衝撃
第四章『時を経て』
Side:セイ
「はぁ……」
今日何度目かの溜め息を吐けば、大きな瞳を細めたリネにジロリと睨み付けられた。
「もうっ。溜め息吐きたいのは、こっちなのに」
「うん……。ゴメンね、リネ」
――完全に、フライングだった。
まだ出逢って間もない上、初デートで「愛してる」とか……本当に、どう考えても痛過ぎる。
けれどあの瞳に見つめられ、あの肌に触れたら、止めることなど出来なかった。
愛しくて愛しくて……どうにかなりそうになる。
理性はそれなりにある方だと思っていたのだが、完全に過信していたようだ。
今頃ユウは、何を思っているのだろう……。
そう考えては焦燥感を覚え、先程から落ち着き無く、数分置きに腕時計に目を遣っていた。
『今日はすごく楽しかったよ! どうもありがとう。また来週のお昼、お邪魔させてもらうね』
初デートであんな重い告白をされたら、俺だったら身の危険を感じているところなのに。
あの晩彼女からは、また俺たちの所に来てくれるという旨のメールが送られてきた。
優しいユウ。
それを見て、心底安心したけれど……実際それは社交辞令で、本当はもう会えないのではないかという不安は拭い去れなかった。
俺の失態を知ったリネとヒロも、今はもう俺を責めはしないものの、とても不安そうだ。
俺たちにとって、ユウはオアシスのような存在。
何があっても、失いたくなかった。
「何つー顔してんだよ、お前ら」
沈黙を破ったのは、ヒロ。
「確かに驚いただろうけど、嫌だったら最初からセイと2人っきりで出掛けたりしてねぇだろ」
「ヒロ……」
「きっとユウが感じてんのは、嫌悪じゃなくて困惑だ。……もしかしたら、記憶が徐々に戻っているのかもしれねぇし。それなら、戸惑いがあって当然だろ」
「……そう、だよね!」
ヒロの言葉を聞いて、一気にリネの表情が明るくなる。
「さっすが私のヒロ! 良いこと言う!」
「……ありがとう、ヒロ」
ヒロの言葉は、いつだって周りの人間を導いてくれるのだ。
ヒロが大丈夫だというなら、きっと大丈夫―心からそう思えた。
何しろ俺はヒロの、運命さえも切り開いていく不思議な力を、ずっとそばで見てきたのだ。
それこそ、遥か昔から……。
「にしても、ユウ遅いね。いつもなら、講義終わった10分後くらいに……あ」
呟きながら、食堂を見渡していたリネが、はっと息をのんだ。
つられて俺とヒロも、その視線の先に目を向ける。
「……っ」
けれど視界に飛び込んできた彼女の姿に、思わず息をのんでしまった。
目を見開いて固まっているのは、俺だけではない。
「……おはよう、みんな」
いつもと変わらない、ユウの物腰の柔らかい声。
いつもと同じ挨拶、いつもと同じ微笑み。でも……
「ユウ……」
無意識のうちに、名前を呼んでしまった。
だって、ショックだったのだ。
「最初に言っておくね。これは絶対セイのせいじゃないから……それは、誤解しないで。お願い」
そう言って苦笑いしつつ、今や指定席となった俺の隣に座るユウ。
リネもヒロも、俺と同じように押し黙ったまま、その顔を見つめていた。
――赤く泣き腫らしたような、痛々しい顔を。
「みんなに……お願いがあるの」
か細い声で、ユウが呟いた。
一体、ユウに何が起こったのだろう……。
腫れた瞼も、悲壮感の漂う切なげな微笑みも……俺が最後に見たユウとは、まるで違う。
ショック、怒り、焦り――ユウを苦しめる何かに対して、負の感情が大きく渦巻く。
「ユウ」
テーブルの上に置かれた手に指先を伸ばすと、さり気ない仕種で、ユウは手を引っ込めた。
――拒絶。
頭を過ったその言葉に、想像以上のダメージを受ける。
為す術もなく、行き場を失った手を握り締めていると。
「ごめんね、セイ。今はダメなの」
目を合わせないまま、囁くように告げられた言葉に、思わず眉を寄せた。
「今は」……? 異様だ。
ユウの様子を見ていると、まるで言動を制限されているかのように見える。
「事情を話せ、ユウ」
それまで黙って経過を見守っていたヒロが、ついに低い声で促した。
リネは困惑しながら、心配そうにユウを見つめている。
「まず……1つ目のお願い」
ユウは不器用に、にこりと笑った。
「この顔は、昨日感動する映画でも見てたせいだってことにして、今皆には笑っていて欲しいの」
……何だって?
不可解な要望に、俺達はますます怪訝な表情を浮かべる。
「お願い……」
ユウの張り付いたような笑顔が、不安気に揺れた。
「私、見張られてるの……どこかから……」
一瞬、拒絶反応で理解するのに時間がかかった。
……見張られてる? ユウが?
「……っ」
「セイ」
思わずキレそうになった俺に、ヒロの鋭い声が飛んでくる。
「セイ、リネ。……笑え」
そう言うと、ヒロ自身もいつものようなリラックスした表情を見せる。
リネもふわりと花のような笑みを零し、俺も全身全霊を懸けて怒りを抑え込み、微笑んで見せた。




