哀しみの記憶
「あー、もしもし、ユウ? 今ちょっと平気……あぁ。あの……は? 試着室? 買い物してんの?」
携帯に耳を当てて話す嵐。俺の中では、今も“あの頃”も敬語で礼儀正しく話す嵐のイメージしか無いから、かなり新鮮に見える。
「え、ドレス? なんで。……うん、うん……え……っては? ちょっ」
徐々にトーンダウンしていく嵐を不思議に思いながら見守っていると、今度は顔をしかめて焦り出した。
「……んだよ、お前と話す気はねぇんだよ。今すぐユウに代われ。つか勝手に出てくんな……あ?」
口調がまたガラリとキツくなり、相手がユウでは無くなったことがすぐにわかる。リビングには、妙な緊張感が走った。
「……あぁ?! フザけんな……つか、は?! お、オイ……っあ、ユウ……なに、ルイとうとう頭イッちゃったわけ? なんだ今のウザイ冗談……え?」
不意に見開いた目で、見守る俺たち3人の方へと向き直る嵐。
「……マジで」
嵐の瞳が、珍しく不安定に揺れる。
「あー……そっか。……わかった。いや、なんでも無い。なんの用も無くなったわ、今」
視線を落として、嵐は吐き捨てるようにそう言った。
「うん、うん……わかった。帰る時、またメールしろよ。あぁ……じゃあ」
1番嵐に近い位置にいた俺の元には、微かに電話の切れた電子音が届いてくる。嵐は数秒間そのまま固まった後、携帯を持つ手を力無く下ろした。
「……嵐?」
いつの間にかすぐそばまで歩み寄ってきていたヒロが、嵐の肩を叩いた。
「ルイが……」
嵐が、俯いたまま呟く。
「ルイと、その取り巻きが……新学期から、大学に編入してくるそうです」
…………は?
「な、なにそれ」
リネが立ち上がる。
「スイマセン、俺もそこまでは予想出来ませんでした……」
顔を歪めて、唇を噛む嵐。ふと、俺はヒロと目が合った。
「……」
何も言わずに、ヒロが頷く。こんな風に、ヒロとは時々言葉無くして通じ合えることがある。あの頃と、同じように。
「顔上げろ、嵐」
「ヒロさん……」
「大丈夫だ」
はっきりと言い切ったヒロに、嵐が目を丸くする。
「大丈夫だよ、嵐」
俺も、そう言葉を掛けた。
「そうね……うん、大丈夫だよね」
苦笑したリネが、思い直したように続く。
「嵐。俺達の繋がりは、そんなに脆くない」
ヒロの言葉はいつだって自信に満ちていて、聞く者すべてを一瞬にして平伏させる力があった。でも、今回ばかりはヒロの言葉があろうと無かろうと、俺にも自信がある。
「俺達が再会出来たこと自体に、答えはもう出てるだろ?」
嵐に問い掛ければ、ふわりと微笑んだ。やっぱり弟だというだけあって、時々ユウに似た表情を見せる。これは、今世のオリジナルだ。
「そうですよね……。すみません、変なこと言って」
「でもぉ、逆にこれでやーっと全面対決出来るってことじゃない? 待ってるだけなんてもう嫌!」
「お前はあんまり前に出過ぎるなよ? 俺がなんとかする」
「待ってヒロ。ユウを守るのは俺の仕事だから」
リネをたしなめるヒロを見て、俺は笑いながら言った。
「そうだな。でも、お前に関する責任を負うのは、俺の役目だ」
「……! ごめんヒロ、俺惚れそう」
「だめ! ヒロは私のです!」
なんとも緊張感の無い俺達のやり取りを見て、嵐は静かに笑っていた。
――大丈夫。俺たちの絆は何にも阻まれることなく、永遠に続いていくはずだ。
でも……やっぱり、もっとユウに会いたい。この気持ちだけは、どんなに強がっても隠せそうになかった。ようやく君を、堂々と抱き締めても許される世界に生を受けたのに。ユウ、君に会いたいよ――
『お願いです……』
美しい、一点の曇りも無い瞳で、君は言ったよね。
『もし私が……すべてを忘れてしまっても』
真っ直ぐな眼差しである一方、風前の灯のように儚く揺れる瞳――
『どうか……私の愛を、信じて下さい……』
わかっていても……目の前で君を失わなければならない絶望に、俺は涙が止まらなくて。必死に頷く俺の手を、君はそっと握り返してくれたんだ。
『“次”は……もっと、貴方と近い場所に……生を受けて……』
『君は、いつだって俺に1番近い存在だった!』
どれ程愛してるのか、伝えたくて。これが最期の会話になるのなら、尚更伝えたくて……俺は雪のように真っ白になった君の頬に手を添えて、必死に訴えた。
『セヴェリオ様……』
『いかないでくれ……君無しで、俺は……』
『私は、いつでも貴方と一緒です……』
愛しくてたまらなかった、君。さよならが来ると知っていても、やっぱり認めたくなくて――
『また、私を……見付けて、そして……』
青白い身体が深紅に染まっても、やっぱり君は美しく……
『もう1度……、私を、愛して下さい……、……』
俺に約束を遺して、儚くも散っていってしまった。幸せだった頃の記憶が一瞬にしてモノクロになり、俺の世界は色を失った。君に会いたくて、会いたくて……愛しくてたまらなくて。
ひとり暮らしをしている、マンションの一室。俺は物が少ない寝室に寝そべりながら、目を閉じていた。リネがぼやいていたように、俺もしょっちゅう夢をみる。ぼんやりと意識を鈍らせれば、嫌でも“あの時”のことを思い出した。ユウと、死をもって引き離された過去の悲恋……それから後に失った、ヒロやリネとの繋がり。あの頃は時代も社会も、すべてが俺たちを阻んだ。
だから今度こそは、皆で幸せになる。絶対に……奪わせない。




