秘密のある場所
「ごめんね……ありがとう」
ユウはそう言うと、目を伏せる。
そして普通に、サンドイッチに手を伸ばした。
「そのまま聞いて……、次のお願い」
ユウは、リネの方を見る。
「ねぇリネ、駅に行く途中にある、コンビニの向かい側のカフェわかる? イタリアンの……」
「うん、知ってる。よく雑誌とかに載るところだよね?」
リネの答えを聞いて、ユウは微笑み頷いた。
「一生のお願い……今日講義が終わったら、3人でそこへ行って欲しいの」
ユウは、緊張のためかやや早口で説明を続ける。
「予約は、ヒロの名前で取ってあるから。奥に、個室のあるお店なんだけど」
そこで一度言葉を切ったユウは顔を上げ、俺達一人一人の顔を見つめた。
「……そこに、私の秘密が置いてある」
どうやらそんな手順を踏まなければならないくらい、ヤバイことに巻き込まれているらしい。
「ユウは一緒に行かないの?」
「今日は、もう……すぐにでも、行かなきゃ」
「行かなきゃって……授業は?」
リネが、不安げに立ち上がるユウを見上げる。
「……今日は、すぐに来いって言われてるの」
伏せられる瞳。
俺の中で、まだ顔もわからない誰かへの憎悪と嫉妬が膨れ上がった。
「でも、もし……もし、みんなが巻き込まれたくないって思うのなら……私の言葉は、忘れて」
コートを羽織り、どこかぎこちない笑顔のまま、ユウはぽつりと呟いた。
「これは、私のワガママだから」
きっぱりと言い切ったその表情に、こんな時に不謹慎だけれど……とても懐かしさを覚える。
そういえば彼女は、時々こんな風に強い表情も見せる人だった。
そしてそれはいつだって、大切な誰かを思うが故に取られる行動だったように思う。
生きてきた環境は違えど……やっぱり彼女の本質的な部分は、変わっていないのかもしれない。
そんな彼女を愛しく思うと共に、彼女を見捨てるなんて選択肢は、今までもこれからも有り得ないと再確認した。
「……くだらねぇこと言ってんな」
そう思ったのは、きっと俺だけじゃなくて。
ユウの言葉に眉をひそめたヒロは、シンプルな言葉でそう告げる。
「ユウ」
俺が声をかけると、ユウは揺れる瞳で俺をとらえた。
「取り返すから。……絶対に」
「セイ……」
ユウは一瞬ふわりと微笑むと、背を向けて去って行った。
引き留めたい衝動を堪えて、その背中が見えなくなるまで見送る。
残された俺達は、しばらく言葉を発することが出来なかった。
「……何、あれ」
そして憮然と呟いたリネに、俺とヒロが無言のまま同意したのは、もちろん言うまでも無かった。
***
「多分、ここだと思うんだけど」
まったく集中出来ず、終始苛立っていた午後の講義を終えた後、俺たちは早々にユウに言われたイタリアンのカフェへと向かった。
半年前までは他人と同じように、ごくごく“普通”に生きていただけあって、リネも人並みに世間のオシャレには詳しい。
連れて来られたカフェは、いかにも女の子たちが喜びそうな外観・内装であり、入口にはチョークアートと小さな花で彩られたブラックボードが飾られている。
リネを先頭に、鈴の音を鳴らすアンティーク風の木製扉をくぐっていくと、すぐに周りから客を出迎える決まり文句が響いた。
「いらっしゃいませ」
出迎えに来たウェイターは、白いYシャツに黒ベストを着用し、モデル顔負けの端正な顔立ちをしている。
リネは身近にヒロのような人間がいるから然程効果はないかもしれないが、面食いの女の子からしたら堪らないんだろうな……なんてどうでも良いことを思ったりして。
「あ、あの……」
……が、実際はリネにも効果は抜群だったらしい。
ヒロというものがありながら、目の前のウェイターのお兄さんに、ほんのり頬を赤らめている。
「……」
「いや、ヒロ、顔!」
びっくりするほど凶悪なオーラを放ち始めたヒロを、俺は苦笑しながら小突く。
まぁ、気持ちは物凄くわかるけどね。
俺だってもしこれがユウだったら、多分平常心ではいられないし。
仕方が無い……ここは俺の出番だな。
俺はいまだ背後の状況にまったく気付いていないリネを後ろに追いやり、自分がウェイターの前に出た。
「予約を入れていた、高谷と申します」
ヒロの名前で予約がとってある、と言っていたユウの指示通り、ヒロの名字で名乗ると、ウェイターは輝く程の笑顔で頷いて、即座にカウンター内にあるらしい予約内容を確認してくれる。
美少女なリネの後に俺を相手しても接客態度を変えない辺り、ここのスタッフはちゃんと教育が行き届いているようだ。
「高谷尋人様でご予約の、3名様ですね? お待ちしておりました」
ウェイターは終始爽やかな笑みを崩すことなく、俺たちを奥へと案内し始めた。
そして彼の後について歩く俺たちの間には、まだ不穏な空気が……。
「……ご、ごめんね?」
「……」
いくら可愛く首を傾げても、もう遅いと思うよリネ……。
不機嫌なヒロと焦るリネのやり取りを眺めていると、すぐに個室が並ぶエリアへとたどり着く。
しっかりとした壁で仕切られており、中には豪華な花が飾られた大きな窓もある。
全体的に淡い色調のインテリアで統一され、天井が高くなっているせいか、実際よりも広く見えるような気がした。
向かい合わせの4人掛けテーブルに着くと、案内してくれたウェイターは、メニューを置いてから一礼をする。
「では、私はここまでのご案内となります。すぐにご指名を頂いておりました藤原がご挨拶に参りますので、もう少々お待ち下さいませ」




