春を間近に
雑誌をめくっていた手を休めて、ふと傍に置いていた携帯を眺める。今日も音沙汰無し、か。特に連絡が無いということは、杞憂な事も起きていないという証拠だ。
……頭では、わかっているのだけれど。なんとなく嫌な予感がして、落ち着かなかった。
ねぇ、ユウ。君は今何を見て、何を感じ、何を考えている……?
第六章『恋奏華』
side:セイ
「ヒーローっ! ねぇ、この服可愛くない?」
「似たようなの持ってるじゃねぇか」
「え、そうだっけ?」
「1週間前、買っただろ」
「……あ!」
「リネ、いっぺんクローゼットひっくり返して確認しとけ」
目の前では相変わらず、ヒロとリネが平和な会話を繰り広げている。一方俺はリビングのテーブルでぼんやりと、ソファーでイチャつく2人を傍観していた。
「考え事ですか、セイさん」
「……ありがと」
不意に目の前にカフェラテが差し出され、はっと顔を上げると、嵐が微笑んでいる。
「嵐がいてくれると、本当に助かるよ。見ての通り、2人はいつもあんな調子だからさ」
「あはは、本当に仲が良いですよね」
「嵐は恋人とかいないの? すごいモテそうだけど」
「あー……モテますけど、特に彼女は作ってないですね」
「ははっ、謙遜はしねぇのな。お前本当に、ユウと同じ家で育ったのかよ?」
笑いながら口にしたカフェラテは、香りが良くてとても美味しい。嵐も笑いながら、俺の正面に腰を落ち着けた。
――嵐と再会してから、数週間。ルイたちに動向がバレない程度に、嵐はタイミングを見てこうして顔を出すようになった。思った通り、特に違和感無くこの場に馴染んでいる。
「ていうか、お前の入れるコーヒーって美味しいよな」
「ヒロさんが、キッチン好きにしていいって言ってくれたんで。好きなコーヒー豆、勝手にストックしてるんですよ」
「ははっ、早くもキッチンは嵐のテリトリーか」
「いや、大したもんは作れないですけどね」
嵐は困ったように微笑みながら、ミルクティー色の柔らかな髪をフワフワと掻いた。
「ユウは紅茶派なんで、セイさんがコーヒー喜んでくれて嬉しいです」
「ユウってコーヒー嫌いなのか?」
「飲めることは飲めるみたいなんですけど、好んでは飲まないですね」
「ふーん、そうなんだ……」
そう言って、嵐がコーヒーカップを傾ける。いまだ不思議な感じがするけれど、本当に弟なんだよな。そう実感すると同時に、大切にしている嵐にさえ、嫉妬してしまいそうになる。まったく、格好悪い限りだ。
“あの頃”も俺は、ユウの1番そばにいることは出来なかった。想いだけは、誰にも負けなかった自信があるけれど……やっぱりいざという時は、物理的な距離も重要になってくる。
誰よりも、君を知りたい。誰よりも、君を理解する人間でありたい。
ユウのことを想えば想うほどそう願わずにはいられないのに、いまだ俺は君に手が届いていない。いったい、いつまで待てば君の隣に行けるのだろう。現実はなかなか厳しくて、とても歯痒かった。
「……会いたいな」
「セイさん……」
思わず溢れ出た言葉に、嵐も複雑そうに表情を歪める。
「辛い……ですよね」
嵐にそう問われ、俺は頬杖をついたまま目を閉じた。辛い……そう言われてみれば、そうなのかもしれない。でも――
「約束したから」
そう。他の誰でもない、ユウとの約束……俺にしか果たすことの出来ない、時を越えた誓い。あれを思えば、辛いなんて弱音は吐いていられないから。
「ユウの記憶があっても無くても……俺が、ユウを幸せにするんだ」
「……はい。協力します」
俺の宣言に、微笑んで応える嵐。俺もふっと笑って、カフェラテを飲み干した。
「そういえば、嵐。あなた新歓パーティーはどうするつもりなの?」
「あぁ……まだ考えてませんでした」
不意に話し掛けてきたリネに、嵐はすぐに反応する。
「私たちはもちろん一緒に行くんだけど、嵐はユウと一緒でしょ? 合流出来ないのかな」
「そうですね……。ちょっと目についちゃうかも」
嵐は苦笑した。
「皆さんが、こんなに美系じゃなきゃ良かったんですけど」
「嵐、それ嫌味だと思う」
「俺もそう思う」
自分だってファッションモデル顔負けの顔をしているくせに、と俺とリネは反論する。人目を集めるという意味では、俺たちと大差無いはずだ。
「あはは、ありがとうございます。けど、だから1ヶ所に固まると目立っちゃうと思うんですよね」
「でも、ユウと私たちが一緒に行動してるのはもう知れ渡ってる事だし……。適当に嵐とは初対面、みたいな空気出せばいいんじゃない?」
「リネ、そんな高度な演技出来るのか?」
「セイって、私をバカにし過ぎだと思う」
「あ、じゃあ一応ユウと相談してみますよ」
「うん。じゃあ嵐、今電話して!」
「え、今ですか?」
「だってー、善は急げって言うでしょ?」
「どの部分が『善』なんだよ」
「ユウの新学期早々の行動を、私たちと共にさせることでしょ?」
あー、なるほど。リネの女王様思考も、時々は共感出来るようだ。俺のツッコミに牙を剥いたリネを撫でながら、思わずくすりと笑ってしまった。
「あ、皆さん静かにしてて下さいよ? 多分そばにルイがいるから」
嵐が釘を刺した瞬間、リビングは静まり返る。リネとヒロはドス黒いオーラを醸し出し、俺もまた苦い気分に溜め息を吐いた。頭でわかってはいても、やっぱり気持ちは追いつかない。アイツ――決して許すことの出来ない、あの男の元へ身を委ねているユウにさえ、非難の気持ちが生まれてしまいそうになる。ユウを責めるなんて、筋違いも良いところだけれど。どうしても、嫉妬する感情は抑えきれなかった。
「はぁ……」
どうしてまた、従兄なんかに生まれてしまったんだ。血縁関係があると言われてしまえば、俺が手を出せる範囲は限られてしまう。身動き出来ない現状に、苛立ちばかりが募った。




