黒の始動
「……昨日は悪かったよ、ユウ。どうかしてた」
「え……」
不意に呟いたルイに、私は息をのむ。
「昨日あの後、准に殴られて目が覚めたよ」
「……准くんに?」
驚いて声を上げれば、ルイは気まずそうに苦笑した。
木下准――佐野くんと対になっている、ルイのもう1人の側近的存在。
ここ2年は海外に留学していたけれど、日本滞在時は常にルイの側にいて、ルイを宥めたり抑えたりする役回りだった。
そしてルイが度の過ぎる行為に及んだ際、私のことを庇ってくれるのもいつも彼だったのだ。
通りでルイが、久し振りにとても落ち着いていると思った。
「まったく、聞いて驚いたよ……。藍もいながら、本当に怖かったよね? ルイを許してやって、ユウちゃん」
「はぁ? 俺ぇー?! んだよ、いつも准ばっか……」
藍、と何とも可愛らしい名で呼ばれたのは、佐野くんだ。
「まったく、お前は役に立たない……」と言われて、ムスっと膨れている。
「最近色々あって……気が焦ってたんだ。許して欲しい」
「……ちゃんと嵐に、直接謝ってね」
素直に謝罪されて拍子抜けしつつも、簡単に許すわけにもいかない。
痣はともかく、火傷の痕はもしかしたら、消えないかもしれないし……。
「あぁ。大学に入ったら、直接謝りに行くよ。ユウも一緒にいてくれるだろう?」
「うん、大学でなら直接……って、え?!」
なに、今、大学って言った?!
ぎょっとして、私は思わずティーカップを乱暴にソーサーへと下ろす。
「だ、大学でって何? まさか……」
「うん。そのまさかだよ」
考え得る最悪の出来事に、思わず絶句する。
だってもし万が一、今私が考えたこと――ルイが同じ大学の生徒になる、なんてことが起きてしまったら、それはもう、文字通り監視の中で生きるようなものだ。
それにリネやヒロ……それからセイと会うことも、きっと難しくなる。
……いや、でもそれは突飛な考えかもしれない。
単純に、遊びにくるつもりなだけかも?
考え込んだ私の顔を見て、今度は准くんが口を開いた。
「大丈夫だよ、何も事件なんて起こさないから。俺と藍もいるんだし」
「……え?!」
何の安心材料にもならない情報に、再び言葉を失う私。
いや、だって……こんな悪目立ちする3人に囲まれて歩いたら、絶対に悪い意味で浮いてしまう。
というか、どうしてそんな話になってしまったのだろう。
冷や汗をかく私を横目に、ニヤリと笑う佐野くんが腹立たしかった。
「あれ、もしかして何も話してなかったの?」
「あぁ。今日話そうと思ってたんだ」
完全にパニックを起こしている私を見て、眉を寄せる准くんと、それに答えるルイ。
「何の話なの……?」
「実は元々俺が、2年だけ留学して、今年からはユウちゃんと同じ大学に編入する予定だったんだ」
「准くんが?」
「うん。それで……」
准くんが、ちらりと目配せをすると、ルイがクスリと笑った。
「せっかくだから、俺と藍も一緒に編入しようと思って」
「は?!」
「ルイと准が行くっつーから、俺も編入することにしたんだよ。優しくしてね、ユウチャン」
いや、准くんの編入までは、特に滞りなく理解出来たよ?
でも……ルイの言った「せっかくだから」辺りから、全く意味がわからなかった。
佐野くんの「俺も」なんて、微塵も理解出来ない。
「だ……だって、大学って……」
入学金とか、試験とか……手続きとか……!
そんな、簡単に出来ることじゃないでしょ?
こんなフザけた話が、現実にあるわけ――
「俺の家は、金持ちだから」
――ないことも無かったらしい。
サラリと言い切ったルイは、涼しげに微笑む。
「俺は、親のコネで無理矢理入れられた今の大学、ほとんど出席してなかったしなぁ。『したい勉強が出来た』っつったら、喜んで編入手続きしてくれたんだよねぇ」
「藍の両親も、学歴主義のお偉いさんだから……」
佐野くんの説明に、補足を入れる准くん。
真っ青になる私。
「じゃ、じゃあ……本当に……」
「藤原姉弟とキャンパスライフ、楽しみだなぁ」
二コリと笑う佐野くんの言葉に、私はトドメを刺された。
「もっと早くこうしておけば良かったよ。ユウに変な虫がつく前に、ね」
そしてクスリと笑ったルイに、思わず目を見開く。
変な虫……って。
「『噂の4人組』なんて、本当に不愉快だよ」
冷やかにそう言ったルイに続き、藍くんも肩を竦める。
こちらは相変わらず、嫌な笑みを浮かべながら。
「向こうは俺たちのこと、まだあんまり分かってないみたいだけどねー?」
「……佐野くん、どういう意味?」
「ちょ、もうすぐ同級生になるわけじゃん。俺だけ苗字呼びとか、悲しいなぁ」
佐野くんはクッキーを頬張りながら、そんなふざけたことを言い出した。
「トクベツに藍って呼んでもいーよ?」
「いや、いいし……」
「呼んで」
「何で」
「だって、ユウちゃんはルイのハニーでしょ? ルイのハニーってことは、俺の小猫ちゃんってことだし。小猫ちゃんの特権は、俺の名前呼び……ぶっ」
「ユウちゃんを困らせるんじゃない」
准くんの痛烈な一撃で、佐野……藍くんは、涙目で後頭部をさすっている。
「悪いけど……ユウ?」
馬鹿な藍くんに呆れていると、不意に低いトーンで呼ばれて、ルイに振り返った。
「ユウを、アイツらに渡す気はないんだ。なるべくなら、君を追い詰めたくない……でも」
そのガラス玉のようなグレーがかった瞳に見つめられ、私は言葉を失う。
「ユウが向こうを選ぶのなら、ある程度手荒に……っていう可能性も、否定出来ない」
いつもアクセスありがとうございます!
今回は少しご連絡があって、あとがきを足させて頂きました。
これまでほぼ毎日連載して参りましたが、最近少し実生活の予定が立て込んでいるので、もしかしたらお休みを頂く日もあるかもしれません。(ストックが切れてしまっている状態なので……)
出来る範囲で頑張っていく形となりますが、ご理解頂ければ幸いです。
今後とも『Lovers High』を宜しくお願い致します。




