微かな変化
「セイさんと話せた?」
「……あ、ごめん嵐。携帯、ありがとね」
後ろから声を掛けてきた嵐に携帯を返しつつ、私は苦笑した。
「あーあー、恋する乙女って顔しちゃって」
「うっそ、顔に出てた?」
「超出てるっつの。でもまぁ、どうせセイさんが甘々な口説き文句言ってきたんだろ」
「何でわかるの?」
「わかるよ。セイさんって天然プレイボーイな上に、更に経験も積んでるって感じの人だし」
「……そんなに、チャラくないよ」
「あはは、拗ねんなって。経験云々は、過去の話だよ。リネさんたちとつるむようになってからは、全然遊んでないらしいしさ」
「す、拗ねてないです!」
弟の前で思わぬ失態を晒してしまった恥ずかしさから、私はそそくさとコートを羽織る。
「じゃ、私もう行くから」
「……なるべく早く帰って来いよ」
「准くんがいるから、大丈夫だと思う」
「ならいいけど……」
「お願いだから、もう来ないでよ? トラウマになってるんだから」
私は溜め息混じりにそう言ってから、マンションの鍵を掴み、玄関へと歩き出した。
「行ってきます」
部屋に向かってそう叫ぶと、足早にマンションを出る。
時刻は、正午近く……少し、お腹が空いた。
お昼は、食べてから行った方が良いのだろうか。
少し迷った後、私は少しだけ使い慣れてきた携帯を開き、ルイに電話を掛けた。
『――はい』
「あ、ルイ。今平気?」
『ユウ? どうした?』
「今家出たとこなんだ。お昼、食べてから向かった方がいい?」
『いや……藍、ユウの駅の方回れるか?』
受話機の向こうで、間延びした「りょうかーい」という声が聞こえてくる。
バックに音楽がかかっているところをみると、恐らく藍くんの車に乗っているのだろう。
『俺たちも今、食事に出たところなんだ。拾うよ、駅前のロータリー辺りまで来られる?』
「うん、わかった」
電話を切って、駅へと歩いていく。
准くんと再会したあの日から、ルイたちとのコミュニケーションは徐々にスムーズになってきていた。
もちろん、怯えて過ごすよりは断然良いのだけれど……セイたちのことを思うと、どことなく後ろめたくもなる。
――ルイたちを、敵視出来なくなってきていることが。
駅前のメインストリートを歩きながら、建ち並ぶショーウィンドーに映る自分の姿を眺める。
ここ数年、ルイに会うときはほとんど意識して、ガードの固い服ばかりを着ていたのに……今日は何も考えずに、お気に入りのシフォンワンピースに、ショート丈のデニムジャケットを羽織ってきた。
ハーフアップにした髪は、カーラーを使って少し大きめに膨らまし、少し60年代風のアレンジにしている。
この髪色と格好でこれをすると、少し派手に見えるかもしれない。
さらにロングネックレスなどの小物のせいか、どことなく、気が強くて頭の軽い女の子のようにも見えた。
もしかしたら無意識のうちに、普段から派手なルイたちに感化されつつあるのかもしれない。
前嵐に、「ユウは周りに染まりやすい」なんて指摘をされたこともあるくらいだし……。
私って、意志が弱いのかな。
自嘲しながら溜め息を吐けば、いつの間にか駅のロータリーへとたどり着いていた。
最寄り駅は、路線上に大学がいくつも並んでいるということもあって、行き交う人たちの中には同年代も多い。
そんな中、ロータリー手前の人が集まる待ち合わせ場所に立っていると、突如後ろから声を掛けられた。
「ねぇ、お姉さん一人?」
「……」
思わず眉を寄せて、無視してみる。
「超美人だねー。何、待たされてるの? かわいそー」
「わ、ほんと美人サン!」
……サイアクだ。
相手は頭の悪そうな、男2人組。
多分、歳は同じくらいだ。
「ねぇ、待ち合わせまででも良いからお茶しない?」
「……放っておいて下さい」
「放っておけないよー。ねぇ、じゃあ番号教えて」
「あははっ、お前超ストレートだな!」
腕を掴まれて、私はいよいよ困惑した。
……やっぱり、セルフプロデュースって大事だ。
私も格好によっては、こんな人たちにナンパされる対象になるらしい。
「ほんと、無理なんで。やめて下さい、迷惑です」
「えー、冷たいなぁ」
ぴしゃりと言い放っても、ベタベタと肩を触ってくる。
どことなく、軽い喋り方は藍くんに通じる部分があるものの、不快感レベルがまるで違う。
藍くんにはイラっとさせられることも多いけれど、言ってみれば彼は、わざとそうしているような節がある。
だからそれはおふざけの一環であって、私が本当に嫌がるときはすぐに察し、引いてくれるのが常だった。
でも、この男たちは違う。
悪いけれど……正真正銘の、ただのバカだ。
「やめてよ、触らないで!」
苛立ちと焦燥感から少し声を荒げても、男たちは引いてくれる様子がない。
「いいじゃん、ちょっとだけだから……」
「やめ――」
言い掛けた瞬間、急に強い力でぐいっと後に引き寄せられ、私の言葉は不自然に途切れた。




