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Lovers High  作者: ショコラ*
第七章 プリズム
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木漏れ日の逢瀬


「……っ」


 急に室外に出たことで、降り注ぐ陽射しに目が眩む。明るさに慣れるのを少し待ってから、ゆっくりと歩き始めた。図書館の屋上に来るのは、これが2度目になる。最初はクリスマスの時期で、屋上庭園のライトアップを見に来たのだ。あの時は光が連なる光景に見惚れ、感動したけれど……人工的な光なんてなくても、ここはとても美しかった。

 敷石で作られた道の脇は、豪華な季節の花で彩られている。近い時間帯に庭師が水遣りをしたのか、多くの花々は瑞々しく滴っていた。図書館全体と同様に西洋がモチーフとなっていて、まるで中世のお城の庭に忍び込んだようだ。


「すごい……」


 圧倒されながらも、どこか懐古的な安堵を覚える。不思議な感覚に陥りながら、導かれるように小花で飾られたトンネルを抜けていった。風に運ばれてくる自然の甘い香りに深呼吸し、空席のカフェテーブルをいくつも通り過ぎていって……


「……?」


 屋上の外を向いた白いベンチが見えたところで、思わず立ち止まった。ベンチの端から、足が伸びていたのだ。体勢からして、誰か横になっているんだろう。昼寝の邪魔をしては悪いと思いながらも、好奇心に駆られる。

 ピカピカに磨かれた革靴に、絶妙に色褪せたヴィンテージのジーンズ。すらりと伸びた脚は長く、この距離でもスタイルのいい相手であることが伺える。ドキドキしながらベンチの前へ歩み出れば、細身ながら筋肉質らしい均整の取れた体が見え、腹部に手を乗せた相手の全貌が見えた。背の高い樹木の木漏れ日の下で眠る姿は、童話に出てくる王子様そのものだ。


(童話なら、眠っているのはお姫様のはずだけどね)


 小さく笑って、私はそっと彼の目の前でしゃがみ込む。サラサラと流れる髪、反射するピアス、伏せられた瞼。何もかもが、言葉を失うほど綺麗だった。


「セイ……」


 高揚するような緊張感と、心から満たされていくような安らぎ。相反する感情に弄ばれながら、ほとんど無意識に神々しい顔へ手を伸ばす。普段なら絶対、こんな大胆な行動はできないのに……静か過ぎる浮世離れした空間が、私を狂わせたのかもしれない。……ううん。狂わせたのはきっと空間じゃなくて、この王子様だ。

 透けるような瞼が、目前でゆっくりと開かれていく。ガラス玉のように透き通った……でも深みのある瞳に、あっという間に捕らわれてしまった。前から色素が薄めの瞳であると知っていたけれど、陽の光の下で見るとますます神秘的だ。甘いマスクに合わせてあつらえたような深いハチミツ色に、現実の人とは思えなくなる。開かれた唇が発した声で、ようやく彼も脈打つ体を持っているのだと実感できた。


「……ユウ」


 見惚れる私を瞳に映し、柔らかく微笑んだセイ。じっと私を見つめたまま、優しく頬に触れてくる。肌が触れ合ったところが、じわりと熱を帯びていくみたい。風にそよぐ木の葉の音と噴水の水音を打ち消すように、鼓動が激しくなる。


「会いたかったよ、ユウ」

「私も……こんなところで、会えると思わなかった」

「会えるさ。ユウに会いたくて、嵐に協力してもらったんだから」

「えっ」


 ぱちりと瞬いた私を見て、セイは静かに笑う。そして身を起こし、隣に私を座らせた。


「どうしても、会いたくて。謀ってごめんね」

「そういうことだったの……どうりで嵐が、ニヤニヤしてると思った」

「怒らないであげて。嵐は、俺のワガママを聞いてくれたんだ」


 話している間も、真っ直ぐに見つめてくる瞳から目を逸らせない。だから不意に手の甲に感じた体温に、はっとした。

 この手を受け入れることが何を意味するのか、わからないほど子どもじゃない。それでも本能がこの温もりを渇望していて、拒むなんて考えられなかった。泣きたくなるほどに、心地がいい。


「ねぇ、セイ」

「うん?」


 ずっと胸の中でくすぶっていた想いを言葉にしようと、口を開く。

 この数ヶ月で激変してしまった生活、戸惑うほどに揺さぶられる私の気持ち、言葉にできない引力――決して偶然の産物とは思えない数々が意味することを、教えてほしい。


「私……」


 完全には迷いを拭えていない手探りの決意を、セイは何も言わずに見守ってくれている。いつの日か、この瞬間がくるとわかっていたかのように。


「……私……何を知らないでいるの?」


 ザワリと、風が髪を揺らす。直後雲で陽が陰り、甘いハチミツ色が穏やかな琥珀色に変化した。その意思が伝わってくる視線を見て、やはりこの人は“答え”を持っているのだと確信する。


「すごく、大切なことだよ」

「……!」


 それは陽炎のようだった幻想が、初めて実を結んだ瞬間だった。まだまだ水のように透明で、つかむことは叶わない程度だけれど……それは確かに存在し、実体のあるものなのだ。


「その大切なことは……リネたちにも、ルイたちにも、関係があるんだよね……?」

「ああ」


 セイは短く肯定すると、重なっていた私の手を取り、自身の頬に添えた。

 ――日陰に潜み、肌に触れる秘密の逢瀬。再び訪れた奇妙な既視感に、心臓が一層速くなっていく。まるで……そう。この身体を、他の“誰か”と共有しているような感覚だ。

 1度目を閉じて深く息を吐き、改めてセイの顔を見つめる。これまで彼によく見られた負の気配――葛藤や苦しみのような表情が、今日は微塵も見られない。まるで何か決意したような、憑き物が落ちたような、すっきりとした顔をしていた。だからこそこれまでで1番、美しく見えるのかもしれない。

 見るたびに謎も魅力も深まる、唯一のひと。こんなにも心奪われて、目が離せない。


「ユウはこれから、大切なことをたくさん知ることになる」

「……」

「でも、その瞬間はきっと……もの凄く、つらい」

「……」


 それも、なんとなく予感していたことだった。みんな上手くやってくれていたけれど、常に私を思い遣ってくれるような視線に、違和感があったのだ。これから私に降りかかる恐ろしいことを、そろって警戒しているみたいに。でも……


「それでも知らなきゃいけない、大切なことなんでしょう?」


 自信を持って問い掛ければ、セイは微笑みを返してくれた。



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