繰り返すように
「ユウの恋人の……ね」
小さく呟けば、3人がはっと俺の方へ向き直る。
「俺ですら、そんな自己紹介したことないのに……ルイが羨ましいよ。どんな事情があるにしろ」
投げ遣りに呟けば、リネと嵐が困惑した顔をする。この二人は性格こそ全然違うものの、どこかしら思考回路が似ているのかもしれない。
「セイ」
そして、案の定ヒロからの雷が……
「気を落とすな。俺たちが付いてるだろ」
……落ちなかった。予想に反して肩に手を置かれ、思わず顔を上げる。
「……珍し」
「流石に、俺も鬼じゃねぇよ。キレなかっただけ、お前の方が俺より大人だ」
……マジで、やめてよ。泣きたくなるじゃん、カッコ悪い。
「相変わらず、アイツらは気に入らない……」
ルイたちが去った方向を見たまま、すっと目を細めてヒロが呟く。ルイとヒロは、かつて対等の立場でもあり、敵でもあった。一方俺はあの頃、ルイよりも格下で。どんなに悔しかろうと、ユウが奪われていくのを、ただ見ていることしか出来なかった。そんな俺の代わりに、ヒロはあの頃もルイに対して顔をしかめていたっけ。
でも……今は、違うんだ。
“次はもっと、貴方に近い場所に生を受けて……”
あの時、俺よりも……俺たちの誰よりも立場が弱かったユウは、約束を守ってすぐ近くに現れてくれた。だから俺も、応えなきゃいけないんだ。
あのとき、君と交わした約束を守るために――
「結局、神様って存在してるんですかね……」
いつの間にか、衝撃の新歓パーティーの日から数日が経っていた。学年が変わっても、相変わらず俺たちはガラス越しに陽の注ぐ3号館のカフェに身を寄せている。変化したのは、ユウが微笑んでいた席に、その面影を共有している嵐が座っていることぐらいだ。
「なんだよ、嵐」
「いや、いるならちょっと説教したいなって。生まれ変わっても繰り返さなきゃいけない運命って、無意味だと思いません? 無駄が多い」
「……信仰のある人にぶっ飛ばされるぞ、お前」
あまりにも不謹慎な発言に、思わず眺めていた雑誌から視線を上げた。
「嵐って急に怒り出すよね。うふふ、私みたい!」
「やめてくれ、リネ」
朗らかに笑うリネに、ヒロもうんざりしたように課題を書く手を止める。前に感じたことは、気のせいじゃなかったみたいだ。嵐は捻くれ者でリネは真っ直ぐな人間だけれど、突拍子も無い発想とかが、どことなく類似していた。
「昨日、たまたま嫌な夢を見たんですけど……」
嵐の表情が、すっと陰りを見せる。
“嫌な夢”
これは俺たち全員が、それぞれに持つ闇に塗れた記憶――言ってしまえば、誰かしらとの“別れ”の場面の記憶を示唆するものだと言って良い。俺たちは出逢い、心を通わせて……最後には引き離された。その時を迎えるにはあまりにも若く、純粋だったあの頃の俺たちにとって、いまだにそれは苦い思いを伴わせる。例え今新しい身体を得て、新しい人生を重ねている最中なのだとしても。
「俺、なんでルイにココ焼かれたか、わかっちゃったんですよね」
そう言いながら首を少し傾げ、鎖骨下にある火傷の跡を示す。ユウの面影のある顔で、そんな色っぽい仕草を見せないで欲しい……
嵐は大体中性的な顔立ちであり、元々無駄に色気が有り過ぎるのだ。
「理由?」
俺はほとんど度の入っていない、オシャレ目的のメガネを外してテーブルに置くと、嵐に向き直った。
「ルイ、これ付けた後に『ユウの制裁は、これで清算する』的なこと言ってたんですよ」
そう言いながら嵐は溜め息を吐き、テーブルに肘をつく。話にユウの名前が上がって、自ずとリネとヒロも口を噤んで耳を傾けていた。
「あの時は、ただの嫌がらせの延長線かと思ってたんですけど……」
そう呟いて、嵐は傷痕に指を這わせた。
「この場所は……」
――ドクン。身体中に、ひと際大きく鼓動が脈打つ。一瞬にして、忌々しい記憶が脳裏を霞めて、思わず嵐から視線を外した。同時にリネは真っ白ですらりとした手を口に当てて眉を顰め、ヒロも顔をしかめる。多分、皆同じ情景を思い浮かべた。
誰よりも早く先立った、ユウの最期の姿を。
「……そういえば、その場所を貫られたんだったね。辛い思い出だから、忘れてた」
哀れっぽく呟いたリネが、切な気に微笑む。今こうして思い出すだけでも、こんなにも辛いのだ。その傷痕を、今世ともリンクさせるかのように新たに刻んだルイは、いったい何を考えていたのか。とてもじゃないけれど、正気の沙汰とは思えない。ルイはウを、どう考えているのだろう……
あの頃もルイは恋慕の情があまりにも強く、道を外れてしまった。彼の歪な形となった愛を埋める方法が、俺たちの繋がりを絶つことに繋がったわけだけれど……
大概アイツも、悲しい人生だったのだろう。だからといって、決して許すことは出来ないが。
時代、社会、立場。どうにもならない理由で阻まれた俺と、どうにもならない理由でしか結ばれなかったルイ。心だけは今も尚互いに引き合い続けている俺と、今世も血縁関係という形でしか繋がりを得られなかったルイ。
どちらが、ユウに近いのか。 どちらが、より心を焦がしているのか……
許すことは、出来ない。
でも同じ者に心を奪われた身としては、同情せずにはいられないのも事実だった。




