんな感情が芽生え、はっとする。唐突に自分が、この微笑みにずっと焦がれていたように思えたのだ。


「セイは“いつも”、自分で答えを見付られるよね……いつも頼もしくて、前を見据えてた」


 何かが乗り移ったかのように、勝手に言葉が口を衝いて出る。でも恐ろしさは全然なくて、むしろ安堵のようなものを感じた。


「だから……私は、いつも……」


 不意に、ズキリと走った激しい頭痛。とっさに目を閉じれば、何かが聞こえてきそな……見えてきそうな気がした。今朝ルイたちといたときのような、独特の感覚。

 ―――欲しい。私が焦がれる人と、繋がれるはずの“何か”を。たとえそれが、痛みを伴うものであっても。


『君が、好きだよ』


 嬉しかった。生まれてきて良かったと、涙を零すほどに。

 あれは、いつの出来事だった?


「……ユウ」

「ふ……っく……」


 突如込み上げてきた、感情が濃縮されたような熱い涙。この中には、何が含まれているの? 頬を伝う滴は、きっと私よりも真実を知っている。


「わた、し……セイを……」

「ユウ……」


 次の瞬間、私たちの距離はゼロになった。ぎゅっと抱き締めてくれた腕の感触に、直感的に理解する。私はこの温かさを、心底愛していたのだ。


「ごめんなさい……! わからないの……っ」


 許しを請うのは、罪かもしれない。だけど私自身を許しがたくて、謝らずにはいられなかった。こんなにも愛おしいのに、その理由がいまだにわからないのだ。


「でも……でも。私、セイが……」

「ユウ、いいんだ。ゆっくりでいいんだよ」


 あまりにも優しい体温に、すぐそばで聞こえる声に。溶けて消えてしまいそうなほど、恋慕の情が募っていく。


「……好き……」


 私の中の“何か”はまだ、完全には覚醒していない。それでも強烈な感情は、溢れ出るようだった。ひとまず最も大切なことだけは取り戻せたと、叫び出したいほどに心が震える。ぼやけた視界の中、ゆっくりと迫ってくる端正な顔に瞼を伏せた。濡れた唇の重なる感触に、うっとりと身を任せる。存在を確かめ合うようなキスはあまりにも甘美で、思考がとろけていくようだ。


「ん……っ」

「は……、ユウ……」


 私を切なく呼ぶ艶めいた声に、もう離れたくないと思う。思い返せば初めて名を呼ばれた時から、ずっとそうだった。


「セイ……」

「好きだ」


 囁き合い、見つめ合えば、この世のすべてがどうでもいいことのように思えた。目の前の愛しい人よりも大切なものなんて、どこを探したってありはしない。


「ああ……離したくない」


 首筋に顔を埋めたセイの柔らかな髪が、頬を撫でてくる。背中に回した腕に力を込めれば、その何倍も強い力で抱き締め返された。


(あったかい……)


 枯れかけた花が、息絶える寸前で水を吸い上げたみたいに……生まれて初めて、正しく呼吸ができたような気分。セイへの想いが、一気にクリアになった。


「セイ……」


 首筋から耳へ、耳から顎へ。なぞるように這わされていた唇が艶やかに開き、私の唇を甘噛みする。


「は……、んっ」


 漏れ出す吐息すらも惜しむように、奪うように押し付けられた唇が、私のすべてを麻痺させた。いつの間にか指を絡ませ握りあっていた左手が、燃えるように熱くなる。


「ユウ……愛してる」


 これまでは重過ぎると先入観を抱いていた言葉も、彼が紡ぐのなら話は別。甘く深い幸福感に陶酔し、また涙がこぼれ落ちた。セイは指先でそっと私の顔を上向けさせ、唇で拭ってくれる。


「……幸せ……」

「俺もだよ」


 見つめ合ったまま、どちらからともなく微笑み合う。引き合い続けていた想いがようやく交差して、絡んで……溶け合ったみたいだ。


「でも……セイ、私」

「ルイのことだよね?」

「……うん」


 できることならずっと、幸せに浸っていたい。けれどだんだん落ち着いてくると、今度は焦燥に駆られ始めた。今までの人生で何度となく私の感情を制御してきた、闇を纏う彼の顔が脳裏をよぎる。私を好きだと囁くルイの、あまりに切ない表情を思い出した。


「セイのことが好きだけど……、ルイとは、色々あって……」

「……うん」

「見捨てることは……できない」


 過去に受けた深い傷は、当事者である私やルイはもちろん、他の家族をも巻き込んで今も疼いている。私の目の前で起きた悲劇は、決して消せない過去だ。あれが繰り返されるかもしれないと知っていて、自分の幸せだけを優先することはできない。

 思いを告げた上にキスまで受け止めておいて……私は、本当にずるい。


「少しずつ、解決していこう」


 けれどセイは、ひと言も私を責めなかった。私の頬にかかった髪を払いながら、静かに微笑む。


「このままじゃいけないって、ルイ自身もわかってるはずだ」


 すべてを見透かすような言葉に救われ、私は目の前の胸に縋る。伝わってくる鼓動が、ひどく私を安心させてくれた。この鼓動が止まらない限りは、きっと……私も、頑張り続けることができる。


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