逢瀬電話
「ユウー、またルイんとこ行くワケ?」
不機嫌そうな声が聞こえて、私はお茶を注いでいた手を止めて振り返った。
「嵐……」
「ここんとこ毎日じゃん。まさか寝返ったんじゃねぇだろうな」
「寝返るってなに?」
笑いながらコップを差し出せば、嵐は視線をこちらに寄越したまま受け取る。
「みんな、早くユウに会いたいって言ってるよ」
「……うん」
嵐が「みんな」と言っているのは、リネやヒロや……セイのことで。
怒濤の試験とレポートの日々を終えた私は、春休みに入った今、ほとんどの日々をルイたちと共に過ごしている。
最後にみんなに会ったのは、いつだろう……。
キャンパスを出る際、ちらっとリネの後ろ姿を見たのを最後に、連絡すらとっていない。
……というのも、一応はこうして、嵐を通じて会話をしていることすら無い事になっているからだ。
ルイに強制的に携帯を変えられてから、みんなの連絡先は手元に無い。
その代わりに、今は一緒に住んでいる嵐の手元に、その連絡先が納められているのだけれど。
でも、これはルイたちには内緒。
嵐がバイト先でリネたちと接触したことは、まだバレていないから。
と、不意に軽快な洋楽の着メロが鳴って、嵐はパチンと携帯を開いた。
「はい、もしもし……あぁ、はい。元気です……あはは、そんなことないですよ?」
嵐は余所行きの、感じの良い声で話をする。
何の気なしにその様子を見守っていると、嵐が私の顔を見てニヤリと笑った。
「はい、はい……丁度いますよ。はい、今代わります」
「……え?」
不意に渡された携帯に驚きつつ、「誰?」と尋ねるものの、嵐は「出てみ」と笑うばかりで教えてくれない。
戸惑いながら携帯を耳元に当ててみれば、聞こえてきた声は――
「もしも……」
『ユウーーーッ!』
「う、わっ」
『うわっじゃないでしょ?! どういうつもり? 嵐越しなら連絡とれるんでしょ? 何で電話くれないの?! 私ずっと待ってたんだよ!』
「りっ……リネ?」
『何よ、私のこと忘れてたわけ?! もう信じられない!』
「ちが、違うよ。そんなこと――」
『会えないだけでもムカつくのに、どうして……って、ちょっと……!』
そこでノイズが入り、しばらくモメる声が聞こえた後、別の声が聞こえてきた。
『……リネが悪いな。元気かユウ?』
「ヒロ……」
『許してやってくれ。これでも、かなり我慢してたんだ』
「むしろ……私の方こそ、ごめんなさい。あれから何の説明もしてなくて」
『電話じゃ話し難かったんだろ? 何となく嵐から聞いてるから、気にするな』
「ありがとう。嵐まで、良くしてもらってるみたいで……」
『お前の弟だってこと抜きにしても、嵐は特別だから気にするな』
「うん……」
ヒロの言葉に、ほわんと胸が温かくなった。
リネたちは私だけじゃなくて、嵐のことまで大切にしてくれているみたいで。
その後も時々、嵐のバイト先のカフェに顔を出しているらしい。
嵐が新学期から大学に来ることも、とても楽しみにしてくれている。
何だか姉弟ぐるみで仲良くしてもらえて、すごく嬉しかった。
「じゃあ、ユウ……セイに変わるぞ」
「え? う、うん……」
ちゃんと返事をする前に、ガサガサとノイズが入り、私の心臓は急激に高鳴り始める。
……久しぶりに、セイの声が聞けるんだ。
『――もしもし、ユウ?』
「……セイ」
『元気にしてる?』
「うん、セイは?」
『あぁ……元気は、元気……かな?』
「そっか。良かった……」
『でも、ユウに会いたいよ』
「……」
『わかってる、色々事情があるんだろ? 困らせるようなことは、しないから』
「ごめんね……」
『リネみたいに、怒ったりもしないしね。安心してよ』
静かに笑う声が、耳に心地良い。
優しい響きが、胸の中を温かく満たしていく――
「嵐が、すごくお世話になってるって聞いた」
『あぁ。今や嵐は、ユウだけの弟じゃなくなったからな』
「えぇ、そうなの?」
今度は、私が笑う。
『ユウによく似て、俺たちの“癒し系”第2号と化してるよ。早く、2人が揃ってるところを見たいな』
「うん……私も、みんなと嵐が揃ってるところを見たい」
『新学期になったら、会えそう?』
「それが……」
『……ダメそうなんだ?』
声のトーンが下がった私にすぐに反応し、言葉を返してくるセイ。
『はぁ……。まぁいいや、そのうち取り返すし』
「セイ……」
『会話くらいは、出来るんだろ?』
「うん」
『新学期始まったら、空気読まずに絡みに行くよ。楽しみにしててね』
若干黒い微笑みが見えてきそうな声で、セイが言い切る。
「空気読まずに」っていう言葉が何ともセイらしくて、私は笑ってしまった。
『……やっぱりユウの笑い声は、一番癒されるな』
「また、そんなこと言って」
『本当だよ。既に顔が見たくて仕方ないよ。大学の春休みって、何でこんなに長いんだか……』
「休みが長くて嘆くなんて、セイくらいだよ」
『ユウとずっと一緒に過ごせるなら、何ヶ月あっても足りないんだけどね』
……甘い。
セイの言葉は、いつも糖度高めだけれど……今日は、いつにも増して甘い。
電話越しにも関わらず、私は頬が熱くなってきた。
『じゃあ、名残惜しいけど……。嵐の携帯だし、そろそろ切るね』
「うん……」
『ユウ』
「なに?」
『何かあったら、いつでもちゃんと頼ってくるんだよ』
「……ありがとう」
『嵐に、こまめに現状報告してね』
「うん、約束する」
『じゃあ……』
「ありがとう。またね、セイ……」
『また電話する』
「リネにも謝っておいてくれる?」
『わかった、伝えておくよ』
それから通話が切れた電子音が聞こえてきても、私はしばらく同じ姿勢のまま、マグカップを見つめていた。
……愛しい。
声を聞くだけで、こんなにも心が乱される。
何回かのランチと、たった一度のデートしかしたことないのに……どうしてこんなに、セイは特別に感じるのだろう。




