黒の姫
「相変わらず、ユウちゃんは欲が無いね。これだけ財布代わりになる男がいるんだから、もっと贅沢言ってもいいのに」
そう呟く准くんに、私は溜め息を吐く。
「皆して、私をダメ人間にしようって魂胆?」
「冗談! 単純にユウチャンは、俺らの“お姫様”ってことでしょー?」
本気で言っているらしい藍くんの発言を聞いて、思わず頭を抱えたくなった。
本当にこの3人は、私を甘やかし過ぎる節がある。
“お姫様”という表現もあながち嘘ではなく、もし言われるままにワガママを通すようになったら、平凡な私でも傍から見ると「美形不良に囲まれたお嬢様」くらいには認識されてしまいそうだ。
……何となく、ヒロとセイ、それから嵐と同行することの多いリネを思い出す。
けれど彼らが纏う“光”とか“陽”とかのイメージに対し、きっとこちらは“黒”や“影”といったイメージに近いだろうから、リネと私では対照的に見えるだろうけれど……。
まったく、どうしてこうなってしまったんだか。
何より自分が、徐々にこの環境に馴染み始めていることに動揺を覚える。
完全に擦れ違ったままであるよりは良いに違いないけれど、嵐やセイたちを想うと、やっぱり複雑な気分だった。
それからしばらく車に揺られた後、私たちは大通り沿いにある高級そうなイタリアンレストランに着いた。
ルイのエスコートで車を降りると、先に外に出ていた藍くんと准くんが両脇を固める。
よく晴れているせいで、レストラン入り口のガラスがピカピカと眩しく反射していて……アッシュブラウンの髪をしたモデルのようなルイ、右にいる赤髪で長身の准くん、左にいる金髪で気だるそうに歩く藍くんの姿が、映画のワンシーンのように映った。
唯一違和感を覚えるのは、その中心にいるのが私だということ。
皆で私の周りを取り囲むように歩く彼らからは、周囲を威嚇するような、ビリビリした緊張感が放たれている。
まるで守られているような状況に、戸惑いを覚えずにはいられなかった。
「ユウ、どうしたの?」
ふと問い掛けてきたルイの目は、いつものように穏やかで優しい。
「……何でもないよ」
外に向ける視線が冷たくて無機質になりがちな彼だから、私に対する好意や執着は、痛いほどに伝わってくる。
その不器用な愛情を目の当たりにすると、いつだって私はどうしたら良いのかわからなくなってしまう。
私が迷って曖昧な態度を取れば取るほど、事態は悪くなってしまうとわかっているのに……。
「いらっしゃいませ」
そう言ってテーブルへ案内してきてくれたウェイトレスは、こっちが委縮してしまう程の美人だった。
けれど、私以外のメンバーを見て頬を染めた彼女が気の毒になるくらい、ルイたちは誰も気に留めていないようだ。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さいませ」
若干媚びたような響きを含ませた決まり文句を言ってから、彼女は去って行く。
「……美人な店員さんだったね」
彼女の背中が大分離れて行ってから誰にともなく呟けば、隣に座ったルイがぴくりと反応した。
「……美人?」
「うん」
「えぇ、そうだったー?」
頷く私に、藍くんも首を傾げてくる。
「美人だったよ」
「ユウが隣にいたから、霞み過ぎて見えなかった」
いやいやいやいや、ルイ……。
笑顔で、何て残酷な嘘を言うの?!
私がげんなりして眉を寄せれば、准くんが笑った。
「いや、ほんとにユウちゃんの方が美人だよ」
「准くんまで……やめてよ。誰もそんなの同意しないって」
「でも、俺もそう思うよー」
「藍くんは黙ってて!」
きっとルイに感化され過ぎて、准くんも藍くんも悪趣味になったに違いない。
私は溜め息を吐きながら、メニューを広げる。
……が、思わず顔が引き攣った。待って、これ値段がおかしい。
「藍くん……私、『普通』のイタリアンでって言ったよね?」
「どう見ても『普通』でしょ。よくふらっと来る、お気に入りの店だよ」
前に准くんが言ってた、「藍の家は金持ち」という話は本当だったらしい。
類は友を呼ぶって、本当だ。
こうして派手な格好をしていても、お金持ちで知能が高いという共通点を持った3人が、星の数ほどいる不良たちの中から互いを見付け出してつるんでいるのだから……。
「そういえば、ユウちゃん。大学の新歓パーティに着ていくドレス、決まった?」
各々の注文を済ませて手持無沙汰になった頃、准くんが不意に切り出した。
「あー……実はまだなんだ。去年着てから、もうドレスを買うような機会も無かったし」
新歓パーティというのは、うちの大学の名物イベントのことだ。
入学式の後、オリエンテーションと親睦会を兼ねて開催される、希望する生徒は皆参加することの出来るセミフォーマルなイベント。
希望者は、という名目ではあるものの、実際は毎年ほぼ全生徒が参加する恒例行事だ。
ドレスアップする機会なんてそう多くない日本では、ちょっと特殊ではあるものの、パーティーの雰囲気が好きな私は少し楽しみだったりもする。
ただ、去年から付き合いがある友人たちの目を考えると、入学式の時と同じドレスを着るのは少し気が引けるから、最近私の中でドレスは悩みの種になっていた。
「なんだ、そんな事」
ふっと笑って、ルイが私の髪を撫でてくる。
「もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「え……」
「俺たちパーティー慣れしてるからー、超カワイイの見立ててあげるよ」
ルイに続いて、藍くんまでにっこりと微笑んだ。
パーティー慣れ……って。
確かに普段ドレスとは無縁な私よりも、この3人の方がセンスが良いんだろうけど……
「……でも、ルイに任せると破産しそう」
「じゃあさ、ちょっと交換条件出してもいいかな」
「交換条件?」
首を傾げた私に、ルイは意味深な微笑みを浮かべた。




