翌日
午後13時過ぎ――嵐に希望を託した私は、1人電車に揺られていた。
急行が停車する主要駅で下車すると、ごった返す退勤ラッシュ時とは違って、ホームにいる人はまばらだ。
ホームから改札口へと向かう途中、カチカチと使い慣れない携帯のボタンを押し、ルイにもうすぐ着くとメールを打った。
義務的で事務的なその作業を終えると、私の意識は過去へと遡る。
……さっきセイ、辛そうな顔をしていたな。
まるで自分のことのように、痛みを耐えるかのような……そんな表情だった。
『愛してるんだ』
一昨日のデートで言ってくれた言葉が、まるで遠い過去の出来事の様に思える。
「はぁ……」
私は溜め息を吐くと、重い足取りで改札口を抜けて行った。
第五章『黒の泡沫』
「どーもぉ、ユウチャン。昨日ぶりぃ!」
「……」
……帰りたい。
多分今の私は、世界で一番帰りたいと思っている人間だろう。
ルイからはすぐにメールが返ってきて、迎えを寄越すと言われた。
都心から程近い、ルイたちの溜まり場の最寄り駅から出てロータリーを歩いていると、突然黒光りする高級車が一台、私の横に滑るように現れた。
「……迎えって、佐野くんの事なの?」
「えぇ、それ今更だよね。ほらほらぁ、怖い顔しないで。どーぞ?」
運転席で、相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている佐野君に、乗車するよう促される。
一瞬佐野くんを睨みつけて抵抗しようとしたものの、派手な車とボリュームの大きいBGMのせいで、悪い意味で目立ち過ぎている。
私は大きく溜め息をついて、仕方なく助手席へと乗り込んだ。
「丁度俺も、この辺車走らせてたとこでさぁ。グッドタイミングでしょ? グッジョブ俺ー」
「佐野くん、うるさい。それからこの音楽も何とかしてよ、頭痛くなる。煙草も消して」
「わー。乗って早々女王様発言! あはは、ルイのハニーじゃなかったらお仕置きしちゃうとこなんだけど――」
「うるさい。煙草、こっちに吐かないで」
「え、ユウチャンてまさかのツンデレ系? ちなみにデレはどこ?」
びっくりする程めんどくさい……会話が成り立たない。
私は顔を歪めて窓の外を眺める。
佐野くんはクスリと笑うと、煙草を揉み消し、音楽のボリュームを下げた。
「でも、大人しくユウチャンが来てくれて良かったよ。俺、大学まで派遣されちゃうとこだった」
「……何でそこまでルイの言いなりになるの? 断ればいいじゃない」
「んー、無駄なことはしたくない主義なもんで。ルイを穏やかにさせるには、ユウチャンを呼ぶのが一番手っ取り早いからね」
「……」
「まぁ、わかんないだろうけどさー……、あんま恨まないでやってよ」
不意に声のトーンが下がったことに違和感を感じ、そっと佐野くんを盗み見てみる。
「ルイは本当、不器用な奴だから。ユウチャンのことが、好きで好きでたまらないだけなんだよ」
「……そんなこと言われても」
サラサラと流れる金髪を掻き上げながら、佐野くんはにっこりと微笑んだ。
ピアスだらけの耳や、話し方でカムフラージュされているけれど……時折垣間見える言動から、本当の彼は決してバカではないことが伺えた。
軽そうに見えて、隙が無い――ルイとはまた違った意味で、油断出来ない男だ。
「そういえば、あの後弟クン、火傷大丈夫だった?」
「大丈夫なわけないでしょっ、外道!」
「オイオイー、俺がやったわけじゃねぇじゃんか」
「止めないで見てたんでしょ! 同罪だよ」
「そりゃ、止めないよねぇ。いわゆる、時を越えた因縁の対決、その1……ってヤツだったワケだしぃ?」
「……はぁ?」
眉を寄せて佐野くんを睨みつければ、彼はくるくるとハンドルを大きく回して、駐車場に車を停めた。
「さってと、俺たちのご主人サマが、首を長ーくして待ってますよ」
「……」
佐野くんのおふざけには取り合わず、私は助手席を降りた。
コツンコツンとヒールの音が響かせ、佐野くんの3歩くらい後ろを歩きながら、私は溜め息を吐く。
『ルイは本当、不器用な奴だから』
……そんなこと、わかってる。
ルイとはただの従兄以上に、良くも悪くも濃密な関係を築いてきたのだ。
私たちがこんなに暗雲立ち込める関係になってしまったのは、ルイが有り得ないくらい不器用で……それから私が、バカみたいに弱かったから。
きっとお互いに、突破口を見失ってしまっているのだ。
過去と現状で雁字搦めになって、どうにもならなくなっている。
先を歩いていた佐野くんが開けてくれたドアに入ると、綺麗な丸テーブルには、お茶の準備がしてあった。
綺麗なレースのテーブルクロスの上には、紅茶とクッキーが用意されている。
小さい頃から、私が好きな組み合わせだ。
「いらっしゃい、ユウ」
不意に部屋の奥から聞こえた声に、ゆっくりと振り返った。
「ルイ……」
「准が用意してくれたんだ。せっかくだから、座って」
促されるまま椅子に腰を下ろせば、先に私の斜め前に座った佐野くんの他に、もう一人の男の子が奥の部屋から現れた。
「久しぶり、 ユウちゃん」
「あ……准、くん?」
アッシュ系ブラウンの髪のルイと、金髪の佐野くん、そしてこの赤髪に近い准くん……3人揃うと、もう何というか。
見た目こそ、ルイたちに引けを取らない派手さな准くんだけれど、実は一番穏やかな性格をしている。
そんな彼とこうして会うのは、2年ぶりくらいだ。
「留学……してたんじゃ?」
「あ、覚えててくれたんだね。ありがとう」
赤髪の不良とは思えないくらいの優しい微笑みを浮かべて、彼は正面に座った。
その隣には佐野くんが、私の隣にはルイが腰を下ろしている。
……異様なお茶会だ。




