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Lovers High  作者: ショコラ*
第七章 プリズム
47/54

ひとかけらの


「顔が真っ青だ……冷や汗もかいてるね。どうする? ルイ」

「医務室はどこの館だっけ」


 いつの間にか大学に着いていた車を降り、准くんが後部座席側に回ってきて、ルイと会話をしている。私の体調を気遣っての会話なのは重々理解していたものの、心のざわめきが止まらない。


「ユウ、とりあえず降りよう」


 先に降りたルイが、私に手を伸ばした。柔らかな陽を浴び、私に真っ直ぐに伸びる綺麗な手。


“この手を取ったら――”


 どこからか、そんな警告が聞こえた気がした。


「どうしたの?」


 いつまでもその手を眺めていた私に、ルイが眉をひそめる。


「ねぇ……ルイ?」


 ほんの数分の間に私の精神は衰弱し、絞り出した声は掠れていた。


「なに?」

「前にも、こんな事が……」

「え……?」


 石積みの屋敷沿いの、並木道。車……では、なかったかもしれないけれど。遠い道のりを越えた場所に……そう、ルイの姿があって。


「前にも……こうして、迎えに来てくれたことが無かった……?」

「……」

「あの時私は……青い服を……」


 そうだ。目の覚めるような青い服は、特別に用意された上等なものだった。それも伝えようとするものの、私の言葉は途切れてしまう。隙間が出来ないほど、強く抱き締められたから。痛みすら感じる抱擁に、霧がかかったようにぼんやりしていた私の脳が、少しずつ稼働を再開させる。


「……ルイ?」


 何も言わずに、今も尚私を抱き締め続けるルイ。妙な不安感を覚え、戸惑いながらそっと胸を押し、体を離そうと試みる。


「あの……」

「何も考えないで」

「ルイ……?」

「お願いだよ、ユウ」


 その顔を見て、思わず言葉を失った。悲痛に歪んだ、苦しげな瞳。その瞳に見えたのは、明らかな“怯え”だったから。


「“今”だけを見てほしい」


 イマ ダケヲ ミテ ホシイ

 その言葉が、なぜか記号のように聞こえる。その言葉が連なって表す本当の意味は、一体何? ルイは、何に怯えてるっていうの?


「疲れてるんだよ、ユウちゃん」


 私とルイの会話に割り入って、准くんがミネラルウォーターのペットボトルを手渡してくる。


「そういえば昔みんなで、美術館に行ったな。ちょうどこんな並木道沿いだった気もする……青い服を着てたかどうかまでは、覚えてないけど」


 そう言った准くんの言葉に、違和感を覚えながらもうなずく。向こうに立つ藍くんが過去に見たことが無い様な、無機質な表情を浮かべていたことも……後ろでルイがほっとした顔を見せていたことにも、気付くことはできなかった。



「次は、別々の講義室だね」


 不思議な体験をしたとはいえ、その後はいつもと変わらない時間を過ごした。3人は他学科とはいえ同学部だから、基本的には誰かしらと教室が被っている。だから全員と別の教室になるのは、一週間の中でも次の講義だけだった。


「終わったら、すぐに迎えに行くよ」

「わかった」


 名残り惜しそうなルイが、私を教室まで送ろうと隣を歩いている。その時、私の携帯のバイブが揺れた。



**/05/11 10:32

from:嵐

sub:超急ぎ!

--------------------------------------

悪いユウ!

お前のバッグに俺の電子辞書入ってねぇ?

昨日間違えて入れたっぽい。

今図書館前なんだけど、届けて!

--------------------------------------


「…………」

「どうしたの?」


 自分のバッグの中を掻き回してみると、確かに嵐の電子辞書のケースがあった。バッグの置き場が並んでいるとはいえ、私のバッグに物を入れてしまうなんて……自分の弟ながらおっちょこちょいだ。私は苦笑して、ルイに内容を見せる。最近ではこうしてプライベートなやり取りまで、ルイに伝える癖ができていた。


「ごめん、ルイ。嵐にこれ届けてくる」

「送るよ」

「ありがとう。でも次の教室の近くだし、ひとりで大丈夫」


 私が微笑むと、ルイはどこか不安そうながらも頷く。さすがに弟への一瞬の受け渡しに、深い意味などないと確信したのだろう。


「わかった。じゃあ、また後で」

「うん」


 私はそう応えると、大学の図書館へと向かう。最近では大学内で隣に誰もいないのが、酷く不自然に感じるようになってしまった。3号館のカフェテリア前を通り過ぎ、鮮やかな花々が植え込まれた小道を抜ける。他の館から少し離れた図書館は風情のある煉瓦作りで、その外壁を伝う蔦が古い洋館を思い起こさせた。

 私が大学内で、1、2位を争うくらいお気に入りの場所。正面玄関の時計台の下に、弟は凭れ掛かって待っていた。


「嵐!」

「おー、ユウ。悪いな」

「本当に。次はちゃんと確認してね」


 電子辞書を手渡すと、嵐はニヤリと笑う。


「ユウ。今から何も聞かずに、図書館の屋上向かえ」

「はぁ? もう講義始まるんですけど……」

「サボれ。緊急指令!」

「えっ?」

「いいから! ここでサボらないとお前、一生後悔すんぞ」

「なに言って……」

「じゃ、俺は行くから」

「ちょっと!」


 慌てる私に取り合うことなく、嵐は涼しい顔で歩き出す。


「屋上だからな。絶対行けよ! 行かなきゃお仕置きだから!」

「貴方……お姉ちゃんに向かってお仕置きって」


 呆れてため息をつくものの、嵐は本当に行ってしまう。私は腕時計を見て、ちょっと躊躇した。次の講義、必修なのに……

 でも嵐は、ただの悪戯でこんなことを言うような子じゃない。このまま立ち去ったらモヤモヤしそうだし、ちらっとでも屋上を覗いた方が良さそうだ。私は図書館の方へ足を進めた。


 館内に入ると行き届いた空調が、一気に肌を冷やしていく。午前の空き授業がある上級生がまばらに座っているだけの、ガランとした図書館。その最奥にある幅広の螺旋階段をトントンと上り、最上階を目指した。だんだんと脚が疲労を覚え始めた頃、ようやく階段は終わりを見せる。若干息を切らしながら自販機や喫煙所の前を通り過ぎ、屋上へと繋がる重い鉄扉を押した。


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